第6話 パンティオン・ジャッジ前夜祭(4)
「え?」
平四郎は黒髪美少女の唐突な申し出に驚いた。
「フィンの艦隊ではあのマリー王女には勝てないわ。私ですら苦戦しそうですもの。あなたもあの嫌みったらしいヴィンセント伯爵に彼女を取られたくないでしょ? 私には旗艦を安心して任せられる強い男が必要なの。ねえ、私の艦長になりさい」
公爵令嬢というから深窓のお姫様かと思いきや、結構大胆なことを言う。
「そんなこと急に言われたって……僕にはフィンちゃんがいるし……」
「あの子では勝てないって言わなかった。いくらあなたがすごい能力をもっていたとしても、あの子じゃ宝の持ち腐れよ」
「そんなことは分からないよ」
「分かりきっているわ。私一人の評価じゃない。あなたがいくら異世界から来た勇者といっても、今まで誰も注目しなかったのは、負けることが分かっている第5魔法艦隊所属だからよ。ヴィンセント伯爵を倒してみんな一層思ったでしょうね。宝の持ち腐れだと」
平四郎は何だかムカっとしてきた。リメルダがフィンのことをバカにしていることに腹が立ったのだ。
「フィンちゃんを馬鹿にするといくら公女様でも許さない」
「バカにはしていないわ。私は正確な戦力分析の元に話をしているのです」
リメルダは平四郎が自分の価値を分かっていないことにいらだちを感じ始めていた。これから始まる戦いはお遊びじゃないのだ。このトリスタンの運命がかかっているのだ。
「それに第5魔法艦隊じゃ、満足に給料もらっていないんじゃなくて? 私ならあなたの価値に見合うだけの待遇を用意できます」
「買収するのか?」
「あら、怒ったようね。私はあなたの価値を正当な値段で評価すると言っているのです」
「お金の問題じゃないね。僕はそんなもの欲しくない」
平四郎は突っぱねたようにそう吐き捨てた。リメルダはちょっと意外だという表情をした。そして、この異世界から来た男の怒った顔にちょっとだけ心が(ドキッ)とした。まだ若いのに何だか頼もしいなどと思ってしまったのだ。リメルダはこの異世界から来た勇者は自分の誘いにすぐ乗るものだと思っていたのだ。だが、ことは簡単には運ばないようだ。
「そもそも、このパンティオンジャッジはこの世界を救うための公女を選ぶと言うけど、フェアじゃない。フィンちゃんはお金に苦労してバイトまでしているんだ。それに比べてあんたたちは随分と恵まれている。不公平だよ!」
不公平と言われたリメルダは静かに笑を浮かべた。腕組みをし、人差し指でトントンと反対の腕を打つ。
「では聞くけど……あなたの元いた世界は平等だったの?」
平四郎は思わず沈黙した。そうだ。平四郎がかつて暮らしていた日本は平和な国だったが平等と言われたらそうではなかった。他の国でもそうだろう。平等ではない。
「私はあなたの世界、日本に行ったことがあるわ。このトリスタンと同じく平等な世界じゃなかった。というより、人間は決して平等な世界など作れない」
「そんなこと……」
「あるわ。あなた現実に背けて夢物語を信じる人?」
「……」
「平等な世界が善で不平等な世界が悪? 人はよりよい生活を求めて努力し進む生き物。それは人に限らず、動物の世界はすべてそう。それを進化というのよ」
「進化?」
「進化なくして、人は生き残れない。このトリスタンは500年おきにその進化を問われる厳しい世界。平等などという理想に縛られていては全てを失う。私は断言するわ。平等は世界を救わないと!」
リメルダが厳しいことを言う。理想はともかく、平四郎もリメルダが言うことは納得するしかない。現実は確かにそうなのだ。
「この世界、トリスタンは500年毎に人間は絶滅しそうになる過酷な世界よ。そしてパンティオンジャッジはそれを救うための手段。どんな手を使おうが人々を救わねばなならにのよ。お金を使っても、地位を使っても救えればいいの。逆に力がない者は迷惑」
「……」
「ごめん。少し言いすぎたわ。だからと言って強いものだけが生き残ればいいということではないわ。勝者は優しさをもって弱者を救う。そして、勝者は恵まれたものが必ずなるとは限らない。むしろ、逆境を乗り越えたところに勝利はあるのかも。ということはフィンがパンティオンジャッジの勝者にならないということでもない。お金がない、魔力が低い、それを乗り越えるものが人々を救うのよ。あなたという人間がフィンの傍にいるのは乗り越えるためのピースかもしれない」
「そうなら、なおさらフィンちゃんからは離れない」
「そう言わずに考えてみて……」
「考えるまでもないよ。僕はフィンちゃん一筋」
(はあ~。何よ、この男。この私が誘っているのに! このリメルダ・アンドリュー公爵令嬢が頼んでいるのに!)
何不自由なく育てられたお姫様発想だろう。だが、リメルダは頭の良い女の子でもあった。自分についた方がいいに決まっているのに、そうじゃないということは条件以外のものを感じているからだろうという結論になった。
(この人、フィンのことが本当に好きなのね……)
何だか面白くないと思うのは何故か分からなかったが、リメルダは話を続ける。そうならそうで説得するやり方もある。
「フィン第5公女が気になるなら心配ないわ」
「ど、どういうことだよ」
「鈍いわね。私と組むと言うことは、私のパートナーでもあるのよ。つまり、この私の花婿候補。そしてあの子の艦隊を撃破すれば、あの子は自動的にあなたのモノということになるわ。まあ、正妻のわたしとしてはちょっと複雑だけど、契約と思えば我慢できるわ。この私がこんないい話をもってきたのだから、受けるべきだわ」
このお姫様の言っていることはめちゃめちゃだ。おそらく、ヴィンセントをボコボコにした平四郎の活躍ぶりを見て、只者ではないと思っての申し出だろう。しかし、魔力が欲しいという理由だけで平四郎をパートナー(花婿)にするという。そこに愛情とかないのか。愛もないのに結婚するなんて平四郎には考えられない。
(なあトラ吉。さっきから、公女とパートナーになるイコール公女と結婚するみたいな流れだけど、そういうことなのか?)
平四郎は後ろにいるトラ吉に小声で聞く。トラ吉も小声で平四郎に答える。
(う~ん。必ずしもそうじゃないと思うけどにゃ。現にリリム嬢とローザ嬢の艦長は年配のおっさんだし。ただ、魔力の強い人間に自分の旗艦の艦長を任せるってことは、それだけ信頼も必要だからゴールインしちゃうケースはあるだろうにゃ)
(ということは……)
フィンが自分をパートナーに選んでくれたのは、単なる魔力の強さを必要としているだけでなく、特別な感情があるということなのかもしれない。平四郎はフィンにはそういう感情をもったがこのリメルダには、そういう感情がわかなかった。彼女の場合、単に勝つための道具としてしか自分を見ていないと感じたのだ。
「断る!」
平四郎はそう宣言した。
「何ですって?」
リメルダはそう聞き返した。この強気のお嬢さん、断られると思っていなかったようだ。驚きで目が丸くなっている。
「断る。君は僕の力だけが必要なんだろう? でも、フィンちゃんは違う。彼女は僕を能力以上に必要としてくれている」
「あらまあ。それはきっと誤解。思い込み。彼女もあなたの力が必要なだけよ。さあ、この私がこれだけ、お願いしてるのよ。これは男として名誉だわ。私の艦長になりなさい! さあ、ひざまずいて忠誠を誓いなさい」
そう言ってリメルダは右手を差し出した。忠誠の証に膝まづいてキスをしろということらしい。平四郎はその手をバシッっと叩いた。
「断る!」
ブルブルとリメルダは体を震わした。
「こ、この私を拒絶するとはいい度胸だわ! いいでしょう! このメイフィアの上空で撃沈されて、その大切な女の子を失うといいわ!」
そう言うとリメルダはプンプン怒って去っていった。
(なんだ? あの娘は? 嵐のような娘だな)
勝手に提案して、勝手に怒って、勝手に去っていく。第2魔法艦隊の公女とはどうも合わないようだ。
(黙っていれば、かなりの美少女なのに……。フィンとは正反対である)




