幕間 挑発するのは猫の役目
「その話、ガゼネタじゃないでしょうね?」
ミート少尉はラピス記者の話を聞いて耳を疑った。このラピスという女性はメイフィアタイムスの記者で、体当たり取材でいくつものスクープを手にしてきた。若いけれどもとても優秀なのである。そのラピスが重大な情報を第5魔法艦隊の首脳部(といっても、全乗組員首脳部であるが)に話したのだ。
だが、メイフィアタイムスは中立のメディアである。取材でわかったことを相手側に伝えるのは、マスコミ関係者としてはあまり感心しない。ましてや、ラピスは有能な記者なのである。こんな情報をリークするはずがないとミート少尉は思ったのだ。
「本当のことです。ローザ第3公女の旗艦、クイーンエメラルドには絶対防御シールド、深淵の楯が装備されています。あれを何とかしないと第5魔法艦隊は絶対勝てない」
ラピスはそう繰り返した。目が真剣である。中立のはずの記者が信念をもって第5魔法艦隊にために語っているのだ。気まぐれとか、買収で嘘情報を教えるとかそんなことは絶対ないということを彼女の目が語っていた。
「ラピスさん、深淵の楯って何です?」
平四郎がそう尋ねた。平四郎だけでなく、それがなんであるか分からない人物は他にもいよう。フィンはいつものように作戦会議では「ポー」っとしているが、今回はその頭周辺に「?」マークがいくつも浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。
「アンチマジックシェル系の防御魔法を発動させる最新のパーツよ」
そうリメルダが解説する。アンチマジックシェルとは、魔法を無効化させる魔法だ。これを発動するにはかなりの魔力が込められ複雑な術式の元に完成された魔法パーツが必要だ。「深淵の楯」はさらに物理攻撃も無効にする。完全防御を実現しているのだ。
「それじゃあ、無敵じゃないか!」
ナセルが呆れたように言った。魔法攻撃も物理的攻撃も効かなかったら、どうやってローザの旗艦を撃沈したらよいのか。
「弱点はあります」
ラピス記者は続ける。
「(深淵の楯)は船を完全防御の淵に深く沈めます。でも、その状態では攻撃することができないのです。絶対防御を解かない限り、クイーンエメラルドからは攻撃できません」
「なるほどねえ……」
平四郎は腕組みをして考えた。絶対防御は諸刃の剣だ。安全だが攻撃ができない。おそらく、ローザは旗艦を安全な盾の後ろに隠し、他の船でこちらを攻撃するつもりだろう。パンティオン・ジャッジでは、相手の旗艦を戦闘不能にすればよいのだ。ローザの船を破壊できないということは、第5魔法艦隊に勝つ手段がないということだ。
「絶対防御を打ち破る方法はないの?」
「デストリガーなら相殺できると言われているわ。実際に試したことはないけどね」
リメルダがそう平四郎に答えた。デストリガーが撃てない現在の第5魔法艦隊にとっては、勝つという選択肢が消えたということになる。
「デストリガー……ね。分かったよ。ところで、ラピスさん、なんでこんなこと僕たちに教えてくれるの?」
平四郎はラピスにそう尋ねた。中立のはずの記者が自分たちに肩入れする理由が知りたかった。ラピスは生粋のジャーナリストで、報道することに使命感をもって取り組んでいるといつも感じていたからだ。
「ローザ提督を勝たせたくはありません。あの人はパンティオン・ジャッジを侮辱しすぎです。私たち国民の命を守る重要な戦いに遊び半分で参加するなんて許せません」
ラピスはそう吐き捨てた。心の底から湧き上がってくる憤りで体がブルブルと震えてくる。それくらい、ラピスはローザを勝たせたくはないと思っていた。
決戦を前にラピスは第3魔法艦隊提督のローザ・ベルモントに取材を申し込んだ。第5魔法艦隊側だけではなく、その相手の視点を体験レポートに盛り込みたいと思ったのだ。
取材は快く承諾されたが、ローザへのインタビューでラピスの怒りに火が付いた。イケメンたちにかしずかれ、派手な格好で現れたローザは、パンティオン・ジャッジは単なる暇つぶしだといい、勝利は「金」の力で決まると言い放った。
「あら、だからといって、ローたんはドラゴンと戦う気なんてないですから」
「そんな……。あなた様は第3公女に選ばれました。その責務を果たすべきではないかと」
「はあ? だる~っ。なに言ってるの? バカじゃない? そんな真剣になってどうするのよ」
そう言ってローザはイケメンが差し出す果物をつまみ、豪華なソファに体を横たえた。
第4公女リリムも戦いを自分の人気取りにしている感じがして、ラピスは快く思っていなかったが、ローザの場合はもっと不愉快であった。
「了解。ローザさんはどうやら、僕たちをなめきっているようですね。ならば、こちらの作戦も少し変更しましょう」
「平四郎さんは、何か思いついたのでしょうか?」
「ラピスさん、開戦前に第3魔法艦隊に会見を申し込むことはできますか?」
「できますけど……」
ラピスには平四郎の考えていることが理解できなかったが、戦い前に両艦隊の関係者が顔を合わせて記者会見するのは不思議ではない。むしろ、マスコミ的にはありがたい話である。派手好きなローザはおそらく、この申し出を嬉々として受け入れるだろう。
ラピスの段取りでメイフィアTVのスペシャル番組で両者の会見が全国に放送されることになった。
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「第3魔法艦隊なんてちょろいにゃ。開戦から30分で撃破するにゃ!」
どよめくマスコミの記者たち。第5魔法艦隊のスポークスマンとしてTVのスペシャル番組の会見場に現れたのはトラ吉。ローザ相手にそう高らかに宣言した。
「な、なんですって! そんなデタラメをよく言えるわね!」
猫の暴言にローザが思わず怒鳴った。このテレビはメイフィアの国民が見ているのだ。それなのに30分で勝つと言われたら、言われた方は不愉快に違いない。
「でたらめじゃないにゃ。あんたは30分で負け犬になるにゃ」
「そ、そんなことになるわけがないじゃない! ローたんの船の装備を聞かなかったのか、このマヌケ猫!」
この会見に先立って、両艦隊の戦力比較を丁寧に専門家が解説していた。第3魔法艦隊の旗艦クイーン・エメラルドが20万ダカットもの費用を投じ、絶対防御を手にいれたことローザ自信が自慢気に語ったばかりである。その魔法防御は、戦列艦の主砲でも撃ち抜けないのだ。戦力が劣る第5魔法艦隊に勝つすべはないはずだ。
「ローザの姉さん。そんな亀の甲羅のようなシールドなんて、うちのマイスター平四郎の旦那の前じゃ、紙みたいなもんだにゃ。簡単に無効化して30分以内に沈めてみせるにゃ」
ローザは両手で机を叩いて立ち上がる。ここまで馬鹿にされては彼女の面子が丸つぶれだ。財閥令嬢としてちやほやされて育ったローザは、こんな馬鹿にされた経験がないから余計に腹が立つ。カメラのフラッシュがたかれる。
「よいでしょう! この私がここに宣言しますわ! 勝つのはローたん。第5魔法艦隊なんか30分で撃破してみせましょう」
「やってみればいいにゃ」
トラ吉がローザを見上げ、中指を立てて挑発する。ローザも睨み返した。決定的瞬間を逃すまいとカメラが両者の写真を撮る。
(平四郎の旦那。ローザへの挑発しろという命令、任務達成でにゃ)
心の中でトラ吉は下をぺろっと出した。
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「平にい、例のパーツ、レーヴァテインへの取り付け終わったよ」
そうルキアが平四郎に報告した。今回、レーヴァテインに取り付けたのはあの遺跡から発掘したパーツである。(写鏡の楯)と(反射鏡)である。それは二対あり、壊れてもいなかった。それをレーヴァテインとリメルダが座乗する駆逐艦「ハーピーⅡ」に装備したのだ。
(写鏡の楯)はミラーという防御魔法を発動させる。(反射鏡)はステルスという魔法だ。いずれも500年前には存在した魔法であるが、今は失われた魔法であった。
「ルキア、レールガンの取り付けも指示通り?」
「うん。付けといたよ。平にいの船とあの男好き公女さんと腹黒アイドル公女の船にね」
「上等。でもルキア、リメルダは男好きじゃないし、リリムちゃんは腹黒じゃない」
「ふん。平にいは女の子の本性は見抜けないのよ。それにしても、わからないなあ。こんどの戦場はあそこでしょ。あんなところ、第5魔法艦隊にはもっとも不利な場所じゃなくて? それにあのレールガン。いくら公女様の魔力が高くて威力を失わなくても所詮は鉄の粒でしょ? 0距離攻撃ならともかく、戦列艦に効果があるとは思えないよ」
「そうだな。あれでとどめをさすには工夫がいるよ。でも、それはトラ吉がやってくれたことで解決する」
作業をしながら、平四郎はテレビを見る。ちょうど、トラ吉が高らかに30分で倒すと宣言している場面であった。ローザが激怒してこちらが30分で勝つとやり返していた。
「あ~あ。あの猫。あんな大嘘言って。どうするのよ、平にい」
「実現すればいいのさ」
事も無げに平四郎は言った。第5魔法艦隊の整備は予定通りだ。レーヴァテインもパーワーアップしている。そしてトラ吉の巧みな演技。すべてが思い通りに進んでいる。




