第7話 VS第4魔法艦隊 準備編(1)
その頃、平四郎は第5魔法艦隊仮司令部にいた。クロービスにある安宿である。3階部分のリビングにレーヴァテインの乗組員が勢ぞろいしている。昨晩は城に泊まったフィンを除き、みんなこの安宿で過ごしたのだ。
「フィンは熱が出で城から戻って来れないの」
ミート少尉がみんなにそう説明しながら、平四郎をにらむ。熱の原因が平四郎だと思っているのだ。そんな思惑に気づかない平四郎は心配そうに尋ねる。
「熱って、どのくらい?」
「心配ないわ。微熱よ。アマンダさんがつきっきりだから心配ない。それより、平四郎」
「なに?」
「何か、フィンにショックなことを言ったんじゃないでしょうね?」
「い、言ってません、言ってません」
平四郎は否定した。でも、内心は心当たりがあった。その心当たり。
(多分、昨日のことだろうなあ……やっぱり)
フィンにプロポーズしてOKもらったなんてこのフィンの親友に言ったら、きっと、ものすごく怒られるに違いない。
「何も知らないフィンを騙してるんじゃないでしょうね?」
とか、
「フィンが不幸になったら、地の果てまで追いかけてぶっ殺す!」
とか、
「そもそも、このパンティオン・ジャッジに勝とうなんて夢見てるの?」
とか言われそうだ。今日もメイフィアの賭博場の予想では、第1魔法艦隊が1.6倍、第2魔法艦隊が3.5倍、第3魔法艦隊が6.8倍、第4魔法艦隊が3.9倍とあった。第4魔法艦隊が3番人気なのは、勝敗に関係なく第4艦隊提督リリムちゃんのファンが投票しているらしく、純粋な勝敗予想では9倍という話だ。それらに比べて第5魔法艦隊は107倍と賭けの対象にならないくらいの不人気であった。
(いきなり万馬券だ!)
実のところ、フィンの熱はあまりの嬉しさに興奮して熱が出てしまっただけであるが。
(あこがれの異性と手をつないで大興奮してしまっただけだが……。またしてもメンドくさい)
その原因を平四郎が知ってしまったら、フィンがなぜ「キス」も「お触り」もダメと言ったか理解できたであろう。そう、もし、平四郎とキスしたら、たぶん、フィンは平四郎に夢中になってしまってパンティオン・ジャッジのことなど忘れてしまいかねなかった。この世界を自分が救うという強い信念すら溶かしてしまう甘い誘惑。
それくらい、フィンは平四郎にベタ惚れの運命を感じてしまっていたのだが、それは平四郎も同じことで、フィンに溺れてしまって、この世界を救う使命など忘れてしまったであろう。まさに賢明な選択であった。
「まあ、それはともかく。提督はいないけれど、本日、みんなに集まってもらったのは2週間後に迫った第4魔法艦隊との戦いについてです」
ドンとテーブルを叩くミート少尉。平四郎は円卓を囲むレーヴァティンのメンバーを見て、これが艦隊の幹部による重要な会議には見えないなあと感じていた。何しろ、双子の女の子(プリム&パリムちゃん)はぬいぐるみを抱えてお菓子をほおばっているし、職業軍人のカレラ中尉は帽子を目深にかぶって明らかに居眠りしている。
昨日、パークレーンからやってきたルキアは、一心不乱に何やら計算をしている。平四郎が紹介してこの第5魔法艦隊に加わることを認められたトラ吉は、平四郎の隣で腕組みをして考えているふりをしているが、たぶん、寝ている。唯一、目をギンギンにしてミート少尉を見つめているナセルの奴もその視線の先が軍服の胸元から見えるミート少尉のふくよかな胸の谷間にクギ付けで説得力がない。どこぞの生徒会の話し合いの方がずっとマシだろう。
「本日中に戦場エリアを通告しなくてはいけない。みんなの意見を聞きたいのです」
そう言ってミート少尉は地図を広げる。第一大陸にあるメイフィア王国の版図と周辺空域が描いてある。パンティオン・ジャッジは下位の艦隊は上位の艦隊に戦いを挑み、一つずつ倒していかなくてはいけないハンディがあるが、戦場は下位の艦隊が自由に設定できた。2週間前にそれを通告し、先に布陣する権利があるのだ。これは考えようによってはかなり有利な条件であった。
「火力が劣る艦隊が布陣するには通常、浮遊石地帯だろう」
寝ていると思った操舵手のカレラ中尉がそうポツリと言った。職業軍人として、専門家の意見を言った。火力が弱い艦隊は盾になる浮遊石の後ろに隠れて戦う戦法が一般的であった。トラ吉がポンとテーブルに飛び乗って地図を足で差した。
「この浮遊石地帯はどうだにゃ?」
「そこはエアズロックよ。正気?」
ミート少尉がトラ吉を少しにらんでそう言った。実は先程、平四郎が紹介した時にちょっとしたドラマがあったのだ。平四郎はトラ吉のことを紹介したのだが、ケット・シーは珍しいのでたちまち、プリムちゃん、パリムちゃんに歓迎された。
二人共、トラ吉を交互にだっこしてキャピキャピと大はしゃぎ。まるでぬいぐるみのようにしていた。トラ吉は二人にスリスリして甘えた態度を取っていたが、コイツは猫の姿でも25歳だ。それを思うとちょっと危ない。
そのうち、二人に飽きたトラ吉は次のターゲットを第5魔法艦隊随一のダイナマイトボディの持ち主に絞った。
「旦那、レーヴァテインは天国だにゃ。おいらはとても気に入ったよ。プリムちゃんもパリムちゃんも超可愛いし。それに……」
トラ吉はミート少尉を見る。そのはちきれんばかりの天国の双丘に飛び込んでいく。
「いざ、天国へダイブ~っにゃ」
ドカッ!
ミート少尉のチョップでトラ吉は地面に叩き落とされた。
「ひ、ひどいにゃ」
「う~っ。何だか悪寒がするのよね。平四郎、あなたの従者なら管理責任はあなたよ。当面はマイスター助手ということで乗船を許可するわ」
「トラ吉、少尉の許可が出た。あとでフィンちゃんにも正式に紹介するよ」
「う~っ。あの双丘に顔を埋められると思ったのににゃ」
「この猫! 俺ができないことをやろうとするなよな」
ナセルがトラ吉のほっぺをぎゅっとつまんで持ち上げた。
「いたたたたっ。何するにゃ」
「ミートは俺の女だ。いくら猫でも手を出すなよな」
「旦那、こいつはなんだにゃ」
トラ吉はほっぺたをつままれながら、伸ばした爪でナセルを指した。平四郎はやれやれというゼスチャーで第5魔法艦隊の射撃手を紹介した。
「攻撃担当のナセルだ」
「よろしくな。猫」
「ああ、あの店に旦那と一緒にいた奴だな。うむ。何だかお主とは波長が合う気がするにゃ」
「そう思うか? 俺もそう思うぜ、猫」
ガシッっと握手をする二人。確かに女の子方面では気が合いそうだ。
こんな経緯があったから、トラ吉に対するミート少尉の目は厳しい。少尉にとってはかわいいネコではなくて、警戒すべきエロ猫なのだ。




