第16話 ヴィンセントの陰謀(3)
何も話さなかったフィンの父親が初めて口を開いたのは、夕食も終わりのデザート後の紅茶を飲んでいる時であった。
「フィンは、わたしの大切な娘は、お前になんかやらん!」
会話は、第3魔法艦隊との戦いの場面だったから、脈絡もない突然の乱入である。テーブルを「バンッ!」と叩いて立ち上がったジルドを驚いて見つめる3人。
「あなた、急に何を?」
フォーリナがそう言ったが、ジルドは畳み掛けるように続ける。
「異世界の男、どこの馬の骨とも分からぬ男に大切な娘を任せられるか。フィンはもっと家柄の良い、裕福な貴族の家に嫁に出すのだ!」
「お、お父様、平四郎くん……、東郷平四郎さんは、立派な方です。平四郎さんのおかげでここまで勝ち上がることができたのです」
フィンが目に涙をいっぱいためて、そう言った。いつもの寡黙なフィンではない。
「それだ、それがダメなんだ。どうして、さっさと負けてしまって戦いから身を引かなかったのだ! この国の代表はマリー様でいいじゃないか。お前のような才能のない人間は、一般市民として守られる存在でいいのだ」
「そんな……。お父様」
才能がないと父親に言われて、フィンの顔に涙が幾筋も流れる。
「東郷平四郎とか言ったな。もう娘を解放してやってくれ。次のマリー様との戦いは、わざと負けるんだ。もう娘に危ないことをさせないでくれ。娘は一般人なんだ。この世界を守るなんて使命を背負う子ではない」
そう言われて、平四郎はジルドの父親として娘を心配する気持ちを理解した。だが、フィンに才能がないから、パンティオン・ジャッジにわざと負けるというのは違うと思った。
マリー第1公女が勝つとしても、第5魔法艦隊と戦うことに意味があるのだ。そうしないとその後の戦いに影響があると平四郎は感じていた。
「フィンちゃん、いや、娘さんは僕が守ります。ですから、お父さん……」
「誰が、お前のお父さんじゃ!」
バンバンとテーブルを叩く。だが、平四郎も負けていない。泣いているフィンを見るとここでひるんではいけないと心の声が叫んでいた。
「僕はフィンちゃんのことが好きです!」
「なんだと~。この馬の骨が!」
「わ、わたしも平四郎くんのことが好きです、お父様」
フィンも勇気をふるって、そう父親に訴えた。それに少々ひるむジルド。
「決勝戦で勝ったら、フィンちゃんとの結婚を認めてください!」
平四郎はきっぱりと言った。これだけ、はっきり人にモノを言ったのは初めてであった。
「ならん! 絶対ならん! それにマリー様に勝てるわけがない」
「勝ちます!」
「ならんものはならぬ! フィンはもうヴィンセント伯爵と婚約しているのだ!」
「へっ?」
平四郎とフィンは3秒固まった。
「あなた、そんな話、私は聞いていませんわ!」
フォーリナがジルドに激しく詰め寄る。普段はおとなしい妻の豹変にジルドは、心を乱したのか、しゃべりはじめた。
「ヴィンセント伯爵が、このマグナ・カルタにわざわざ足を運んで下さり、わたしの大学に訪ねて来てくださったのだ。恐れ多くも、ヴィンセント様はフィンを娶りたいと申し出てくださったのだ」
「あなた、それにどうお答えになったの?」
「もちろん、O.K.だ。ヴィンセント伯爵様といえば、現女王マリアンヌ殿下の弟君のご子息。王家につながる由緒ある家柄だ。しかも大貴族でいらっしゃる。そこの令夫人となれば、フィンは一生幸せだ」
「あなた、何をおっしゃっているの? 二人の気持ちを無視するなんて! あなたらしくない。そもそも、ヴィンセント伯爵は都では女たらしで有名なお方ですよ。そんな方に大切な一人娘をやれますか!」
フォーリナが呆れ返ってそう夫を諭す。
「いや、ヴィンセント様はわたしの手を握り、懇願されたのだ。フィンを妻として迎えると。あのお方はマリー様のパートナーであるが、従兄弟ゆえ、マリー様とは結婚はなさらない。パンティオン・ジャッジで勝てば、負けたフィンは愛人にされてしまいかねないところをわざわざ、妻にと言ってくださったのじゃ。こんなありがたい話はない」
「何を馬鹿なことを……」
フォーリナはいつもは冷静で温和な夫が、娘のことを心配しすぎて冷静な目で人を見ることができなくなってしまったのだと思った。確かに平四郎は異世界の男で、この世界ではマイスターという職業ではあるものの、それで一生、娘を食べさせていけるかは少々疑問かもしれない。
だが、フォーリナが見たところ、平四郎は誠実でよい若者にみえる。なにより、フィンのことが好きで好きでたまらない感じがよいと思った。
それにこの世界はまもなく、ドラゴンの来襲により滅びるかもしれないのだ。そんな世界に生きるのに貴族とか、伯爵夫人というような身分など意味がないということをこの夫はどれだけ理解しているのであろうか。
(彼なら例え、この世界が滅びてしまってフィンと二人きりになったとしても、ちゃんと守っていける)
そうフォーリナは思っていた。女性としてのカンである。
それにフォーリナは、一見、普通の若者に惚れる我が娘の男を見る目を信じていた。見てくれだけでない、心や秘めた才能を見抜く力だ。見てくれに騙されて、ダメ男に貢ぐような娘には育てていないと自負していた。
「許してくれないなら、わたしはこの家を出ていきます! 今日から平四郎くんと暮らします!」
フィンが涙を拭って、立ち上がった。
「え?」
急に言われて平四郎は真っ白になった。
(ど、同棲~? フィンちゃんと!)
「バカもの! そんなふしだらな娘に育てたつもりはない! ガードマン、ガードマンはいるか!」
ジルドがそう叫ぶと、黒服の男が3人、部屋に入ってきた。屋敷のガードと称してヴェインセントが監視用に配置したプライベートのボディガードである。
「この男を叩き出せ! フィンは部屋に閉じ込めておけ。次の戦いまで半年ある。戦いの準備でなく、伯爵夫人としての教養を磨け、花嫁修業だ!」
そう命じる。3人の男に取り押さえられ、平四郎はあっという間に屋敷からたたき出されてしまった。彼女の親父相手にコネクトはさすがに使えない。
フィンの家には多くの報道陣と第5魔法艦隊のファンが押しかけていた。そこへ平四郎がたたき出されてきたから、大騒ぎになる。これは明日の新聞一面や夕方のテレビニュースに登場してしまうのは確実であった。
「いててて……」
「あっ! 東郷平四郎さんですね?」
「マイスター、ちょっとお話を……」
「サインくださ~い」
「握手してください。おかげで賭けで大儲けさせていただきました!」
「どうして、提督の家から出てきたのですか?」
群衆やマスコミのレポーターに囲まれる平四郎。
「いや、これは、その……」
「こっちよ!」
平四郎は、不意に黒いサングラスをかけた女性に腕を引っ張られた。マスコミの記者に紛れこんでいたリメルダであった。長い黒髪を巻いて上に盛り、ちょっと大人びたルージュにダーク系のタイトなスーツ姿なので、ちょっと綺麗なお姉さん的な感じにドキっとしたが、相変わらず、胸は貧弱なので色気の方は10%ほど減ではあった。