第4話 処女航海とドラゴン討伐(5)
「ん?」
平四郎が何げに視線を向けた東方向に何か羽ばたいて飛んでいる物体を見つけた。
「何か飛んで近づいてくるけど、あれはなんだ?」
指を差した。乗員が一斉に目を向ける。
「うそ! こんなところで出くわすなんて!」
ミート少尉が慌てて索敵魔法レーダーで確認する。しかし、その物体はアンチ探索魔法をかけているらしく、正確な距離がつかめない。
「ありゃ、こちらを認識しているな。追ってくるぞ」
ナセルがどうするかの判断をして欲しいとミート少尉とフィンの方向を見る。フィンがそれに応える。おとなしい顔をしていても、この緊急事態にはとっさの判断をする。
「ぜ、全力でこの中域を離脱します。現在、この船は攻撃力がない状態です。プリムちゃん、至急、近くのパトロール艦隊に連絡するです。至急来援をお願いしてください」
フィンの判断は正しいだろう。なにせ、射撃訓練で景気よくぶっぱなしたせいで、レーヴァテインは主砲、副砲による攻撃ができないのだ。
「はいですうう、提督。こちら、第5魔法艦隊旗艦レーヴァテイン。ドラゴンらしき生物と遭遇。至急、救援を乞いますううううう。繰り返しますうううう……」
プリムちゃんの通信を聞きながら、平四郎はフィンに聞く。
「フィンちゃん、あのドラゴンから逃げ切れるのか?」
「わ、分からないです」
命令しておいて、この答えはない。とりあえず、フィンとしては想定外のことが起こったので逃げようと思っただけであろう。だが、どんどん追いついてくるドラゴンを見るとこれでは追いつかれるのも時間の問題だろうと平四郎は思った。高速巡洋艦を凌駕するスピードとは侮れない。
平四郎は自分が座る席の計器を使ってドラゴンのスピードとレーヴァテインの航行速度を計算する。5分もしないうちに追いつかれることが計算によって確認できた。すぐさま、結果をフィンに告げる。
「まずい! どうしよう……」
いつも強気のミート少尉の声が弱々しい。それほどドラゴンは驚異であった。
「大きさの推定ができたでおじゃる。体長からしてS級でおじゃる」
「Sクラスだって! 珍しいのに当たったな。こりゃ、たまげた」
ナセルがそうおどけてみたが、誰も笑わない。彼なりに考えて乗組員をリラックスさせようと思ったのであろうが、完全に外した感じだ。仕方がないのでナセルは平四郎を見て両手を広げた。平四郎にあとを引き継ぐという仕草だ。ここでバトンを渡されても困る。平四郎は両手でクロスさせて拒否する。
「探知魔法でドラゴンの属性が判明したでおじゃる。ブルードラゴンでおじゃる」
「ブルーってことは雷撃ブレスによる攻撃がある。パリムちゃん、シールドは雷属性に合わせて、いつでも準備しておきなさい」
「ミート少尉、了解でおじゃる」
「ミート少尉、S級の攻撃力は数値にしてどれくらい?」
平四郎が聞いた。B級についてはドラゴンハンター達から聞いた話でおおよそ攻撃力を把握していた。B級で500~1000ってとこだ。ハンターたちの船にシールドパーツを組み合わせる問に配慮した数字だ。だが、S級についてはデータがなかった。
「士官学校で習ったとおりだと、確か、攻撃力5000」
「ご、5000!?」
平四郎は瞬時にこれはまずい状況だと判断した。このレーヴァテインの魔力シールドの耐久力は3000程である。B級ドラゴンなら遠距離攻撃は弾けるが、S級だと一撃でシールドが飛び、船自体の装甲にまで被害がくることが予想された。
「ミート少尉、フィンちゃん。このままじゃ、確実に追いつかれるし、戦えばレーヴァテインのシールドじゃもたない」
「じゃあ、どうするの!」
「へ、平四郎くん、何を?」
「このままだと追いつかれるから戦おう。前方に大きな浮遊岩がある。カレラさん、全速力であの岩を旋回してください」
「了解だが、旋回する前に追いつかれる」
「プリムちゃん、周辺上空の状態は?」
「西からジェッ気流がありますうううううう」
「それはツイてる」
「どうするんだ? 平四郎」
ナセルが不思議そうに平四郎に尋ねる。この異世界から来たメカ気狂いが、戦術面にまで言及するので興味をもったのだ。
「装備したウィンドフィンを使うんだ。これで風を捉えて加速する。スピードが35%増してドラゴンとの相対距離を保てる計算になる。カレラさん」
「分かった。ウィンドフィン展開」
レーヴァテインの下部から帆柱が伸びると同時に帆が開いた。それがジェット気流を捉えて加速する。エアマグナムエンジンを搭載するレーヴァテインはそれだけで、空中武装艦の中でも高速を誇るのであるが、風の力を加えることでさらにスピードを上げたのである。
「ナセル、右方向に機雷20基射出。射出スピードは10m/S」
「それはいいが、射出スピードが遅くないか?」
「時間差をつけるのさ」
平四郎はそう言ってフィンとミート少尉を見た。平四郎の作戦を副官席で分析したミート少尉は納得したように頷いた。
「このまま進むと射出した機雷群より早く迂回ができるというわけね」
「平四郎くん、頭いいです」
フィンも理解したようだ。浮遊石をUターンするコースを飛ぶレーヴァテインはかろうじて機雷群を通過できるが後を追ってくるドラゴンは機雷群に衝突する。そこへありったけの魔法ミサイルをブチ込むのだ。機雷もミサイルポッドも平四郎が出航までにレーヴァテインに装備した武器なのである。
「ドラゴンが攻撃してきたでおじゃる! 雷撃弾3つ接近」
「回避するです!」
フィンちゃんの命令と共にカレラ中尉がレーヴァテインの姿勢を僅かに変えた。雷撃弾がかすめて通過する。そして前方の浮遊石に命中してそれを粉々にした。凄まじい衝撃波と音が響く。レーヴァテインも大きく揺れる。
「きゃあ~」
フィンちゃんを始め、レーヴァテイン女性乗組員(カレラ中尉を除く)が悲鳴を上げる。みんな椅子にしがみつく。カレラ中尉は操舵輪につかまりかろうじて転倒を免れた。
「な、なんて攻撃だ!」
平四郎も驚いた。雷撃弾一発で直径100mの岩が粉々だ。
(竜の災厄ってよくいったものだ。あんなのが人間が住んでいる町にやってきたら……)
おそらく、このS級と言われる小さなドラゴンでも街を消滅させるに1時間とかからないだろう。S級は(スモール)と呼ばれるドラゴンの中でも小さい部類なのだ。
「さらに雷撃弾2つ来るでおじゃる」
「回避!」
レーヴァテインはカレラ中尉の巧みな操縦で雷撃弾をかわすが、このままでは撃沈は必至だ。レーヴァテインのシールドでは完全に防げないと思われた。しかし、最小限の姿勢変更でかわすレーヴァテインはスピードを落とさないで直径1キロはある大きな浮遊石を旋回しきった。射出した機雷が進んでくるのを右側に確認しつつ、それを通り過ぎると急速に180度方向転換をする。
高速巡洋艦をこのような動きができるのは、カレラ中尉の名人芸とレーヴァテインの能力、そして平四郎の手によるチューニングの結果であった。平四郎は2基あるエアマグナムエンジンの出力を左右で異なる値にできるようにしていた。左のエンジン出力を0にして、そのパワーを全て右に振り分けることで艦の急激なターンを可能としたのだ。後にこの動きは第5魔法艦隊のアドミラルであるフィンの名前がついた「フィンターン」と呼ばれることになる。