第6話 パンティオン・ジャッジ前夜祭(5)
「それより、フィン、フィンちゃんは?」
平四郎が広い会場を見渡す。主役の公女のところには人だかりができているが、その一人のフィンは見当たらない。
(こういう時には、大体、彼女は人がいないところにいる)
フィンの性格が分かっている平四郎は、会場の隅のバルコニーへの扉がわずかに開いてカーテンが風で揺れているのを見つけた。
最初はたくさんのお客に囲まれて話しかけられていたフィンだが、元来の人見知りで言葉がなかなか出てこないので、客も手持ち無沙汰になり、話が弾む他の公女のところへそそくさと移動し、やがて窓辺でボーッと時を流すだけになってしまったのはフィンにとっては幸いだった。ふと見るとバルコニーへ通じる扉が目に入り、フィンはそっとそちらへ向かった。外は少しだけ風が出ていて、露出の多いパーティドレスでは肌寒い。
「フィンちゃん、寒くない?」
ふいに男の声で話しかけられ、フィンは驚いて振り返った。
「へ、平四郎くん」
平四郎はそっとショールをフィンの肩にかけた。それを触るフィンの右指に触れて二人共、心臓がドキドキして固まってしまう。全く、純情な二人である。
「そ、それにしても、ひ、ひどいよな」
「……」
「僕たちの第5魔法艦隊への期待度は0。みんな一番最初に負けるって思っている」
「し、仕方ないです。戦力的には一番劣りますから……」
「でも、異世界から僕を呼ぶために、その戦力が整えられなかったって聞いたけど?」
「……所詮は5番目です。平四郎くんを召喚しなくても、戦力的には一番下だったです」
異世界から自分を召喚するコストは、艦隊の主力となる戦列艦2隻分かかるらしい。フィンは平四郎を呼んだことで火力がぐっと落ちる艦隊の提督となったわけだ。
「フィンちゃん……あの……」
「は、はい」
平四郎は今ここで確かめなければと思った。(何を?)フィンの気持ちである。パンティオン・ジャッジが始まってしまえば、話す機会がなくなってしまうかもしれない。この戦いに負けるとフィンは自分のそばからいなくなってしまうのである。
(話すなら……。今でしょ! 今しかないでしょ!)
平四郎はドキドキする心臓の高鳴りを抑えて、口を開いた。
「この戦いで勝って……、勝って、この世界を救う代表になって、エターナル何とかってドラゴンを退けることができたら!」
「で、できたら?」
小さな声でフィンが尋ねる。彼女の顔も真っ赤だ。両手を胸に当てて目を閉じている。
「ぼ、ボクと!」
「へ、平四郎くんと?」
「ボクと結婚してください!」
「……?」
(し、しまった~!)
平四郎は自分の口から飛び出た言葉の響きに自ら驚いた。
「ボクと付き合ってくれませんか?」
というつもりだったのだ。そりゃそうだろう。まだ、フィンと付き合うこともしてない。正式に交際を申し込んでいないから彼女ですらないのだ。
(や、やってしまった! 僕としたことが!)
あの嫌みくさいヴィンセント伯爵の顔が思い浮かんだのがいけなかった。あんな奴にフィンをとられたくないという思いがこみ上げていたから、つい飛躍してしまった。フィンはというと、そう言われて固まっている。そりゃそうだろう。付き合ってもいない男から「結婚してください」と言われてOKする変な女の子はこの世にいないだろう。だが、
「は、はい」
小さいが、はっきりとそう聞こえた。
(ああ……神様。ここに変な女の子がいました!)
「え? ほ、本当に?」
「はい。世界を救ったら、私は平四郎くんのお嫁さんになります」
恥ずかしそうに……でも、はっきりとそうフィンは答えた。平四郎は思わず、フィンを抱きしめた。華奢な体が自分の中に包み込まれ、平四郎は体いっぱいに幸せを感じた。
(女の子って、やわらかくて、こんないい匂いがするんだ)
人生で初めて女の子を抱きしめた平四郎は、もう魂が天にまで駆け上っていく爽快感に浸っている。フィンも平四郎の胸に頬を寄せている。
(幸せ~。初恋が実るってなんて幸運なんだ! 東郷平四郎、人生に一片の悔いなし!)
キュッと服をフィンが掴んだ。放してという合図のように平四郎は理解した。このシチュエーションなら、この後は決まりである。そう、キス! 今の今まで、女の子とキスをしたことがなかった平四郎は、緊張したが、ここは男として覚悟を決める。下から上目遣いで自分を見つめるフィン。唇がピンクで艶かしく光っている。
(決めるぜ!)
平四郎は顔を寄せていく。ググぐっと……。
「ら、らめれす!」
また噛んだ。慌ててフィンは言い直す。
「ダメです。平四郎くん」
フィンが右手の人差し指と中指を立てて、平四郎の唇に当てた。
「け、けっきょん……」
またまた噛んでしまって、きゅううううっと下を向くフィン。こんな場面でもメンドくさい(笑)
「け、結婚するまでキスはお預けです!」
「ええええ?」
「今後、わたしの体に触れてもいけないです」
「えええええ?」
「あの、その……。エッチなことも、もちろんダメです」
「はああああ?」
そりゃそうだろう。キスがダメならそれ以上はもちろんダメである。
「だって、結婚を承諾したってことは少しぐらいイチャイチャとか……」
「ダメです」
がっかりする平四郎。いや、別にフィンに変なことをしたいわけじゃないのだが。
(どうして、触れてもダメなんだ?)
平四郎の気落ちした顔を見て、フィンも心が動いたのか、恥ずかしそうにこう言った。
「手を……手をつなぐぐらいなら……いいです。というか、今、つないで欲しいです」
「フィンちゃん……」
平四郎は右手でフィンの手を握った。壊れちゃいそうな細い指。すべすべした柔らかい感触が伝わってくる。
「わ、わたしたちの結婚のために……この世界を救うために……がんばりましょう」
「頑張る。僕は絶対頑張るから! フィンちゃんにウェディングドレス着てもらうから!」
平四郎はフィンの両手を握る。フィンもキュッと握り返してくるのが分かった。何だか心と心が結ばれたような気がした。
(期待しています……わたしのマイスター様)
フィンは小声でそうつぶやいた。幸せで頭がいっぱいになって体中が熱くなってくる。
頭もくらくらしてきたので、フィンは平四郎と別れて城に用意された宿泊部屋に戻っていった。そこにはミート少尉が待機しているはずだ。
残された平四郎は、この後、国防省のお偉いさんとか、国防艦隊の将軍やら貴族たちに話かけられて、フィンの様子を見舞うこともできず、城をあとにするしかなかった。
「け、けっきょん……」め、めんどくさいw




