第10話 リメルダ艦隊の危機(3)
戦列艦の主砲から発射された青白い光の帯は、やがて巨大な氷柱に変化し、レッドドラゴンの体に突き刺さると粉々に砕け、強烈な低温で体を凍らせていく。氷結魔法アイスブランドの集中砲火を浴びたレッドドラゴンは、ぐったりとして地面へと落ちていった。
「姫さま、アイスブランド、全弾命中。ターゲット、地面へ落ちていきます」
「ナアム、下はどうなっているの?」
「森です。クラーケン山脈の下に広がる広大なレジェンドフォレストです」
「まだ、討伐できたとは限りません。各艦、臨戦態勢はそのまま。ナアム、ブルーピクシーは、デストリガーの発射準備を行いなさい」
「そうですね。その方がよいと思います」
ケットシー族のナアムは、リメルダが座乗する旗艦ブルーピクシーの艦長である。ブルーピクシーは、探索と情報収集に力点を置いたイージス艦で、戦力は巡洋艦にも満たないが、敵の分析力に優れ、そしてデストリガーという最大の魔法攻撃を行うことができる対ドラゴンの決戦用の船であった。
デストリガーは各艦によって、呼び方が変わるが、ブルーピクシーの場合は、「ハートブレイカー」と呼んでいた。対ドラゴン用に開発した術式で、魔法で生成された猛毒を打ち込み、ドラゴンの心臓を一瞬で止めるのだ。トドメをさすにはこれ以上ない攻撃である。
イージス艦ブルーピクシーの探索魔法で、森に落ちたドラゴンの生命反応はまだあることが分かった。地面に向かって魔法魚雷による攻撃を行いつつ、デストリガーの発射体制に入る。
「圧倒的じゃないか……。公女の艦隊がこれほどとは……」
パトロール艦隊がなすすべもなく、全滅させられそうであった巨大なドラゴンが、第2魔法艦隊の前では叩きのめされ、地面に墜落していく姿を見て、ウルバヌス中将は、ドラゴンへの恐怖をしばし忘れていた。これだけの戦力があれば、今後の戦いも案外、楽に人類は勝てるのではないかと思ったのだ。
だが、このベテラン軍人は、ドラゴンとの戦いはそんなにあまいものではないことを思い知らされる。上空に無数の巨大な火の玉……いや、燃える巨大な隕石が現れたのだ。
「司令! 巨大な隕石が他数、我が艦隊に……」
「メ、メテオか!バカな、あんな高度な魔法を使えるとは!」
部下の声がすると同時に、艦橋に巨大な隕石が衝突し、第12パトロール艦隊旗艦アクロスは爆発炎上した。
「第12パトロール艦隊旗艦アクロス撃沈、我が艦隊、戦列艦ラビアンローズ撃沈、戦列艦オースチンローズ大破、我が艦隊のダメージ、甚大」
副官の青年が炎上しながら落ちていく僚艦を見ながら、そう報告する。ドラゴンの圧倒的な力を見て頭の中は空っぽなので状況を告げるだけの抑揚のない声になっている。この時の第2魔法艦隊の乗組員のほとんどは同じ心境であったろう。
「姫さま、やられました。メテオストライクの魔法を使うなんて」
ナアムが爆発して四散する第2魔法艦隊の状況を確認する。4隻の戦列艦のうち、2隻は撃沈、1隻が大破。もう一隻は小破だが、推進装置に被害が出て航行不能。巡洋艦も6隻のうち、3隻が沈み、駆逐艦も5隻が爆発炎上中であった。旗艦ブルーピクシーはデストリガーの準備中で、少し離れた場所に位置していたので、直撃はまぬがれたものの、ドラゴンの攻撃は主力の戦列艦を狙ったらしく、一発の魔法で戦列艦4隻が戦闘不能状態になってしまった。
だが、リメルダの闘志は失われていなかった。こんな強力な力をもつ怪物が人の街を襲ったら……。それを考えただけで何とかここで食い止めなければいけないという思いが彼女を毅然とした指揮官に仕立てたのだ。
「ナアム! デストリガーを発動できる?」
「魔力90%です」
「それでいい! 次、メテオをくらったらこちらが全滅するわ!」
「承知しました」
「ハートブレイカー……撃て!」
ブルーピクシーの船体が2つに分離し、真ん中から巨大な砲身が姿を現した。そして、すさまじい音と共に光を発し、巨大な針の形の魔法弾が地上のドラゴンの心臓を貫いた。それは地面に突き刺さり、激しく暴れるドラゴンの肉体を空中大陸の大地につなぎとめる。
グエエエエエエエエッツ!
ものすごい断末魔の咆哮が響き渡る。だが、徐々に猛毒が体を侵食し、激しい痙攣と共にドラゴンは息絶えたのであった。
「ドラゴン、生命反応なし。討伐成功」
ナアムの報告が聞こえたが、リメルダは心に張り詰めた緊張が一気に切れた。ドラゴンの強さを思うとM級のドラゴンを初めて討伐した喜びなど湧いてこない。
(あれでM級……。L級やH級、そして、レジェンド級とはどう戦えばいいの?)
気丈なリメルダも自然に手が小刻みに震えてくる。妖精族の艦長、ナアムがそっと親友でもある第2魔法艦隊提督の手を取った。
「姫さま、少なくとも私たちの攻撃はドラゴンに通用しました。被害は甚大ですが、初戦でM級を倒せたのですもの。パンティオンジャッジを制した人類の魔法艦隊は、奴らを殲滅し、この世界を守ることができますとも」
そう力強く言ったのだった。それでリメルダにも少しだけ勇気が湧いてきた。全く歯が立たなかったわけではないのだ。少なくとも、人類がこの500年で開発した武器でやつらを殺せることが分かったのだ。
「そうね。ナアム、こちらの被害は?」
リメルダは自分の艦隊である第2魔法艦隊の状況を確認した。今、ブルーピクシーの艦橋から見ただけでもかなりの被害だ。黒煙を上げながら何隻もの空中艦が漂っている。被害が警備だった艦も身を寄せ合って次の命令を待っている。
「第12パトロール艦隊は1隻を残して全滅。司令官ウルバヌス中将は戦死の模様。1隻も中破。現在、火災が発生中。我が第2魔法艦隊は、撃沈、戦列艦2、巡洋艦2、駆逐艦3。大破、戦列艦1、巡洋艦2、駆逐艦4です」
「戦力を根こそぎ奪われたわね」
これでパンティオンジャッジの覇者になることは難しくなった。それでもリメルダは後悔はしていなかった。
「被害を受けた艦のうち、自力飛行できるものは近くの軍港へ移動させます。動けない船は曳航しますが、あまりにも被害が大きいものは処分します。」
「そうね。そうしてちょうだい」
リメルダはほっとして、指揮官席に腰を下ろした。被害は大きかったが、あのドラゴンがもし都市を襲ったら大変なことになったであろう。あのメテオストライクの魔法がバーニングカムの町に降り注いだら、それこそ町が地獄と化すところであった。
「提督、お茶をお持ちしましょうか?」
副官に言われて、リメルダはやっと気を緩めた。体を伸ばしながら副官の持ってきた熱いお茶を一口飲んだ。だが、リメルダも第2魔法艦隊の乗組員も休む時間はなかった。
「姫さま! 第3魔法艦隊が……」
艦長のナアムが、そう言って指を指したので、その方を向くとキラリと光ったのが見えた。
(うそ!?)




