第5話 公女様はアルバイト中(5)
「平四郎くん、どう思います?」
「ああ……現物を見てみないとね。お金は大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないです。でも、あと1隻ぐらいは増やさないと……。本当は戦列艦クラスが欲しいのですが……」
そんな健気なフィンの姿を見ていると、平四郎は何とかしてあげたくなった。
(確かに、戦列艦っていうのか?カタログを見る限り攻撃力がダントツ。だけど、フィンの艦隊は攻撃力よりもスピード、機動力じゃないかな)
平四郎はそう考えた。そうなると、オススメするのは、機動力の高い船だ。店長はフィンが駆逐艦を買うと見て、現物を見ますかと勧めてきた。中古の武装艦が軍港の端にある専用の場所に並べてあるという。ビルの屋上にある小さな空中艦に乗って行けば、それはものの10分の距離にあった。ずらりと中古の武装艦が並んでいる。
カタログにはあるが、ここには置いてないものもあるようで、置いてある船でざっと50隻が並んでいる。それこそ、戦列艦から小さなガンシップまで玉石混合だ。ただ、中古らしく状態がよくないものまで並んでいる。店長オススメのミサイル駆逐艦はちょっとサビついていて、程度はあまりよいとは言えないと平四郎は思った。これを買うなら値切って2500ダカット以下だろう。修理にお金がかかると判断した。
(う~ん。これは困ったな。予算に合う出物がなさそうだ)
平四郎はキョロキョロと展示艦を物色する。すると50隻の中に一際輝いて見える船を見つけた。それは武装が解体されていて状態は見た目は宜しくなかったが、平四郎が見たところ、空を飛ぶ機動部分は壊れてなく、きちんと整備すれば十分使えると判断できたのだ。
「フィンちゃん。あの高速駆逐艦ってのはどうだろう。攻撃力は落ちるけど、艦隊のスピードが落ないよ」
「今、2隻保有しているのが高速駆逐艦です。もう一隻同じものを買えと……」
うん……。そう平四郎はうなずいた。どうせ、中途半端な攻撃だったら、いっそ、スピードを重視したほうがいい。
「この高速駆逐艦だと3000ダカットでいいですよ」
そう店長が言った。3000ダカット……。平四郎の故郷である日本円にして、3000万円という値段である。高級輸入車のスーパーカーが買えるほどの大金だが、(軍艦がこの値段で買えるか?)と考えると多分無理だろう。フィンが買った2隻の高速駆逐艦も元国軍のパトロール艦で、退役したものを改造して販売されていたのを手に入れたのだ。
こういった武装艦を買うのは、周辺空域で出没するドラゴンを討伐して賞金を稼ぐドラゴンハンターと称する人間たちだ。小さなドラゴンでも討伐すれば、かなりの賞金が手に入るのだ。ただ、ドラゴンを退治するにはかなりの戦力がないと難しい。しかし、国軍のパトロール艦隊だけでは、多発するドラゴンによる被害を食い止められないので、民間のドラゴンハンターを募集しているだという。
平四郎は買おうという高速駆逐艦の状態を考え、メンテナンスと改造にかかる費用をすばやく見積もった。それでこう切り出した。
「店長、あれは1500ダカットでしょ」
「え、それはちょっと……」
「エンジンはまともだけど、他のパーツは古いから全部変えないといけない。そもそも、あれは15年前の型だろ。標準の価値なら2000は確実に切る」
店長は、コイツは侮れないと思ったようだ。公女様と敬いつつ、前回の2隻の高速駆逐艦を1万ダカット以上で売りつけられたのは、世間知らずの小娘2人で買いに来たからである。だた、店長もあこぎな商売をしてるのではなく、少々割高だが2隻の船は品質のよいものを選んで提供はしていた。
「武装は20インチバスター砲1門、あれは錆び付いて使えないね。ミサイルランチャーも2基、故障している。旗艦からの命令を受ける魔力アンテナは使用できるけど、波長が合わないので使えないね。それを考えると1500でも高いくらいだ」
(す、するどい)
店長は迷った。確かにこの船は程度が悪くてかなり修理をしなければドラゴン狩りには使えない代物だ。それを考えると1500でも十分儲けはある。
「では、こうしましょ。1800で」
「1200!」
「え?」
店長は驚いた。交渉術として3000と1500の間の2250ぐらいが落としどころと通常は考えるので、それよりも安い値段を出したのだ。これで決まると思ったのに、この公女に従って来た少年はもっと安い値段を出してきた。
「ご冗談を……先程1500と……」
「よく見たら、シールド発生装置がエイブラム社製だね。あの型は故障することで有名なんだ。載せ替えることを考えたらマイナス300でしょ」
(うううう……痛いところを指摘する。仕方がない。この船はもう6ヶ月も在庫になっている。ドラゴンハンターにも引き合いがないし。1200で売っても十分だ)
「分かりました。私どももパンティオン・ジャッジで公女様の活躍を期待する意味で勉強しましょう。1200で……」
店長はそう言って平四郎に手を差し出した。だが、平四郎は手を出さない。
「平四郎くん、1200は安いよ」
フィンがそう言ったが、平四郎の心の中で(まだまだ……)っと言っている。この世界に来た時に平四郎に付与された能力が解放されたのだ。
平四郎は「巧みな交渉人」のスキル発動した
「1000!」
「え?」
「店長さん、パンティオン・ジャッジで応援したいんでしょ。じゃあ、1200から応援分の200を引いて1000が妥当」
「ですが、1200がギリギリの採算でして……」
「あれはここで売れなきゃ、誰も買いませんよ。直すのにどう見ても2000はかかる。こっちは僕が直すから修理代はパーツ代だけで済むから買えるんですよ。採算とるどころじゃないんじゃない?」
「う……では、1000で……」
「おっと。あれはオークションでも売れないね。となると解体してパーツと鉄くずにしかならないわけだ。となるとせいぜい300ってとこかな」
「3、300はいくらなんでもキツイですよ。勘弁してくださいよ」
「店長、宣伝費と思えば安いですよ。第5魔法艦隊に船を供給したとなればこれはすごい宣伝になる。じゃあ、1000から宣伝費で300引いて700でどうです。これがファイナルアンサー?」
「い、いいでしょう」
店長は訳がわからなくなって手を出した。平四郎はその手を握ろうとして動きを止めた。
「店長。交渉成立のおまけにあの音波探知機のパーツつけてください。あれ、壊れてるんでしょ?修理しないと使えないならいいでしょ」
「わ、分かりました。お付けしましょう」
「ついでにミサイル20発。50で売って。合わせて750」
「B級品でいいなら付けます」
「交渉成立」
平四郎はそう言って店長の手を握った。すぐさま、契約書にサインして高速駆逐艦が一隻、第5魔法艦隊に加わった。前線に出す前にバルド商会に修理パーツを調達させて、パークレーンの港で修繕しないといけないが。平四郎はすぐにルキアに連絡して、その指示をする。
(旦那。旦那は値切りの天才だにゃ。普通は安い値段を指してから順番に上げて行くのに、旦那はどんどん下げていくから相手もビビってしまったにゃ)
「いや。十分勝算があっての交渉だよ」
(旦那は買い物の鬼にゃ)
そうトラ吉が感心したように平四郎に囁く。確かにどんどん下げていく平四郎の交渉術にパニクったことは間違いない。だが、店長は以前にフィンに2隻の高速駆逐艦を高値で売りつけていたので、十分な儲けがあり、今回の採算割れの商談に余裕があったことも平四郎は見抜いていた。




