第34話 クロービスの戦い VSヴィンセント(3)
「旦那、行ってくださいにゃ。ここはナセルと防ぎますにゃ」
何とか突破して突入した通路は、機械兵が10体陣取っていた。その向こうに艦橋へ続く扉が見える。ここへ来て、異変が起きていた。魔力が吸い取られていくのが分かる。魔力の強い平四郎はかなり堪えた。おそらく、カプセルからフィンを開放したのであろう。ドラゴンの花嫁によるエナジードレンである。ナセルも魔力が吸われてかなり疲弊している。トラ吉は無事だが所詮は猫だ。機械兵相手に白兵戦は辛い。
「トラ吉、ナセル、すまない」
「イイってことよ。おかげで楽しかったよ」
「旦那、行ってくださいにゃ。あの扉の向こうにはフィン公女がいるですにゃ!」
ナセルとトラ吉は通路に飛び出すとお尻を向けてペンペンする。
「やーい。ここだぜ」
「悔しかったら追いかけるにゃ」
機械兵が1人と1匹を感知する。ターゲットを補足するとガシャンガシャンと動き出す。
「死ぬなよ! 二人共」
「待っている妻がいるからな。最後までしぶとくあがくよ。生きていたら、3人で綺麗なお姉さんのいる店にまた行こう!」
「おいおい、ミート少佐に殺されるぞ」
ナセルもトラ吉も笑った。別れの時間だ。機械兵を引きつけて別方向へ逃げる二人。物陰でやり過ごした平四郎は、艦橋への扉を開ける。それを逃げながら見たナセルとトラ吉は逃げるのを止めた。
「行くぜ、相棒!」
「承知したにゃ!」
二人は持っている武器を連射するとともに、機械兵が平四郎を追えないようにゲートごと爆破したのだった。
ドゴーン……ドドド……と音と振動があった。扉の向こうで爆発があったと感じた。
(トラ吉、ナセル……)
平四郎は後ろ髪が引かれる思いであった。だが、自分がここまで来たのは、フィンを救出するためである。彼女の救出=トリスタンの未来であった。思いをつなげるためにも平四郎は向かった。フィンの元に……。
フィンは眠っていた。
一糸まとわぬ美しい裸体で、カプセルで眠っていた。
女神である。
だが、美しい体も足はすでにドラゴンのより穢されつつあり、ドラゴンのウロコのような模様が浮き出ていた。この模様が全身に達した時に、フィンは身も心もドラゴンの花嫁になってしまうのである。
そしてこの状態のフィンは凄まじい勢いで魔力を吸い取っている。おそらくはフィンのカプセルを開けたであろうヴィンセントが床に転がって気を失っていた。ドラゴン教徒たちも倒れている。フィンのエナジードレンは魔力どころか、生命力でさえも奪い取るようだ。平四郎も体が重い。だが、無限の魔力のせいで気を失うところまでは行かない。苦しいけれど、一歩一歩とカプセルに近づき、眠っているフィンに手を伸ばした。
(フィンちゃん……。目覚めて……)
眠っているフィンに平四郎は口づけをした。
冷たい唇。
だが、だんだん、血が通い始め、やがて温かい感触が伝わり、フィンがゆっくり目を開けた。二人を優しく光が包み込む。
「平四郎くん……。わたしを助けに来てくれたのですね」
「ああ。君を離さないよ」
「うれしいです」
平四郎はフィンを抱きかかえる。もう先ほどのエナジードレンはない。ドラゴンの花嫁の呪縛がとけたのだ。
「ま、待て。花嫁をどこへ連れて行く」
床に転がっていたヴィンセントが体をゆっくり起こした。手にはハンドガンを持っている。平四郎の心臓に銃口をむけていた。
「僕の花嫁を連れて行くだけだ。貴様に邪魔はさせない」
「うるさい……。僕に命令するな」
ヴィンセントは引き金を引いた。魔法弾がまっすぐ平四郎の心臓に向かう。だが、それは着弾する前に跳ね返された。フィンとコネクトした平四郎の激アツ状態である。そんな弾が当たるはずがない。
平四郎は無言で近づくと床に這いつくばるヴィンセントを蹴り上げた。それでこの男は再び気絶する。平四郎はヴィンセントを殺す気にはなれなかった。彼にはふさわしい罰があろう。自分が手を下すまでもない。
「マリー様。レーヴァテイン艦長、ミート・スザクです。突入部隊、フィン提督を救出。平四郎少将も無事です」
「そ、そうですか。よくやりました」
レーヴァテインからの報告にマリーは喜んだ。作戦目標であるフィンの救出が成功したことへの安堵と何より自分が心を寄せている平四郎の無事が嬉しかった。だが、報告してきたミート少佐の表情が暗い。
(あ……。ナセル少佐が帰ってこなかった……)
それにシャルル大佐もエヴェリーンも行方知れずだ。フィンを救い出したとは言え、代償は大きい。
「ミート少佐。気休めかもしれないけれど、まだ、戦死したわけではありません」
「分かっています。分かっていますが……。マリー様。あいつが帰ってこないなんて思いもよらなかったから……」
「ミート少佐」
マリーはもう一度、励まそうと思ったがかける言葉が見つからなかった。地上は浮遊大陸とは言え、地上まで2000mはある高度だ。落ちれば確実に死ぬ。マリーは平四郎が無事なことを知って嬉しくなってしまった自分が恥ずかしかった。今、ここでは多くの兵士が人類の存続のために尊い命を落としているのだ。
「マリー様。エターナルドラゴンが……」
既にレーヴァテインもコーデリア3世もマクベスから離れて距離を取っている。乗組員の叫びでマリーはエターナルドラゴンを見た。それはマクベスの上空に待機しており,悠然と浮かぶ要塞のようであった。それがゆっくりと首を動かし、マクベスの顔を近づけた。
「や、やめろ! エターナル、僕はお前の主人だぞ。僕の命令を聞け!」
意識を取り戻したヴィンセントはそう半狂乱になって叫ぶ。乗組員であるドラゴン教徒たちがすべて倒れているので、マクベスは動くことができず、ただ虚しく浮かんでいるだけであった。その戦列艦マクベスにエターナルドラゴンが顔を向けている。
「オマエノヤクワリハ、オワッタ……」
エターナルドラゴンがそう話した。ドラゴンが人語を解す。それは衝撃であった。ヴィンセントはどういうことが起きているのか理解できない。そして、それは永遠の謎になってしまった。ドラゴンは大きな口を開けてマクベスを噛み砕いたのだ。大爆発をしてヴィンセントは絶命した。この男にしてはあっけない幕であった。
ヴィンセント……あっけない死。マジかよ。




