第5話 公女様はアルバイト中(6)
買い物を終えた平四郎とフィンは、町に戻って店を後にした。展示場からパークレーンの港まで運ばせるのもタダでやらせたのは、最後のおまけみたいなものであった。
港まで「第5魔法艦隊に納船中 空中武装艦 買うならオリバー」という横断幕を貼って宣伝することが条件である。店としても悪くない話だろう。
「あ、あの……おかげさまでよい買い物ができました」
店を出るとフィンがポツリとそう言った。平四郎は慌てて、弁解をする。途中から彼女のことを忘れて、いかに安く空中艦を買うかということに夢中になってしまった。日本で中古車を安く買って修理して転売するレストアも趣味でやっていたから、その癖がでてしまったようだ。
「この世界のこと、艦隊のこと、何も知らない僕が口出しして悪かったよね。後で考えると……。フィンちゃんの意見も聞かなかったし」
「……いいえ。そんなことないです。わたしでは空中武装艦のことはよくわからなくて、店長さんのお勧めを買うしかなかったから。すごく安く買えたので助かりました」
そう言うと二人共、急に言葉が出てこなくなった。よくよく考えれば、二人きりで話すのは初めてだったことに気づいたのだ。
「あ、あの……これから昼ごはんでもどう? 僕がおごるから」
そう言って平四郎はポケットの金貨を握り締めた。トラ吉を買ったので減っていたものの、まだ8枚の金貨と銀貨1枚が手の中にあった。
「は、はいです」
フィンがうれしそうにそううなずいた。
「で? 艦長とは食事して別れて来たってわけね?」
「はい。市場のオープンレストランでトリ出汁スープのヌードルをおごっていただです。美味しかったですよ。ああ~。幸せ~」
大きな枕を抱えてベッドに座り、顔をうずめているフィン。ミート・スザクはそんな彼女の宿泊する旅館の部屋を訪ねていたのだ。
(平四郎、昼飯代ケチりやがった? というより、彼も大してもらってないから仕方ないか。にしても……。一応、フィンも貴族令嬢だからね。市場のオープンレストラン? というより、屋台で食事したのは、きっと初めての経験だったでしょうね)
そうミート少尉は思い、彼女に出会った頃を思い出した。貴族と言っても地方の貧乏貴族に過ぎないアクエリアス子爵の娘であるフィンは、当初は学校も庶民の通う普通の学校に通っていた。小学校の2年生から公女候補に選ばれたフィンは、軍の幼年学校に通うことになるのだが、そこでミート少尉と知り合いになる。
貴族令嬢にありがちな高慢なところが一切なく、目立たないようにそっと学校生活を送っていたフィンにどちらかというと勝気で目立ちたがり屋のミート少尉は正反対なのにある事件をきっかけにして意気投合して親友になったのだった。
そんな親友がこともあろうに、パンティオン・ジャッジに参加する公女に本格的に選ばれてしまった。そんなことがなければ、いいところのお嬢さんというポジションでそのうち良い人とお見合いして結婚というのが、このフィン・アクエリアスという少女の人生設計であったろうが、人類の運命を左右する立場になってしまったのだ。
(確かに、魔力は並外れたものがあったわ。見てくれとは違って……。見てくれとのギャップといえば、この子、おとなしい顔をしているのに結構Hな娘だからなあ……)
「で、食事した時にね、わたしが調味料をとろうとしたら、偶然、平四郎くんの手と触れ合ってしまったの……。もう、その時には体にビビビっと電気が走ったわ。キュンってこの辺りが鳴ったの」
そう言ってフィンは、胸に手を当てた。
(はいはい……)
ミート少尉は心の中で返事をした。またメンドくさいことが始まったことは間違いない。
「でも、平四郎はそれ以上、フィンの体には触らなかったよね」
「う、うん。それ以上体に触られたらわたし、どうにかなっちゃいます」
(よし、平四郎。お主の理性をほめてやるわ)
ミート少尉は、正直なところ、この自分と二人きりでは暴走気味の少女が想っている男が超奥手の好少年でよかったと思っている。この状況のフィンを見たら、下心のある男だったら、あっという間にいただいてしまっているだろう。平四郎に対してフィンの防御力はゼロに等しい。平四郎の一言でこの娘、履いているパンツまで軽く脱ぐだろう。
「でも、ミート。わたし、指以外は触られてはいないけど……」
「いないけど……?」
ミート少尉はググッとフィンに顔を近づけた。フィンの話次第では、平四郎を殴らなくてはいけない。まさか、パンツ脱がせたんじゃないのかとミートは険しい顔でフィンを見た。
「平四郎くんがわたしの飲んでいるドリンクの味が知りたいって言って、わたしのドリンクを飲んだんです。わたしが飲んだストローで……。ああ、思い出しただけで、わたし、倒れそうになります。そして、平四郎くんが自分のジュースを差し出したから、わたし、わたし、平四郎くんの口を付けたストローでジュースを飲んでしまったです! ああん、わたしとしたことがはしたない……。ねえ、ミート。平四郎くん、わたしみたいな、はしたない女の子、嫌いにならないよね?」
ガクっ。
小学生か!
相変わらず、メンドくさい。脳内天気が青空で雲一つない。フィンらしいと言えばそうだが、普通に見たら、このお嬢様、ちょっと危ない。
ミート少尉は(やれやれ……)と両手をあげた。多分、平四郎も自分のジュースをフィンに勧めて、彼女が恥ずかしそうに口を付けた時に関節キスと気がついて固まっただろうと容易に予想ができた。狙ってやるほど、平四郎が女慣れはしていないとミート少尉は確信していた。
(それにしても……)
ミート少尉はドラゴンを討伐した経緯を思い出した。
(仮計測で999万という数字を出した魔力。あの源が平四郎だったとしたら)
帰ってきてから平四郎の魔力を測ったが0であった。あの強力な魔力が消失しているのだ。だが、ドラゴンに100連発の攻撃を加えて倒したことは事実なのだ。
(平四郎が異世界から来た勇者であることは間違いないようようね。となると……伝説ではフィンが最後の勝者になる。この世界を救うのはこの子……。このメンドくさい娘がねえ……)
ミート少尉は思わず、クスッと笑った。
「まあ、フィンが平四郎に熱を上げるのは分かるけど、でも、あなたの置かれた立場を思い出してね。私たちの目標は……ドラゴンを皆殺しにしてこの世界を救うこと」
「そ、それは分かってるです……」
大きな枕を抱きしめ、足でギュッと挟んでベッドでコロコロ転がって、昼の間の平四郎とのシーンを思い出して妄想にふけっていたフィンは急に起き上がり、女の子座りをして、悲しそうに枕に顔をうずめた。
ミート少尉は傍らに座り、そっとフィンを抱きしめた。これから彼女が味わう困難を思って、ミート少尉はギュッと彼女を抱きしめるのであった。




