第5話 公女様はアルバイト中(2)
平四郎は部屋に戻って支度すると、フィンからもらった12枚の金貨を握りしめて、市場へ向かった。まだ、約束には時間がたっぷりあったが、先に首都の繁華街を見ておきたいと思ったのであった。
魔法王国メイフィアの首都クロービスは、人口が約百万人とこの異世界トリスタン有数の大都市であった。景色はよくゲームで出てくる中世の世界によく似た町並みである。浮遊する金属でできた近代的な船があるにも関わらず、人々の家は石や木で作られているし、人々の服装も質素だ。まるでファンタジーの街に紛れ込んだ気分にさせてくれる。移動手段は馬車しかない。空を飛ぶ船を作れる技術があるのに、車が発明されていないのが不思議であったが、それは長距離は空中艦で移動すればよいので、インフラとしての道の整備が遅れているせいであろうと平四郎は思った。
街から街へは基本、空中艦で移動するので地上で移動する必要がないのだ。人々は小さな端末機と魔力を融合させて遠くの人と話しているなど、魔法を使っているような光景がいたるところに見える。ファンタジーの攻撃呪文などはないが、人々は魔力を使って日常生活を便利になるようにしているらしい。
(考えようによっては、現代の日本と変わりないじゃないか?魔法の代わりに携帯電話や、自動車、電子レンジ、オーブン、テレビ……。みんな魔法と同じだ)
平四郎はこの世界に来て、違和感がないのは魔法というツールを使っているとはいえ、便利に暮らしている様子は元の世界と変わらないからだと思った。
そんな景色を楽しむように20分程歩くとフィンが指定した市場についた。たくさんの店が連なり、石畳の広い道が伸びている。通りがいくつも交差しており、露天から商店、石でできたビルのような建物まであって、とても1日では回れない規模に感じた。フィンとの待ち合わせは市場の入口のアーチ状の門のところであったが、まだ約束した時間まで小1時間はあるので、平四郎はちょっと見て回ることにした。
「へい、兄ちゃん、腹減ってたら魚の串焼きどうだ? 肉のスープもあるぞ?」
「ジュース、ジュース。美味しい果物ジュース。いっぱい銅貨1枚」
食べ物屋から雑貨屋まで露天を見ると、おおよそのことが分かる。まずは金貨の価値。
金貨1枚は銀貨5枚と等価。銀貨1枚と銅貨5枚は等価ということはバルド商会で暮らした三ヶ月で平四郎が獲得した知識である。今まで出歩かずバルド商会の作業場と事務所に引きこもっていた平四郎には食べ物などの生活必需品の値段が正確にはわからなかったのだ。(空中武装艦の値段は分かるが桁が違う)
市場で売られている食べ物の値段から平四郎はお金の価値を換算した。日本とこのメイフィアではりんごの値段が同じではないだろうが、そんなにべらぼうに違うとも思えないのだ。そこから類推するに金貨1枚はどうやら、日本円で1万円って感じだ。
「となると、金貨12枚は12万円か……。確かに1ヶ月の正社員の給料としては安いよな。バイトとしては大きいけど」
第5魔法艦隊の台所事情は実に残念だ。これは主計官として会計を預かるルキアは、きっと頭を悩ましていることだろう。残念とは思ったが、渡すときに申し訳なさそうな表情を浮かべたフィンの顔を見ると、これが彼女の精一杯の出せるお金なのだろうと平四郎は考えた。無駄には使えないお金だ。
「おい、そこの異世界から来た青年よ」
ふいに下から声をかけられた。思いがけない方向に平四郎は驚いた。そして、その声の主を見てさらに驚いた。長靴をはいた大きな猫がガラスのビンに入れられていた。値札が付けられている。
妖精ケット・シー ペットにどうぞ! 3ダカット5分の4
(ケット・シーってなんだ?)
「この俺様を買ってくれないかにゃ。きっと役に立つにゃ!」
小さいくせに随分偉そうな口調の猫だ。そもそも、猫がしゃべったら驚くのが普通だが、平四郎は、街のファンタジーな雰囲気にその異常さを普通に受け入れている。
「君を買って僕になんの得があるっていうのだよ」
「あるにゃ……。俺様は妖精ケット・シー。この世のことはなんでも知っているにゃ。それこそ、千年も寿命があるからなにゃ」
「千年って、君が生まれたのは何年前なのさ?」
「おいらの生まれたのは、今から四百年前さ」
「本当か? 何だか怪しいなあ。そもそもそんなに生きられるのか?」
平四郎はケットシーというその生き物の興味を持ったが、そんな長生きする貴重な生き物がこんなところで売られていることがおかしい。
(大体、3ダカット5分の4って、金貨3枚に銀貨4枚ってことか?日本円に換算すると金額にして38,000円。結構な値段だ)
(やれやれ……)と平四郎は両手を上げて立ち去ろうとすると、このケットシー、言葉遣いが変わって、急に懇願口調になる。
「わ~っ。ごめんなさいにゃ。おいら嘘言いました。400年も生きちゃいないにゃ」
「そんな見え透いた嘘いうなよ」
「でも、妖精族は寿命が長いのは事実にゃ」
「確かにそういう設定だけどね。エルフは1000年、ドワーフは500年とか物語やゲームによって設定は違うけど。ケットシーの寿命はどのくらいなんだ?」
「100年にゃ」
「それ人間より少し長いだけじゃないか」
「人間よりいい点は、年とっても容姿が変わらないにゃ」
「ああ。それは猫や犬と同じだな。年とってもあまり変わらない。で、君の年はいくつなんだ?」
「25だにゃ」
「おお! 僕より年上だ」
「なあ、頼むにゃ。頼みますにゃ。おいらを買ってくださいにゃ。もし、猫好きのおばはんに買われたら、キモすぎて死んでしまうよ! ああ、そうだ、おいらが魔法で占いをしてあげるからにゃ」
「占い?」
「そう、占い。妖精ケットシーの占いはよく当たるんだにゃ!」
「怪しいなあ」
「そんなことはないにゃ。そもそも、旦那を異世界から来たと当ててるにゃ。その時点でこの猫はただもんじゃないと思ったんじゃないのかなにゃ」
確かにそうだ。平四郎は黒髪の典型的な日本人の風貌だが、このメイフィアでは珍しくない。ヨーロッパ風の顔立ちの人間からアジア風まで色々な人種が街を歩いているから違和感がない。それなのにこの猫は平四郎を異世界の青年と見破ったのだ。
トラ吉……アドミラルでも活躍した猫平四郎の従者として活躍します。




