第12話 高速巡洋艦レーヴァテインの秘密(4)
うひゃ!
「で、ハメル卿はご在宅でしょうか?」
首都クロービスの郊外、空中戦艦設計士のオリバー・ハメルの屋敷は深い森の中にあった。首都クロービスに着いてから、アンドリュー公爵家の馬車に揺られて2時間ほどでたどり着いたのだが、付近の森はすべてハメル家の土地らしい。なかなか、手入れが行き届いた森で、下草が刈られ、木々は豊かな葉を茂らせ、小動物が時折顔を出していた。
「じとー(-_-)」
馬車に乗ってからずっと平四郎はフィンににらまれていた。正確には平四郎の隣にさりげなく座って、振動の度にわざとらしく寄りかかるリメルダに対してだが、平四郎は何だかい心地が悪い。トラ吉とナアムもフィンの隣に座っているが会話がないから、余計に重々しい。
リメルダはそんな雰囲気を察した風でもなく、帰りには自分の屋敷に泊まっていけとか、明日は休暇にして遊びに行きましょうとか平四郎に話しかけてくる。
「もちろん、フィンさんも一緒でいいわ」
と締めくくるので、平四郎は断れないでいた。よって、本日の宿泊場所はアンドリュー公爵家に決定していたし、明日は中古ショップに寄った後、いろいろと買い物に付き合わされることになってしまった。
「お嬢様、着きました」
御者がそう呼びかけたので、平四郎は助かったと心底から思った。ハメル家の屋敷は、設計士という小難しい職業の人間が住むイメージを払拭するような花に満ちあふれた明るい建物であった。一応、都の一般的な貴族が住むレベルの広さの建物であるが、出迎えた使用人は年老いた執事と若いメイドが一人だけであった。
「ようこそ! 公女様たち」
玄関を抜けた広間の階段を下りながら、シャツに半ズボン姿という活発な出で立ちで、赤毛のボーイッシュなショートカットの女の子が挨拶をした。身長は小さい。150cmないだろう。ぴょんと2本髪がはねているのはトレードマークか?
「私は、オリバーの娘のアンナ・ハメルです。遠いところをようこそ、いらっしゃいました。」
そう言ってアンナと名乗った女の子はリメルダ、フィン、平四郎の順に握手をする。
「初めまして、リメルダ・アンドリューです」
「フィン・アクエリアスです」
「東郷平四郎です」
「知っているわ。第2公女様。そちらは、この度、第4魔法艦隊を撃破した第5公女様と旗艦艦長様ですわよね。そこの2匹のケットシーは従者かしら?」
「ナアムは、わたしの親友。トラ吉は平四郎の従者です」
リメルダは目線を下にしてケットシーを紹介した。ナアムは軽くお辞儀をし、トラ吉は胸を張って敬礼をした。
「どうぞ、こちらへ。ちょうど、お菓子が焼けたところです。ベリー茶でいただきましょう」
そう言って、アンナは庭に張り出したテラスへと一行を案内する。トラ吉とナアムは遠慮して、外に残るというので案内されたのは3人だ。それにしても、アンナは平四郎が見たところ、自分たちよりも(かなり年下……だな)と思える感じの女の子だが、来客に対する接遇は単なる女子中学生でない。
席に着くと、リメルダが切り出した。この訪問の目的である。
「あの……。空中戦艦設計士のリオリバー・ハメル卿、あなたのお父様に会いに来たのですが」
「はい。要件は伺っています」
そう言ってアンナはニコニコしている。
「お父様はご在宅ですか?」
「いえ、いません」
リメルダは怪訝な顔をした。平四郎は飲みかけたお茶をこぼしそうになった。
「え? 確か、今日お会いする約束をしたのですが」
「あなたがたは、レーヴァテインの件について質問に来たのでしょう?」
「そうですが……」
リメルダに圧されて発言することができなかったフィンが答える。
「では、父より、わたしが適任ですよ。父はドラゴンの調査のために旅に出ました。いつ戻るか分かりませんし……」
「ええっ、それはないです! それにあなたのような娘さんでは分からないと……」
「フフフ……小娘には巡洋艦の設計のことは分からないとフィン様は思っていらっしゃるようで」
そう言ってアンナは、四角い形の物体を取り出した。それを両手で覆うとその物体が光り、空中にレーヴァテインの姿を映し出した。魔力で稼働するプロジェクターだ。アンナの指の動きでレーヴァテインが360°どこからでも見られるように動かせる。
「この船は父ではなく、この私が設計しましたから」
「ええっ、中学生が!」
思わず、平四郎が声を上げる。声には出さなかったがリメルダもそう思ったし、声が小さかったが(うそです!)と思わず口にしたフィンも然りだ
「中学生って、どういう意味か分かりませんが、つまり、わたしが子供って思っているのでしょう?」
(うん、そうだよ)
平四郎もフィンもリメルダも同じことを心の中で思った。
「残念、これでも私は26歳。つまり、年上ってことで、今からタメ口にさせてもらうから。いいかしら、大貴族のお嬢様」
(に、にゅじゆううううう~ろくううううう!)
(うそおおおお!)
(ありえないです)
平四郎もフィンもリメルダも心の中でそう叫んだ。
そんな思考の止まった3人を鼻で笑って、アンナの態度は急に上から目線になった。何しろ、圧倒的に年上なのだ。アンナは手を伸ばしてリメルダの形のよい顎をなで上げた。
(いやいや、そんな態度、全然、似合わないですからアンナさん。まだ、リメルダがお姉さん風にツンデレった方が色っぽいですから)
それにしても……。アンナの発した最初の数字がじわじわと効いてくる。
「に、にじゅうろく?」
本当なら、平四郎より9年もお姉さんだ。見た目はどう見ても中学生。しかも、失礼ながら1年生にしか見えない。
「レーヴァテインは、お父様の言いつけで、わたしが設計した最初の船よ。出来上がった作品は、天才と言われたお父様が絶賛をした出来になったけど、現在の評判はあまりよくないね」
「アンナさん、そもそも、公女艦隊の旗艦たる船は戦列艦が基本じゃなくて?」
そうリメルダが尋ねる。第5公女のフィンだけ、戦列艦が与えられなかったのは、貴族の間でも不思議に思われていた。
「あら、あなたもブルーピクシーは戦列艦ではないのに? 変な質問をするわね」
それにはリメルダも反論できる。確かに彼女の旗艦「ブルーピクシー」は戦列艦ではないが、それに匹敵する性能があるし、なにより戦列艦と同じ攻撃ができるのだ。
「私が言いたいのは、デストリガーも撃てないのに、艦隊の総指揮をする旗艦なんてダメだと言いたいのよ」
そうリメルダは言った。デストリガーが撃てるかどうかは、パンティオン・ジャッジの勝敗と共に、その後のドラゴンとの死闘で問題になってくる。
「はあ? レーヴァテインがデストリガーを撃てないって? 撃てるんですけど~」
「う、撃てるのか?」
平四郎は思わず立ち上がった。最大の攻撃手段であるデストリガーが撃てるなら、第3魔法艦隊との戦いの作戦に幅が広がる。
「ど、どんな攻撃なんれすか……うひゃ」
(噛んだよね、今。噛んだよね!フィンちゃん、うひゃって何ですか?)




