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GIRLS FLEET ~竜を狩る公女(プリンセス)戦記~   作者: 九重七六八
4巻 竜の災厄 編
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第33話 決戦の時(2)

「なんという力だ。圧倒的じゃないか!」


 ヴィンセントは戦列艦マクベスから眺める一方的な殺戮の風景に目を輝かせた。赤いマントを羽織ったドラゴン教徒の乗組員たちも戦艦がドラゴンによって破壊される度に歓声を上げた。ドラゴン教徒にとっては神による審判の時であり、それは自分たちにとって待ちに待ったユートピアへの旅立ちの始まりなのである。ヴィンセント伯爵はそんなドラゴン教徒たちとは違い、ドラゴンが神などとは思っていない。


 自分を中心とする世界を作るための道具程度にしか思っていなかった。ドラゴンを利用し、自分に都合のよい世界を作るという短絡的な思考のみであった。


(この世界はいったん終わるべきだ。生き残る人間は従順な人間だけで良いのだ)


 フィン、ドラゴンの花嫁という鍵を手に入れたヴィンセントは、今、まさに神の心境であった。フィンは特殊なカプセルに閉じ込め、エターナルドラゴンとコネクト状態である。今や、エターナルドラゴンとフィンは一体であり、フィンを起点にしてこのマクベスから操っているのだ。エターナルドラゴンの行動は、ヴィンセントがすべて決めることができた。そして他のドラゴンもエターナルドラゴンに従った。


 つまり、ヴィンセントは人の身ながら、このトリスタンの生き死にを決めることができたのだ。まさにこの世界に降臨した神であった。そしてこの神は無慈悲で軽薄であった。


「この世界は腐っている。ドラゴンの大いなる力で再生する時だ。多国籍軍を撃破したので、あと抵抗できるのはマリー率いるトリスタン連合艦隊のみだ」


「枢機卿猊下、オレンジ島をエターナルドラゴンで攻めますか?」


 そう赤いマントを頭からすっぽりかぶった信者が、ヴィンセントに話しかけた。ドラゴン教の司教である。このマクベスを動かすのもドラゴン教を信仰する軍人であった。彼らは盲目的にドラゴンを崇拝し、今はドラゴンを操るヴィンセントの下僕と成り果てていた。


「いいや」


 ヴィンセントは首を振った。


「あれでマリーは賢い娘だ。オレンジ島だとそれなりに防衛体制を築いているだろう。最終的に勝つにしても、被害を受けるのは不愉快だ。彼女をいっそ、おびき出して始末するほうが賢いというものだ」


「では?」

「ああ。メイフィアの首都、クロービス。そこを火の海に変える。マリーは出てくるだろう。例え、絶望的な戦いでも……。いくら完璧なマリーというあだ名のある子でも、100万を超える人民を見捨てられるはずもない。ましてや、王宮には自分の母親がいる」


 ヴィンセントはゆっくりと手をクロービスの方向へ向けた。エターナルドラゴンと取り巻きの群れは魔法王国メイフィアの首都クロービスに。他のドラゴンは、その他の空中大陸を焼尽くすように命じたのであった。



「何ですって? エターナルドラゴンはクロービスに向かっている? それは確かなの?」


 驚くべき情報を聞いて、マリーはしてやられたと思った。エターナルドラゴンをヴィンセントが操っていることは予想していた。彼が次狙うのは、トリスタン連合艦隊であることも間違いがない。となると、その本拠地たるオレンジ島へ進軍してくるはずである。それを予想してマリーはここに何十もの防御陣を構築していた。

 

 強大なドラゴンでも簡単には攻略できないようにしてあった。ここに誘い込みエターナルドラゴンを撃破するというのがマリーの基本戦法であったのだ。本拠地に攻めてきてもらった方が、兵站も短く、少数のトリスタン連合艦隊にとっては有利だった。だが、ヴィンセントはしたたかであった。そんなマリーの思惑を逆手に取ったのだ。マリーは彼が圧倒的な力を過信し、深く考えないで一気に押し潰しに来ると思っていたが、その考えが甘かったことを恥じたのだった。


「オレンジ島でどらごんを迎え撃つという基本戦略は放棄するしかないようです。ヴィンセントを止めなかれば、クロービスが廃墟と化し、100万の住民が殺されてしまいます。すぐさま、他艦隊に連絡しなさい。クロービスに向かいながら順次集まるように」


「マリー様、承知しました」

「シャルル大佐」

「はっ、なんでしょうか」

「レーヴァテインはまだ、合流しないのでしょうか?」


「レーヴァテインはリメルダの艦隊と合流したと聞いています。今はこちらに向かっている最中でしょう。リリムさんとも合流したと聞いています。彼女の専用艦ダ・カーポは既に出港して合流する頃とは思いますが。帰投ルートを考えれば、こちらがクロービスに向かえば、合流は早くなるはずです」


「そうですか」


 マリーは考えを巡らした。


(どうやってエターナルドラゴンを倒すか)


 エターナルドラゴンは、その巨大な魔法で周辺のドラゴンの防御力を上昇させる。戦列艦の主砲で退治できるS級やM級ですら倒せなくなるのだ。それならば、こちらもチートな力を使うしかない。つまり、それには勇者たる東郷平四郎の力が必要ということだ。


 魔法王国首都メイフィアの首都クロービス。人口は120万人を超えるトリスタンでも有数な大都市である。現在、ここを守護する打撃艦隊はいなく、ドラゴンに対しては無防備な状態であった。多国籍艦隊が敗れるのを映像で見て、他都市ではパニックになる市民が大勢いたのに対し、ここでは静かに人々はそのときを待っていた。


 守るべき空中戦艦はないけれども地上軍が常駐し、治安を維持していることもあるが、住民が秩序を守っているのは、王宮で祈りを捧げる現メイフィア女王マリアンヌの存在が大きい。全世界がドラゴンの攻撃を受けているのだ。どこへ逃げても同じであり、安全なところはどこもないことを住民たちは知っていた。ならば、ここで最期の時を迎える方がいいとある意味悟りきっていたのだ。生き残れるかどうかは神のみぞ知るである。


 この首都クロービスに向かって、エターナルドラゴンとドラゴンの群れが迫っていた。ヴィンセントは前衛にHクラスのドラゴンを1頭入れた計7頭でこの首都を灰にしようとしていた。自分はエターナルドラゴンとともに数キロ先で進軍を止めていた。


枢機卿猊下すうききょうげいか、まもなく、前衛の7頭がクロービスに到達します」


 ドラゴン教徒の男がそうヴィンセントに報告する。自分たちの本拠地であるサザンプトンさえ大丈夫なら、他の町はどうなってもよいと考えている。現にトリスタン中の主要都市が破壊される中、ドラゴン教徒の総本山があるサザンプトンだけは何の災厄も起きていない。これも全て、神であるドラゴンの意思であると思っていた。実際にはヴィンセントによってマインドコントロールされて、盲目的に正しいと思い込まされえているだけであった。こういう状態の人間は残酷だ。異教徒であるドラゴン教徒以外の人間は、滅びるべき対象で、その死に何の感傷も起きないのである。


「ふふふ……。エターナルドラゴンが攻撃したら、それこそ一瞬。浮遊大陸ごと破壊しかねないからな。それでは罰とは呼べぬ」


「はい。枢機卿猊下」

「これは神の罰である。クロービスの住人はその生贄となる運命なのだ。火の海にするなら、その7頭で十分である」


 ヴィンセントの言うとおりである。打撃艦隊の迎撃もない無防備な都市である。7頭どころか、1頭でも時間がかかるが十分と言えた。


 まずは、定石通り、都市の周辺を爆撃して、逃げ場をなくして、その後に絨毯爆撃をする。これで全滅である。神の罰だと思い込んでいる信徒は別に、ヴィンセントの関心は、どのタイミングでマリーが艦隊を率いて駆けつけるかである。彼の目的はマリーの撃破し、自分に敵対する勢力を取り除くことだ。艦隊を撃破したら、あの美しい王女を捕らえ、屈辱を与えてやるのだ。あの異世界から来た忌々しいへいしろうもついでに引導を渡してやれると思うと思わずニヤリと狡猾な笑みが溢れるのであった。


(平四郎には恨みがある。フィンの姿を見せて自分の無力を思い知らせて、あの世へ送ってやる)


 そんな風に軽く考えていたヴィンセントに驚くべき情報が報告された。報告してきた教徒は慌てたのか赤いマントがはだけてしまっている。


「す、枢機卿、前衛の7頭、全滅! 全滅です」


 一瞬耳を疑ったヴィンセント。先ほどのマリーや平四郎に対する妄想がいっぺんにかき消されてしまった。


「な、なんだと!そんな馬鹿な話があるか! Hクラスを含む群れだぞ。打撃艦隊1個艦隊あったとしても楽勝なんだ。それなのに丸腰の都市にどうやってドラゴンを倒すことができるのだ!」


 普通に考えれば、「ありえない」ことである。


 だが、「ありえない」と考えたヴィンセントは、現女王であるマリアンヌの力を見くびっていた。ヴィンセントにとっては、この女王を叔母であり、身近に接してきた。政治家として素晴らしく、人間性も尊敬に値する慈悲深い君主である。

 

 だが、彼女の魔法力を軽視していた。いや、魔法力の高さは知っていたが、一度も空中戦艦を操ったこともなく、軍事行動に関しては素人だと思い込んでしまっていたのだ。


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