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GIRLS FLEET ~竜を狩る公女(プリンセス)戦記~   作者: 九重七六八
1巻 パンティオン・ジャッジ メイフィア王国編 1
2/201

プロローグ 異世界トリスタン(2)

 

「メイフィア東南部地方、曇りのち雨。山間部は夕方から激しい雷雨に見舞われるでしょう。なお、東南空域にB級ドラゴン出現。この空域にはドラゴン警報が発令中です。飛行船は航行にご注意ください」


「ねえ、ママ。ドラゴン注意報ってなあに?」

 

 小さな女の子がテレビの画面を見て無邪気にそう言った。おやつのホットケーキを焼いていた若い母親はプツプツと穴が開いて焼けていく様子を見ながら、子供にこう答えた。


「ドラゴンという怖~い、怪獣がやって来るから逃げてくださいって言ってるのよ」


「怖い怪物……」


 女の子は立ち上がると台所の母親のところへ走っていく。


「怖いよ、ママ」


 母親はホットケーキを手際よく裏返すと火を弱めると振り返って女の子を抱きしめた。


「大丈夫よ。怖い怪物も人間にはかなわないのよ。空を飛ぶ船がパンパンって強い武器でやっつけちゃうのよ。ママやラピちゃんのところにはやってこないのよ」


「ふ~ん。怖い怪獣、やっつけられるんだ」

「そうよ。空を飛ぶ強い船がみんなやっつけちゃうの」


 そう言って母親は立ち上がり、ほどよく焼けたホットケーキを皿に移した。それに甘いシロップをたっぷりとかけ、ベリーの果実ジャムを添えた。


 魔法王国メイフィアでは小さなうちから、学校でドラゴンについて学ぶ。それはこのトリスタンという世界で生きる人間にとって忘れてはならない歴史でもあるからだ。母親は学生の頃に繰り返し教えられたことを思い出した。


(竜の災厄 Disaster of the Dragon)


 それは500年に一度、必ずやってくる。空を飛ぶドラゴンが空を覆い、人間が住む浮遊大陸を焼き払うのだ。500年前に実にこのトリスタンに住む人間の90%が死滅したとされる出来事だ。そんな人類の危機から人は500年かけて復興し、今、こうして平和な世界を築いている。だが、この災厄は必ず500年毎に起こると言われている。


 正直、母親には500年前に起きたことなどは遠い昔のことで自分たちには関係ないと思っている。それは歴史上の出来事に過ぎないのだ。今もB級と言われる小さなドラゴンが時折、出現するが小さな浮遊島で小規模な人的被害が起こるだけで、大抵の場合、パトロール艦隊やドラゴン狩り専用の打撃艦隊、ドラゴンハンターたちによって討伐されていると聞く。毎年起こる自然災害と大差がないのだ。それに母親は話に聞くだけで、実際にドラゴンなど見たことがないのだ。


 トリスタンの人間は1000年前には地上の大陸で暮らしていたと言われる。だが、1000年前の「竜の災厄」で住めない土地となったという。そして、僅かに生き残った人々が浮遊大陸に逃れたと学校では教えていた。


(その500年後があと7年でやってくる……)

 そう思うと母親は急に体が震えてきた。竜の災厄が起きるのは7年後に迫っていると思うと急に怖くなったのだ。


(人類の90%が死に絶えるなんて……)


 あと5年もするとはパンティオン・ジャッジと呼ばれる「竜の災厄」に向けた人間の戦いが始まる。何でもドラゴンに対抗するための空中艦隊を決める儀式らしいが、詳しくは知らない。それは母親に限らず、このトリスタンに住む一般人はみんなそうだろう。


「どうしたの? ママ、食べないの?」

「た、食べるわよ。ママの作ったホットケーキはほっぺたが落ちるくらい美味しいからね」

「うん。ママ、ママの作るホットケーキはメイフィアで一番美味しいよ」

「そうやってほめてくれると、ママも嬉しいな」

「大丈夫だよ、ママ」


 女の子はフォークに差したホットケーキをほおばり、それを飲み込むと母親に頼もしげにこう言った。


「ドラゴンなんて、わたちとパパでやっつけちゃうから。ママを守ってあげるよ」

「ふふふ……。そうね。パパとラピちゃんで悪い怪物はやっつけちゃってね」

「うん」

 女の子は最後のひと切れをフォークで差すと美味しそうにほおばった。


(そうね。人もバカじゃない。いつまでもドラゴンなんかに脅かされはしない。国がちゃんと考えて、私たちを守ってくれるはずよ)


「緊急ニュースです。昨日、タウルン発メイフィア行の旅客船ブリタニア号が原因不明の爆発で墜落したとの報告が入ってきました。乗客乗員の安否はまだわかっていませんが、場所が腐海上空であったため、生存は絶望的だとの専門家の意見もあります。なお、乗客に第一王女コーデリア殿下が乗っておられたという情報もあり、王室関係者に動揺が走っています……」


「ママ、事故だって」

 

 女の子果実ジュースを飲み干してそう母親に言った。母親はちょっとだけ、テレビに目をやったが、女の子の口をタオルでふいてやった。元気よく食べたので食べかすがこびりついていたのだ。


「怖いわねえ……。ちゃんと整備してあったのかしら。国がちゃんと管理してくれないとこういう事故が起こるのよねえ。国民の命は国が守らなきゃ……」


 国が守ってくれるはず……

 だから、今の平和な世を楽しめればいい。

 トリスタンに住む大半の人間はそう考え、面倒なことには関心をもたなかった。

 

 そう、その時が来ることを分かっていても、実感がわかないと人は無視する。

 自分たちに関係することでも人任せにするものなのだ。


 母親は愛娘のラピスにおやつを食べさせ、歯を磨かせて昼寝をさせると、家業である染物の仕事に戻った。夫が汗まみれで頑張っているだろう。差し入れのホットケーキを乗せた皿をもって、隣の小さな工房へと向かった。



「親父、これじゃあ、生存者はゼロだ。どうする?」

「S級という報告だったからな。武装のない空中艦じゃ助かるまい」

「もう少し、あたいたちが近くにいれば助けられたのに……うっ」

 

 18歳になったエヴェリーンは狼カットの赤毛に白いハチマキをまいて愛くるしい目で凄惨な現場を見つめた。ドラゴンに落とされた空中艦の残骸が浮いている。死体らしきものをいくつか散見できた。ひどい状態だ。エヴェリーンはドラゴンハンターを稼業としている父親の下で3年前から見習いとして働いているが、このような現場は初めて出会ったのでショックで言葉を失った。


 エヴェリーンはタウルン共和国籍のドラゴンハンターだ。潜空艦と呼ばれるディープクラウド内で航行することができる特殊な船を使い、ドラゴンを退治しているが、せいぜい、B級という小さな種をターゲットにしており、S級と呼ばれるものには会ったことがなかった。ここ来るまでは見たいという好奇心があったが、この現場を見てしまうとそれがいかに甘い認識かということを痛感した。


(な、何か浮いている!)

 

 エヴェリーンは人が一人入れるくらいの金属カプセルを見つけた。すぐさま、近づき、部下に命じて潜空艦に引き上げる。腐海の酸で傷んでいるが中は大丈夫そうだ。あと1時間発見が遅れていたら溶けてしまっていただろう。


「おお……生存者だ」


 扉を開けるとカプセルを中に小さな女の子がいた。


「おい、大丈夫か?」


 エヴェリーンはそう言って女の子を抱き上げる。女の子は金属に入った筒を持っていた。二羽の鳥が描かれた紋章だ。メイフィア王家のものであることはエヴェリーンでも分かった。幸い、女の子の怪我は大したことはなさそうだ。この女の子はこの事故の唯一の生き残りということになる。


「これを……マリーという女の子に」

「おい、大丈夫か!」 

 

 女の子はまた気を失った。筒を受け取ったエヴェリーンはそれに描かれた紋章をしげしげと眺めた。そして、近づいてきた父親にそれを渡した。


「親父、これ、メイフィア王家のものだ」


「うむ。王家に届けたいところだが、通常ルートではやばいことになるかもしれん。問題はこの事件がなかったことにされるという点にある」


「なかったことに?」

「ああ……」


 父親はそう言って腕組みをした。おそらく、この事件は単なる事故として処理されるであろう。それがタウルンでもメイフィアでも同じだ。国民に恐怖を与えないように情報統制をしているのだ。ドラゴンに船が破壊されたなどというニュースは一切流れないだろう。


 この事故現場を目撃した自分たちは、かなり強力に口止めされるはずだ。場合によっては消されるかもしれない。助かった女の子もそうだ。そう考えるとメイフィア国軍が到着する前に消えるのが得策というものだろう。だが、この筒の中身は届けなくてはいけないと感じていた。


「エヴェリーン、メイフィアに行くぞ。知り合いの貴族に会いにいく」

「やった! 魔法王国メイフィア、ちょっと行ってみたかったんだ」


 事故現場の悲惨さの記憶を忘れようとエヴェリーンは努めて明るくそう言った。


 この事件の7年後。魔法王国メイフィアをはじめ、このトリスタンに存在する4つの国で「パンティオン・ジャッジ」と呼ばれる戦いが始まる。



エヴェリーンさんの若い頃が・・・アドミラルの読者なら「おお!」と思ったりしてw

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