第33話 決戦の時(4)
「お母様~っ!」
「マリー様、王宮が完全に破壊されたたため、都市防御シールドがなくなりました。クロービスに火炎弾が降り注ぎます」
「許さない! エターナルドラゴンを、ヴィンセントを必ず、打ち倒す。前面のドラゴンの群れはどれくらいですか!」
「およそ、30」
「ルイーズ少将に連絡。螺旋の輪舞曲発動」
「マリー様、まだ、シトレムカルル様も小夜様も、平四郎くんのレーヴァテインも合流していませんが」
「分かっています。しかし、今、仕掛けなければクロービスは殲滅されてしまいます。お母様が命懸けで守った都を救わねばなりません」
シャルル大佐もマリーの言うことは理解できた。完璧な体制でなくてもここは戦うしかないだろう。レーヴァテインはともかく、シトレムカルルと小夜の艦隊ももうすぐ到着するはずだ。
マリーの率いるトリスタン連合艦隊が、螺旋の輪舞曲の陣形をとった。螺旋の輪舞曲マリーが編み出した対ドラゴン用の空中艦隊による攻撃方法だ。艦隊が螺旋を描きながらドラゴンの群れを取り込み、四方八方から攻撃する。陣形に取り込まれたドラゴンは、その進行を止めることができず、死ぬまで踊らされるのだ。
「枢機卿猊下、ドラゴン様が、どんどん殺されていきます!」
信者の驚きの声でヴィンセントは、戦いが新たな局面に入ったのだと思った。後方のドラゴンの群れがトリスタン連合艦隊によって殲滅されようとしている。
(さすがは、マリー。いや、艦隊の指揮を取っているのはルイーズか。彼女も経験を積んでこれほどの指揮が取れるとはな。まあ、彼女を見出したマリーの確かな目を褒めるべきだが……)
「エターナルドラゴンを方向転換。クロービスは後で滅ぼせばいい。草一本も生えない焦土にしてやる。この瞬間にも他のドラゴンによって人間は駆逐されているのだ。最後の望みである彼女らをここで終わらせる。これは運命なのだ!」
エターナルドラゴンがヴィンセント伯爵のコントロールでゆっくりと回頭し、後方から迫るマリーに対して戦闘態勢に入った。
「さあ、どうするか? エターナルドラゴンの一撃で全てを消滅させるか? いや、それでは面白くない。まずは、完璧のマリーと言われる王女様に精神的ダメージを与えねばね」
ヴィンセントはかつて、マリーの第1魔法艦隊に所属し、この螺旋の輪舞曲を指揮したことがある。よって、この陣形の見事さをよく知っていた。
(高速で移動するドラゴンを螺旋の渦のように後方から飲み込み、周囲から攻撃を加える。螺旋の輪舞曲の素晴らしさは、全方向からの包囲攻撃を移動しながら行うことと、先頭の戦艦はスピードを落として陣形の外側を通過して、また後方について攻撃に加わるという無限のループ性だ。)
この陣形に一旦取り込まれると、付け入る隙はない。全滅するまで飛びつつけるしかないのだ。巨大なエターナルドラゴンも巨大さ故に四方八方の視覚から攻撃されては、徐々に生命力が奪われる。それに自分が座乗するマクベス自身も危ない。今はエターナルドラゴンの陰に隠れているので被害は出ていないが、万が一でも流れ弾が当たればまずいことになる。
(全くウザイ攻撃だ。だが……。弱点がないわけでもない。指揮する船を撃沈すればこの陣形はもろい)
「マクベスのデストリガー発射準備だ」
「枢機卿猊下、エターナルドラゴンに攻撃させては? ブレス攻撃で大半の敵艦は沈むでしょう」
「エターナルドラゴンでは一瞬で決まってしまうではないか。このドラゴンの弱点は小回りが利かないことだ。これはストレスだね。一匹のアリだけ殺したいのに、数千匹も殺さねねばならないのは苦痛だ。一匹殺すことの方が相手によりダメージを与えることもあるのにだ」
「はあ……」
急進的なドラゴン教原理主義の信徒でさえ、ヴィンセントの言動は理解できないことが多かった。神の罰ならまとめて葬ればよいにと思った。
「デストリガー、発射準備完了です」
「よし、狙いは敵の副司令官ルイーズが指揮する戦列艦オーフェリア。ここからは遠いがデストリガーなら届くだろう。撃て! ダーク・タービュランス!」
黒く渦巻く魔法弾が、マクベスのデストリガーを発射する砲門から発射された。それは通過するものを打ち砕き、弾き飛ばし、前線で奮闘するルイーズ中将の戦列艦オーフェリアへと向かっていく。
「ルイーズ司令、デストリガーが!」
「き、緊急回避!」
「わああああああああっ!」
凄まじい黒の風が金属でできた艦体を切り刻み、そこから爆発を誘発する。だが、ルイーズの機転と盾になってくれた巡洋艦2隻のおかげで瞬間に撃沈することはまぬがれた。
「マリー様、オーフェリアにデストリガー!」
「ルイーズは?」
「幸い、かなりの射程外であったので撃沈はまぬがれましたが大破です。ルイーズ中将も健在とのこと」
「よかったです。しかし、シャルル大佐。螺旋の輪舞曲の無限ループが絶たれました。ドラゴンは残り何頭ですか?」
「H級1、L2、MとSが5頭ほど残っています」
「各艦、個々に迎撃にあたらせなさい。H級にはこのコーデリアⅢ世で対抗します」
「オーフェリア、大破」
そう報告するドラゴン教徒にヴィンセントは地団駄を踏んだ。自分の思い通りにならないと激昴するのがこの男の癖なのだ。
「ちっ! 遠かったか。往生際が悪い奴め!」
「ですが、敵の陣形が崩れたことには変わりがありません」
そう言われて頭に血が上ったヴィンセントは少しだけ冷静になった。ヴィンセントはエターナルをコントロールするパネルを右人差し指で操作する。選んだのはレスキューの魔法。世界各地で都市を攻撃しているドラゴンの群れを一瞬で召喚するのだ。
(マリー、君に絶望というのがどんなことかを味あわせてやる)




