第33話 決戦の時(1)
そろそろエンディングに近づいてきましたね。
「マリー様。エターナルと多国籍軍の決戦の結果が判明しました」
シャルルはそう言って、マリーに一枚の書類を渡した。マリーはそれに目を落とすと、思わず天を仰いだ。
「私はこの世界を愛しています。この世界があり続けるのであれば、多国籍軍が勝利することも受け入れられました。ですが、やはり、予想したとおりになりました。私はこのトリスタンを守る役割を担うものとして、自分の無力に憤りを感じます」
「……」
淡々と語る中にも深い悲しみを感じているであろうマリーの姿に、シャルルはなんと言ってよいか迷った。トリスタン連合軍を実質的に動かすこの才女は、たった19歳の少女に過ぎないのだ。その細い両肩にこの世界の人間の命運がかかっているのだ。
「マリー様。マリー様のせいではありません。この結果を招いたのは国軍の上層部。そして、ドラゴンの災厄を真剣に考えることができなかった国民全体の責任です」
マリーは静かに首を振った。目には涙が浮かび、それが一筋、二筋、頬を伝って流れていく。エターナルドラゴンによって殺された兵士。今もドラゴンの破壊活動で町ごと殺戮されている人々を思っての涙だ。
「例え、カイテル参謀長の判断が誤っていたとしても、やはり、パンティオン・ジャッジの関係者としての責任を感じます。大佐、全艦隊の乗組員に1分間の黙祷を命じなさい。この空に散った英霊に安らかな眠りをせめて祈りましょう」
マリーが率いるトリスタン連合艦隊は、この後、オレンジ島の近辺の都市に急行し、都市を破壊しようとしたドラゴンの群れを討伐していた。激戦の末、7頭のドラゴンを仕留めたが、世界中の都市を襲っているドラゴンの災厄を考えれば、それは気休めにしかならなかった。
多国籍軍の被害
総旗艦デスティニー以下、主だった戦列艦は撃沈
総司令官カイテル以下、タウルン、ローエングリーンの軍上層部はほぼ全滅。
88%の空中艦がドラゴンによって破壊された。
何とか、ドラゴンの追撃を振り切った船は、オレンジ島へ向かっているということだが、その数は多くない。
全滅と言ってもよいだろう。
これでドラゴンに対抗できるのは、平四郎たちトリスタン連合艦隊しかいなくなった。それもこのトリスタンの人類の歴史の中でもっとも少ない軍事力のみである。だが、ドラゴンたちは待ってはくれない。どんなに人間が不利でも彼らには慈悲はない。なんとしてでもエターナルドラゴンとその眷属を退けなければ、人類は生き残れないのだ。
「わたくしたちも覚悟を決めないといけませんね」
マリーは全艦隊のオレンジ島への集結を命じた。霊族の小夜も妖精族のシトレムカルルも機械族のエヴェリーンも近郊都市への救出に向かわせていたが、状況は急を要すると判断した。こうなった以上は、当初の目的であるエターナルドラゴンを倒して、この状況を打破するしかない。人類側の戦力が少ない以上、短期決戦に持ち込むしかないのだ。
テレビ中継をしていたことは、トリスタンの住人にとっては不幸な出来事であった。テレビを見ていた人間は、お茶の間の人気者であったアンヌ・ソフィーキャスターが最後に断末魔の声を上げて、旗艦ごと消滅した映像を見てパニックになった。情報が錯綜して、各都市ですさまじいパニックにが起こった。街から郊外に逃げ出す人々。空中艦の奪い合い、食料の略奪等、秩序が崩壊していた。これは妖精族の国ローエングリーンも機械族の国タウルンも同様であった。そんな中、ドラゴンたちが現れ、町ごと破壊していくのだ。
「姫様、右方向よりドラゴン3頭近づいてきます」
「ナアム、住民の収容状況は?」
「あと5分で完了する予定です」
リメルダは新しく支給された戦列艦ジュリエットの艦橋から、近づいてくるドラゴンを視認する。リメルダの使命は一人でも多くの住人を救出すること。輸送艦を中心とした救出艦隊を率いている。彼女の戦列艦ジュリエットは最新鋭の船で攻撃力もかなりのものがあるが、それ以外は駆逐艦が7隻とケット・シー長靴中隊が配備されている軽空母ハニー・ビーだけである。ドラゴンと戦う力はない。30隻の輸送艦には3万人近い人間が乗っている。撃沈されれば大惨事である。
「駆逐艦に命令。スモークを出して南北方向へ移動。ドラゴンを誘い出しなさい」
リメルダは足の速い駆逐艦を囮にして、30隻の輸送艦を逃がす作戦を取る。目くらましの煙に隠れて脱出するのだ。囮となった駆逐艦はスピードがあるので何とか、ドラゴンの追跡は振り切れるであろう。思惑通り、3頭のドラゴンは駆逐艦に気を取られて進路を変えた。すぐさま、輸送艦の発進を命ずる。
定員を大幅に超えた人員を乗せた輸送艦は、ゆっくりと動き出した。浮遊大陸スレスレのルートをとおり、抜けたところで下降して旧大陸の浄化エリアに人々を送り届けるのだ。
リメルダはこの10日間で実に15万人もの人を地上に避難させていた。だが、それ以上にドラゴンたちのよってジェノサイドされた町や村々を多く見てきた。山や森林に隠れている人々もいるだろうが、主要な都市は破壊されてしまい多くの人が命を失っていた。
(もう少し早くこの救出作戦が始まっていたら……。軍がクーデターを起こさず協力的であったのなら、もっとたくさんの人を助けることができたのに……)
そうリメルダは思ったが、もはやどうにもならないであろう。わずかでも今日、救出できた人々だけでも無事に安全な場所へ送り届けたいと強く思った。だが、そんな彼女の思いを踏みにじるかのように行く手にドラゴンが現れる。
それは巨大なドラゴンであった。H級と呼ばれるL級をしのぐ大きさのドラゴンである。全長は500mを越す。戦列艦の2倍の大きさである。
「姫様……、まだ、こちらの存在に気づいていないようですが、このままでは」
「戦っても無駄だわ」
今の戦力はこの戦列艦ジュリエット1隻である。リメルダの魔力とデストリガーを駆使すれば、目の前のドラゴンは倒せるかもしれない。だが、騒ぎを聞きつけて付近のドラゴンがやってくるかもしれない。それにH級ともなれば、危険を感じるとレスキューの魔法をためらいもなく使ってくる。そうなれば全滅するのはこちらである。
「ナアム。幻惑を使うしかないわ。。各艦に打電。全てのエンジンを停止。全艦を鎖で一列につなぎなさい。先頭はこのジュリエットが務めます」
リメルダは風を受けるオプションの帆を艦艇に張らせる。風を受けて進むのだ。幸い、風上なので風を受けて進むことができる。方向はH級ドラゴンの方向である。輸送艦の中でも帆がある船は出させて風による推進力を得させる。エンジンを切ったのは浮遊石と誤認させるためである。リメルダの魔力イリュージョンを駆使し、ドラゴンの目をごまかすのだ。ドラゴンの目には浮遊石に映っている。人工的なエンジンの音をさせれば、一発でバレてしまうからエンジンを切ったのだ。あと、乗車している人々も黙らせる。騒げば、幻惑が溶けてしまうからだ。
H級ドラゴンはこのリメルダの作戦に完全に騙された。目の前を通過する艦隊を浮遊石と誤認して攻撃してこない。目の前をゆっくりと通過していく船。乗っている人々は巨大なドラゴンを間近で見て、恐怖で声を上げそうになったがリメルダにきつく命令されていたのでみんな黙った。一声上げれば気づかれてしまう。
ドクン、ドクンとリメルダの心臓が高鳴る。これは通過していく全ての船に乗るすべての人に共通した思いであったろう。ドラゴンの鼻先を通過する時の恐ろしさは、呼吸さえも忘れてしまうほどであった。
(姫様、3隻、2隻……離脱していきます。あと1隻)
ナアムがそう小声で伝えたとき、小さな不幸が起こった。突然、上昇気流が起こったのだ。それはドラゴンの鼻先を通過しようとしていた最後の輸送艦に小さな岩が当たったのだ。それがゴキン……っと鈍い金属音を出した。
ドラゴンがギロリと睨んだ。その恐ろしげな様子に輸送艦の乗組員が耐えられず、僅かに武装として積まれていた機銃を撃ってしまったのだ。
グオオオオオオオッ……
凄まじい咆哮が空に響く。幻惑が溶けてしまったのだ。
「鎖を解き放ちなさい。全艦、エンジンスタート。全力で逃げなさい」
「姫様、私たちはどうしますか?」
「ジュリエットはここで戦います。輸送艦は足が遅いです。彼らが脱出するまで私たちが殿を務めるしかありません」
それはH級との一騎打ちをするということだ。死と隣り合わせの時間がやってきたということだ。
「主砲、副砲、H級を狙いなさい。ファイアボム10、てーっ!」
リメルダの命令とともに、魔法弾が撃たれる。強烈な攻撃にドラゴンはのけぞる。だが、それは一時的なものであった。口を開けると炎のブレスをはく。炎に包まれるがリメルダの魔力によるシールドでそれを跳ね返す。
「アイスアローレベル10、てーっ!」
氷の矢が数十本と発射され、ドラゴンの体を突き刺す。翼にも当たってその皮膜を突き破る。右の翼が破れてドラゴンは飛びながら体制を崩した。
「今よ! ナアム、デストリガー準備」
「姫様! 準備完了」
「この一撃で仕留めないと仲間を呼ばれるわ。それはさせない!」
リメルダはH級ドラゴンを指差した。リメルダの必殺のデストリガーである。ハートブレイカー。強烈な衝撃弾でドラゴンの心臓を止める魔法だ。
「デストリガー、ハートブレイカー……てーっつ!」
戦列艦ジュリエットの下部に設置された巨大な砲から、強大な魔力を一挙に放出する魔法族最大の攻撃が発射される。
バスン……鈍い音がした。一瞬、時が止まったようにドラゴンは空中で停止したかのようであった。だが、その後、ドラゴン目は光を失った。心臓が破裂して絶命したのだ。力なく落ちていく巨大なドラゴン。
「姫様、やりました……。姫様?」
ナアムは喜ぶはずのリメルダが表情を厳しくしたまま、前を見つめている姿を見て、自分も視線を移した。ドラゴンが飛んでいた空間に光の玉が浮いている。
「あれは……ディレイ……遅れて発動する魔法の玉」
「いけないわ。レスキューが発動する!」
リメルダの叫びと同時にその光の玉の中心から10本の光が放射状に飛び出す。別の空間から仲間を呼び出す「レスキュー」の魔法である。死ぬ間際にこの魔法を発動させたらしい。戦列艦ジュリエットの周りに10匹のドラゴンが現れる。H級が1頭、L級が5頭。M級が4頭。数から言えば、リメルダはここで死ぬ運命である。
ドラゴン共が一斉に口を開けた。強烈なドラゴンブレスの集中砲火である。
「へ……平四郎……。さよなら……ここで私は終わりみたい」
リメルダの頬に涙が一筋こぼれた。
「激アツの時間だ!」
ドゴンドゴン……と音がして周りのドラゴンが地面に叩きつけられていく。リメルダは何が起こったのか全くわからず、放心状態で成り行きを見守る。上空から1隻の船からの攻撃によるものだ。その艦影は……。
「レーヴァテイン! 平四郎!」
「リメルダ、無事か?」
「ええ」
モニターに映し出された平四郎。リメルダは夢でも見ているのかと思った。危機一髪のところで平四郎が助けに来てくれたのだ。
「リメルダ、コネクトだ。できるね……」
そう平四郎は優しくリメルダに言った。あの夜、愛を確かめ合った二人のコネクトは強烈な力を発揮した。先制攻撃に生き残ったH級ドラゴンはレーヴァテインのデストリガー「バーニングストライク」とリメルダの「ハートブレイカー」によって粉々に砕け散ったのであった。
これぞ、ヒーローw ヒロイン助けてなんぼでしょうw




