第16話 ヴィンセントの陰謀(1)
魔法王国メイフィアの王宮。第一公女マリー・ノインバステンは、レイピアを構え、フェンシングの稽古をしていた。指南役の教師が繰り出す突きを華麗にかわし、ターゲットとした教師が左手にもったリンゴの中心を突き刺した。
「お見事です! マリー姫様。また、腕を上げられましたな」
老境に差し掛かった指南役は、優秀な生徒の成長ぶりに感嘆した。現王家のただ一人の後継者として、文武に長け、さらに誰もが魅了される美貌をもつにも係わらず、大変な努力家である。性格も正義を愛し、誰でも平等に接することができる愛情に富んだ心の持ち主である。来る人類の存亡をかけたドラゴンとの戦いを意識するあまり、このパンティオン・ジャッジに対して少し、自分の力を過信しているところもあったが、第5魔法艦隊の躍進ぶりとライバル視していたリメルダの脱落から、そのおごりもなくなった。
「姫様……。マリー姫様、結果が出ました。第3魔法艦隊VS第5魔法艦隊の戦いの結果です」
侍女がトレーニング室に入ってきた。今の今まで、メイド室でパンティオン・ジャッジのテレビ中継を見ていたのだ。おそらく、メイフィアの国民の大半がこの戦いの模様をテレビで見ていたに違いない。後に視聴率は91%だったと言われたが、この国の元首の娘であるマリー姫は見ていなかった。
「あら、そう。結果が分かりきった戦いなど見るに値しません」
「マリー様、それが、思いがけない結果で全国民が驚愕しているのです」
侍女は少々興奮気味だったが、マリーは練習用のレイピアから、刺さったりんごを外すとそれを侍女に投げて、自分は侍女が持ってきた白いタオルを手に取り、汗を拭った。
「第5魔法艦隊の勝ちでしょう?」
「え、ええ……。姫様、知ってらしたんですか?」
この答えにはマリーに仕えて1年になる侍女も少々驚いた。どうやら、マリーは第5魔法艦隊が勝つと予想していたようだ。
「ローザの旗艦を一撃でしょう? それしか、考えられないわ」
「姫様、どうしてそんなことまで……」
(分かるのでしょうか……)と話すまでもなく、マリーはこう答えた。
「簡単よ。戦いの開始は30分ほど前なのに、もう決着がついたということは、旗艦撃破による完全勝利しかないわ。ローザの旗艦を一撃で仕留める方法はいろいろ考えられるけれど。リメルダはさぞかし、溜飲が下がる思いでしょうね」
「姫様は何でもお見通しですね」
「なんでもじゃないわ。状況がわたくしに教えてくれるだけ……。テレビを使って、ずいぶん挑発していましたわよね。あれを見て、第5魔法艦隊の作戦はおおよそ理解できていたわ」
マリーはもし、自分が第5魔法艦隊を率いて戦うとしたらどう戦うかを考えていた。そして、ほとんど平四郎が立てた作戦と同じ案を編み出したのだ。ローザの絶対防御の備えもそれを打ち破れないなら、相手にそれを解かせればよいという発想もマリーはできていた。無論、レールガンによる攻撃までは考えていなかったが。
(まず、障害物がないもない平原上空を戦場に設定する。一見、大軍が有利な場所だけど、ローザの船は勝ちを意識するあまり、守備力に偏った改造をしている。防御力は高いがその分、重量が上がり、機動力が失われた。これにより、機動力を駆使した包囲殲滅戦ができない。第5魔法艦隊は逆に散開することで、砲撃を避けやすくなる。30分くらい逃げ回って業を煮やしたローザが、デストリガーでとどめを刺す瞬間を狙って旗艦を破壊すればいい)
ただ、守備的意識が高いローザのおそらくは密集隊形で組まれた布陣をどうやって、散会させ、旗艦を孤立させる方法はいろいろと考えられた。しかし、それを役に立たないレールガンによる長距離攻撃と聞いて、平四郎のアイデアに感心すると共に、もし、自分がローザであったなら、偵察艦を展開させて30km先のリリムの乗る巡洋艦を見つけることができただろうと思った。
(つまり、異世界の男の能力はわたくしの予想の範囲を超えてはいないということ。ただ、第5魔法艦隊のこれまでの経験は侮れないわ。となると、わたくしがすることは一つ)
「お母様に会わなければいけませんわね」
1時間後、第1公女マリーは、多忙を極める母であるメイフィア女王、マリアンヌ・ノインバステンに謁見し、ある許可を求め、承認を得る事ができたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「第1魔法艦隊の戦いは、半年後だって?」
平四郎はミート少尉から、その話を聞いて聞き返した。ドラゴンの復活が迫っているのに悠長に代表を決めていてよいのか思ったが、それをより強く感じたのはMクラス級と戦ったことのあるリメルダの方だった。
「妖精族も機械族も霊族も既に代表を決定したというのに、魔法族だけがギリギリまで決めないというのはどういうことかしら?」
パンティオン・ジャッジとは、この世界を500年に一度復活しては文明を滅ぼす強大なドラゴンと戦うためのものだ。この世界に存在する魔法族、妖精族、機械族、霊族の4種族がそれぞれドラゴンと対する空中戦艦の艦隊の代表を決める。そして、その代表同士が戦い、一番勝った艦隊が中心となってドラゴンと相対するのだ。
はじめから協力して戦えよ……と突っ込まれそうだが、考えてもみたまえ。某有名なRPGドラ○ンク○ストで、レベル1の勇者が何百人、何千人といても竜王は倒せない。切磋琢磨して、経験値を積み、レベルアップした者のみが倒せるのだ。これは2千年以上前から、ドラゴンに文明をリセットされながらも、この世界の人類が永遠と積み上げてきた生き残る手段なのである。
その種族間選抜が相対する戦いは半年後であり、それまでに魔法族は代表を選抜しなければならないのだ。半年後の決勝戦は、戦いで疲弊した第5魔法艦隊にとってはよいことではある。しかし、仮に第1魔法艦隊に勝ち、この国の代表になった場合の準備期間は3ヶ月ほどしかないのだ。
「これは国防省からの通達です。女王マリアンヌ様の署名入りの通知文がフィン宛に届いています」
そう言ってミート少尉が、何やらいかめしい印鑑で封をされている手紙をフィンに差し出した。それには第1魔法艦隊がドラゴン討伐に出撃するためにパンティオン・ジャッジの一時延期の命令が書かれていたのだ。
「女王って、第1公女のおっかさんだにゃ? 娘に贔屓してるのではないだろうにゃ?」
そうトラ吉が勘ぐったが、それはリメルダによって否定された。
「マリアンヌ女王陛下はそんなお方ではないわ。すべて、人類がドラゴンに勝つためだけに動かれている方です。マリー様の母親であっても、あの方は常に国民を思いやる女王様なのです。それにマリー様も卑怯な手を使う方じゃないわ」
「ドラゴン討伐するということは、第1魔法艦隊も無傷じゃいられなくなるし。こちらが不利になる理由はない」
そうミート少尉もリメルダの言葉に付け加える。
「なるほどね。まあ、フィンちゃん、いいんじゃない。乗組員にも休みが欲しいし、第3魔法艦隊から編入した艦の編成もあるし、人も雇わないといけないだろう?半年ぐらいじゃ足りないくらいだよ」
平四郎が言うように、第5魔法艦隊は第3魔法艦隊をそっくり編入することができた。ゴティバ平原上空戦は、旗艦を先に撃破したために無事な艦艇が多く存在したのだ。第5魔法艦隊は、前回買った旧式の巡洋艦に最新鋭の駆逐艦も失ってレーヴァテイン1隻だったのでこれは助かった。
第3魔法艦隊からの編入は、戦列艦3、巡洋艦4、駆逐艦7であった。これに修理中であった第4魔法艦隊の戦列艦を合わせると、全艦艇17隻の大艦隊となるのだ。
ただ、これだけ多くなると人員も雇わなくてはいけない。毎月の支度金も増えるが出て行くのも多くなる。人員が増えれば、それだけ支出も多くなる。主計官のルキアもこれだけ増えると経理の人員を増やさないと回らないとぼやいていた。なにしろ、護衛駆逐艦なら、無人艦として提督のフィンが操ることはできるが、巡洋艦以上は少なくとも7~8人の人員は必要であった。(魔法で動くからこの人数でよいのだ)第5魔法艦隊は50人以上の人員を抱えることになる。
第3魔法艦隊撃破の報酬として、3万ダカットの臨時収入も助かった。とりあえず、艦隊の修理と人員集めに使う資金繰りは見通しが立った。艦艇の修理と新たな乗組員の募集が行うことができるのである。フィンもしばらくアルバイトはしなくてよさそうだ。