第5話 公女様はアルバイト中(1)
ドラゴン討伐で得た賞金は艦隊強化に使うので、日々の運転資金は国の支給と公女の持ち出しとなります。普通の家庭の娘のフィンはアルバイトして艦隊を支えます(笑)う~ん。残念w
平四郎は魔法王国メイフィアの首都クロービスの安宿に滞在している。あの演習航海でのS級ドラゴンを討伐した第5魔法艦隊は首都クロービスの軍港に入港していた。S級ドラゴンの討伐で賞金が入るらしく、それによってバルド商会のルキアに出航前に取り付けた装備の代金を払うことができたのだが、余ったお金で豪遊できるほど第5魔法艦隊の台所事情は楽ではなかった。
よって、第5魔法艦隊の乗組員は下が酒場になっている庶民御用達の宿に滞在となっている。まあ、堅苦しいのは嫌いな平四郎には、これはこれでありがたいのであるが。
第5公女であるフィンもこの安宿に滞在している。一応、セキュリティのこともあるし、メイドのアマンダさんと同室ということもあって3階の一番広い部屋を使っている。
(ふあああああっ……。何だか疲れが取れないなあ)
時間を見ると朝の7時を回ったところだ。昨日は夜遅くに軍港に入港し、宿に入ったのが0時を回っていたのでまだ眠い。だが、それよりも空腹の方が勝った。平四郎はもぞもぞとベッドから起き出すと、部屋に備え付けの小さな洗面で顔を洗う。歯ブラシもこの異世界にはある。ちょっと変わった形状(丸いボールのような先端にブラシがついている)に液体の歯磨き剤を付けて磨くのだ。
一通り支度を終えて、平四郎は1階のホールに降りていく。その場所は、夜は酒場となっているが、今は宿泊客専用の朝食会場となっていた。結構な数の宿泊客が食事をしている。格好からすると商人等のビジネス客だろう。大半が男性であった。
(あれ?)
平四郎は階段の半ばで目をゴシゴシとこすった。想像できない姿を発見したのだ。その食堂でフィンがエプロンをつけて働いているのだ。アマンダさんもメイド姿で料理を運んでいる。アマンダさんの魔人形べパルとゼパルも手伝っている。
「朝食だわん」
「ハーブ茶だにゃあ」
とか言いつつ、くるくると動いて働いている。
(え? なんで働いているだ? 彼女って、この国の公女様じゃないのか?)
「あ、あの、平四郎くん……」
平四郎を見つけたフィンは、お盆で顔を隠しながらもそう呼びかけてきた。思い出せば、あのレーヴァテインの戦闘中に不測の事態とは言え平四郎は気を失ったフィンを抱きかかえたのだ。それを思い出して二人は顔が真っ赤になり、頭から湯気を立てだした。
「あ、あの、その、へ、へいちろ……」
恥ずかしさで思わず噛んでしまったフィンは、まためんどくさい状況になりつつあったが、平四郎のお腹が(グウウウッ……)となったので、二人は思わず笑ってしまった。それでフィンは落ち着いて話すことができた。
「平四郎くん。朝ごはんの用意できているです。はちみつパンと卵焼きとベーコンの焼いたのとミルクだけですけど……」
異世界トリスタンの安宿の朝食は典型的なアメリカンブレックファーストであるようだ。焼きたてのパンの匂いが香ばしくてたまらない。
「ああ……」
フィンの可愛いエプロン姿にちょっとドギマギした平四郎は、フィンになんて言おうか急に心臓がドキドキしてきた。
(エプロンが似合ってるね、フィンちゃん。いや、美味しそうだね……。君が、じゃない、はちみつパンが……。)
頭の中でそんなセリフを反芻する。フィンはお盆から目玉焼きの乗った皿をテーブルに置くと、もじもじと小さな声を発した。
「この目玉焼き、わたしが……あの……作ったんですよ……。あ、味わって食べてください」
(か、可愛い~っ)平四郎はあまりの幸せに頭がボーッとしてしまう。
(もしかしたら、フィンちゃんて、僕のためにウエイトレスを?)
さすがにそれはなかった。フィンは他のお客にも朝食の給仕をしていたからだ。お客からチップをたくさんもらっている。お客は「公女様、がんばってくださいね」とか、「苦労しているね、少しだけど使ってください」と幾ばくかの銀貨や銅貨をフィンの持っているお盆に置いていく。
(第5魔法艦隊は貧乏っていうけれど、公女様自らが朝からバイトしないといけないのか?)
平四郎は仮にもこの世界を守るためにがんばっている第5魔法艦隊の提督の残念な状況に思わず涙が出そうであった。それでも朝から新鮮なフィンの姿を見ることができたことに感謝する。
(う~ん。貧乏万歳! ナイス! プア)
はちみつパンをほおばってそんなことを考えていた平四郎に、フィンが恥ずかしそうにそっと近づいてきた。何だかモジモジしていて可愛い。
「へ、平四郎くん……明日の夜、お城でセレモニーがあることは知っているよね」
「あ、うん」
それはミート少尉から聞いている。明日の夜にパンティオン・ジャッジ開始のセレモニーが王城で執り行われるのだ。出席できるのは登城を許された貴族と魔法艦隊所属の少佐以上の将校のみであった。第5魔法艦隊の場合、フィンと平四郎だけとなる。
「あの、その……。アルバイト、あと2時間で終わるんです!」
「あ、ああ。そうなの」
フィンの顔が真っ赤になってくる。急に後ろを向いて胸に手を当てて、深呼吸をする。そして頷くとまたくるりと振り返った。
「あろ……」
噛んでしまったフィンはまた後ろを向く。
(あ~メンドくさい!)とミート少尉なら思うだろうが、平四郎はその仕草が可愛くて可愛くてたまらない。また、勇気を振り絞ったフィンが振り返って今度は一気に吐き出した。
「あのです! わ、わたしのお買いものに付き合ってもらえませんか!」
言ってから、両手で顔を隠している。聞いている平四郎にも彼女の心臓の音が聞こえてきそうで、さらにそう言われて、平四郎の心臓が高鳴る。
(こ、これって……デ、デートのお誘い)
「あ、ありがと! うん、喜んで!」
そう即座に答えると平四郎の心は張り裂けんばかりに喜びで溢れかえった。
(うああ! フィンちゃんとデート! しかも、向こうからお誘い?いや、待て待て……)
平四郎は(冷静になれ!)と心に言い聞かせる。
(フィンちゃんは、お買い物って言った……。デートとは言ってない。危ない、危ない。でも、男女2人きりでショッピングって、やっぱりデートだよな)
フィンはうれしそうな表情の平四郎に近づくと、そっと金貨の入った革袋を差し出した。
「こ、今月のお給金です。12ダカット……少なくてごめんなさいです」
「あ、いいよ。別に……」
金貨12枚というのはこの国の平均的な給料にしては少ないのだが、平四郎はお金には執着していなかった。なにしろ、食事と寝る場所と着る服(今は普段着のシャツとズボンというラフな格好だが、レーヴァテインに乗るときは立派な軍服がある)は保証されているので、これにお小遣いがあるというのは贅沢なくらいだと思っていた。
「そ、それじゃあ、10時に市場の入口の門で。市場はこの宿を出て大通りを右手に行くとあるです」
そう言うと、フィンは注文を受けて客に朝食を運んでいく。他のレーヴァテインの乗組員はまだ寝ているようだ。ミート少尉などは残務で朝方まで帰れないとぼやいていたので、きっとまだ寝ているのであろう。第5魔法艦隊の雑務全てを引き受けているのだから大変だ。提督であるフィンはそういう事務能力はかっらきしダメであるから、こうやってアルバイトをしてお金を稼ぐ方が艦隊のためであろう。
現実、フィンとアマンダさんがこの宿でアルバイトする条件で、第5魔法艦隊の乗組員の滞在費をチャラにしてもらっていた。宿屋の主人としては第5公女が給仕をしてくれる宿ということで客が殺到してきて儲かっており、フィンたちが首都に来るときには必ず利用することを大歓迎していた。フィンも物価が高い首都クロービスで給仕のバイトをすれば格安で泊めてくれるので助かっているのだ。




