第7話 VS第4魔法艦隊 準備編(3)
その日の夕方。平四郎は第5魔法艦隊の出港準備に追われていた。パンティオン・ジャッジが本日から開始に向かって準備段階に入るのだ。2週間後に第5魔法艦隊が設定した戦場で戦闘が開始される。
第4魔法艦隊よりも先に移動しなくてはならない決まりだ。そうなると整備する時間が第4魔法艦隊よりも少なくなる。これは戦場を決められることへの代償であろう。
ただ、2週間程度では整備が中心で平四郎がやろうとしている改造まではできないのが普通である。そう考えると平四郎のマイスターとしての腕の良さがかなりアドヴァンテージを持ってくると思われた。戦場の状況に合わせた改造を艦に施せるからだ。
首都クロービスの空中艦隊ドックは、数多くの空中戦艦を係留できる能力がある軍港があるが、その使用料は高く、資金不足に苦しむ第5魔法艦隊はすぐ出港して、使用料が安い軍港に移動するのだ。
経費は公女持ちというのがルールらしい。ちなみに首都クロービスのプトレマイオス港の一日の使用料は戦列艦クラスで50ダカット。第5魔法艦隊の母港であるパークレーンの港の場合、1日5ダカットである。10分の1に収まるならその方がいいに決まっている。それにバルド商会を通して改造パーツの手配をしている。パークレーンでレーヴァテインを改造して決戦に臨むのだ。
平四郎は軍港のオフィスビルで出航の書類にサインをしていた。フィンの代理である。
「お兄ちゃん!」
平四郎は不意に話しかけられた。この世界で自分を(お兄ちゃん)と呼ぶ人物はいない。(平にい)と呼んで兄扱いしてくれる女の子は一人いるが。それはバルド商会の一人娘にして第5魔法艦隊の主計官を務めるルキアであるが、この声はルキアではない。港を出港する手続きの書類が認可されるまで、待っている待合室だ。
振り返ると長い金髪をいくつも巻いて大きなピンク色のリボンで止めている小柄な女の子がいた。身長は150センチぐらいな感じである。愛くるしい大きな瞳と発展途上のボディはともかく、この娘は一目見ただけで只者ではないオーラを放っている。
それもそのはず、第4魔法艦隊提督リリム・アスターシャであった。昨晩、パーティで遠目で見ただけだったが、直に見るといっそう幼い感じを受ける。年齢はファン御用達雑誌によると15歳(待合室にあったからちょっと読んだだけ)とのことだが、どう見ても中学生か下手したら小学生という姿だ。
だが、やはりメイフィアで一番の歌姫と呼ばれるだけあって、幼くても芸能人のオーラが出まくっている。その有名人が平四郎をつかまえて、
「お兄ちゃん」
などと呼んでくるのだ。非日常的な……、いや、この世界に来て毎日が非日常的ではあるが、生まれてこのかた。芸能人などというものに出会ったことがない平四郎は何て答えていいのか迷ってしまった。
「いや、僕は君のお兄ちゃんじゃないし……」
「だって、平四郎はリリムより年上でしょ。呼び方はお兄ちゃんじゃダメ? 先輩にします?」
「いや、先輩も……」
実のところ、こんな美少女に「お兄ちゃん」とか「先輩」と言われて嬉しくない男がいるはずがない。
「で、そのアイドルの君が僕になんのようですか?」
「リリムに敬語なんて使っちゃダメ」
「だって、君は第4魔法艦隊提督でもあるでしょ?」
「それを言うなら、お兄ちゃんも第5魔法艦隊旗艦マイスター。異世界から来た救世主でしょ? 昨日のあの決闘すごかったよ。あのいけ好かない伯爵をぶっ飛ばしてリリムも気分がすっきりしたよ」
「何か、あの伯爵に嫌なこと言われた?」
「聞いてよ、お兄ちゃん! あのエロ伯爵、パンティオン・ジャッジが終わったらリリムを専属歌手にするって言うのよ。ベッドに侍らせて歌わせたいなんて言うの。リリム、まだ15歳なのに犯罪じゃないですか!」
「もう10発は殴っときゃよかったかな」
「ふふふ。でも、気をつけてくださいね。あいつはあれで王家の出身ですから。裏でどんな汚いことするか分かったもんじゃない。マリー様は正々堂々とした方ですけど、アイツは悪人だから、権力を振りかざしてなにするか分からないよ」
「アイツが悪事を働けばぶん殴るのみ!」
リリムは腕組みをしてうんうんと感心したように頷いた。大げさな仕草だが可愛い子にやってもらうと何だか平四郎はうれしくなってしまう。
「すごいね。お兄ちゃん。やっぱり、異世界から来た勇者は違うなあ。第5魔法艦隊侮れないよ」
「そんなこと言ってくれるのはリリムちゃんだけだよ。世間一般じゃ、あまり注目されていないけどね」
「それは第5魔法艦隊だからです。他の艦隊だったら、今頃は人気者でマスコミの取材がすごいでしょうけど。この国のマスコミはちょっと観点がズレているのよ」
「ひょっとして、リリムちゃんはマスコミ嫌い?」
リリムちゃんの顔がちょっとだけキッとなった。眉毛がぴくりと動く。
「嫌いよ。アイツ等、本当に人のプライバシー無視。第4魔法艦隊の提督に選ばれて良かったのは、軍事機密ってことでマスコミをシャットアウトできること。この場所にもマスコミ関係者は入って来れないから」
「はあ、そうなの?」
クロービスの軍港の警備はそこそこ厳しいらしい。
「お兄ちゃんとこんなことしているところを写真雑誌の奴らに見つかったら、明日の新聞にスクープ!衝撃、リリムちゃんに恋人発覚!なんて見出しが踊るから」
(そりゃそうだ。自分の元いた世界でもアイドルが男二人っきりで話しているところを写真撮られたら、それが全然関係ない相手であってもスキャンダルにされてしまうだろう)
平四郎は納得したが、そんなことよりどうして当面の敵であるこの娘が自分に話しかけてきたかである。
「で、リリムちゃんはどうして僕に話しかけてくるの? あの第2公女のリメルダみたいにスカウト?」
「へえ、やっぱりリメルダさん、お兄ちゃんのことをスカウトしたんだ。噂は本当だったよ。まあ、お兄ちゃんのあのヴィンセント伯爵をぶん殴った力を見ればスカウトするわけも分かるけれど」
「その口ぶりだと、スカウトってわけじゃないね」
「ええ。お兄ちゃんの艦隊とは初戦で戦うので、その宣戦布告。全人類のために正々堂々と戦いましょう。本当はフィン提督に言うべきでしょうけれど」
そう言ってリリムちゃんは右手を差し出した。握手ということらしい。平四郎は右手を差し出し、そっと手を握った。この国で最高の歌姫の手はやわらかかった。
「それでは戦場となるエアズロックで会いましょう、お兄ちゃん!」
そうメイフィアの歌姫、第4公女で第4魔法艦隊提督のリリムちゃんは平四郎に微笑んだ。




