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GIRLS FLEET ~竜を狩る公女(プリンセス)戦記~   作者: 九重七六八
4巻 竜の災厄 編
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第31話 プロジェクト ノア(3)

「あーっ、暇ぞよ。エヴェリーン、付き合うぞよ。ケケッ!」

「小夜、兄貴と話さなくていいのか?」

 

 そうエヴェリーンは小夜に言ったが、小夜は全然気にしてない。


「兄上は昔から放浪グセにある変わったお人ぞよ。ここ7年、音信不通だったぞよが、まあ、誰も心配してなかったぞよ」


「全く、変な姉妹だ。まあいいや。小夜は船の整備は済んだのか? お前の要塞戦艦は、動きが鈍いから防御が命だろう」


「それを言うならエヴェリーン、お前の方は戦場が晴れなら参加すらできないぞよ。ケケッ!」


「ちっ!相変わらず、口の減らないガキだ。どうだ。暇なら今から、一杯付き合うっというのは?」


「ケケケッ……。いい提案ぞよ。タウルンの酒はうまいと聞くぞよ」


 エヴェリーンと小夜が話しながら、席を立った。マリーはすぐ別席に空也とコーデリアを案内し、彼らを連れてきたナアムとマルセルから詳しい報告を聞く。


 リメルダが小夜との戦いで着陸した場所は、空也が実験エリアにしていたところで、ちょうど、浄化の様子を見に来ていたところであった。一筋の煙は食事をするために起こした火の煙で、それをリメルダがハニー・ビーの艦橋から見たことが発端であった。リメルダはこの件をマリーに報告し、マリーはリメルダに調査を命したのであった。地上に人が住めるエリアがあるということは、今後、ドラゴンとの戦いにおいて、選択肢が増えることにつながる。また、調査の結果、空也とコーデリアを発見することにつながったことは大きい。これまで、地上や海が汚染された理由は死んだドラゴンが腐敗したためとしか分からなかった。自然には浄化作用が有り、長い年月をかければ徐々に回復してくるものだが、この500年間変わらなかった。それを浄化する方法を空也が見つけたことになる。


「このコケがよいところは、地上の毒を吸って生育する点と、浄化した後には消滅して他の植物が生息できる点にあるのです」


 そう空也はマリーに説明した。空也が最初に注目した苔は霊族の住む山間地に生えていた。だが、この苔は毒素を吸収して無害にしてくれるが、この苔が大繁殖してしまって生態系を壊すことが分かった。それで何年も他のコケ類と掛け合わせ、新しい種類のコケを開発したのだ。新しく生まれたコケは毒素を分解し、無害にすると自らは枯れてしまうのだ。それでいて、繁殖力は旺盛なので、どんどん地上に広がり浄化していくのだ。開発して7年でかなりの土地が生物が住めるようになっていた。


「さらに、コーデのおかげで水を浄化するコケも開発できたんだよ」


 空也に助けられたコーデリアは、助手をしていたが偶然、コケに付着した植物プランクトンが海の水を浄化することを発見した。これを大量に培養して、海に放つとみるみるうちに海水中の毒素を分解していったのだ。


 今は実験中であるが、空也の作った浄化エリアに隣接する海がきれいになっているところを見ると今後、海の浄化もできる可能性が高い。


「なるほど。人々の移住計画と並行して、空也の研究にも投資して、地上の浄化を進めていく必要があります。マリー王女」


「分かりました、マルセルさん。至急、人員の手配をしてください」


 マリーはそう命ずると共に、空也に向き合った。


「空也さん。お礼を言います。姉さまを助けてくださったありがとうございます」


「いいや、コーデのおかげで研究も進んだし、何よりも彼女のおかげで毎日が楽しい。研究以外にも楽しいことがあったことを知ることができてうれしい」


「お姉さま……」


 コーデリアは記憶を失っている。マリーの記憶も自分がメイフィアの王族だったことも思い出せない。不時着した時の怪我や地上の毒の影響だろう。今後も記憶が戻る保証はどこにもないが、それでもマリーは姉が生きていたことだけで満足であった。それにコーデリアは空也のことを愛しているのだろう。仲睦まじい様子を見て、自分もいつかこんな夫婦になれればとふと思ってしまった。浮かんだのは平四郎の顔である。


(そりゃ、わたくしは平四郎とベッドを共にしました。彼のことが好きなようです。でも、朝の平四郎のあの態度。彼の心はフィンさんにあることはわかっています。でも、分かっていても諦められないのはどうしてでしょうか……)


 マリーはペシっと自分の頬を叩いた。これから始まるドラゴンとの戦いは死闘である。人類が生き残れるかどうかの戦い。終わったあとに自分も平四郎も生き残っている保証はどこにもない。


(考えても仕方がないこと。今は戦うこと。全力を尽くすこと。それしかない。生き残ったら考えればいいことよ)


マリーは空也とコーデリアに浄化作戦の協力を要請すると、シャルル大佐と副官のシャルロッテ中尉を呼んで、細々とした指示を出した。




 平四郎はドックに戻って船の整備をしようと思い作戦室を出た。ドックではルキアやアンナさんが奮闘していることであろう。だが、移動を始めようとしたが、その行動はリメルダによってキャンセルとなった。リメルダが平四郎の袖をキュッと掴んだのだ。


「リメルダ、何?」


 いつになく、真剣なリメルダの表情を見て平四郎はそう軽く言ったが、リメルダの決意は変わらない。


「平四郎、今から私の部屋に来て。お願い……」


 平四郎は思わず頷いた。リメルダは明日にはプロジェクト「ノア」に参加する。別行動となるのだ。平四郎は明日からこの黒髪の美少女と会えなくなると思うと、何だか心が締め付けられそうになった。


 リメルダの部屋は、オレンジ島基地内にある。司令官用の部屋なので寝室の他に執務室、バスルーム、ダイニングと複数の部屋が備わっている。平四郎を部屋に案内したリメルダは、自ら台所に立って、料理をし始めた。彼女は公爵令嬢であるが家事は一通りこなすことができた。得意料理は、ハーブ鳥の煮込みスープ、オロロンドリの卵焼き、黒糖入り焼きたてパン……。オレンジ島は軍事基地だが、王女マリーの趣味で食料は戦場とは思えないものが用意されていた。軍だからと言って缶詰や携帯食では士気が下がる。


「平四郎、ちょっとソファで休んでいて……。軍服じゃ、リラックスできないでしょ。これに着替えて……」


 そう言って、ゆったりとした部屋着を用意して着替えさせた。ついでにシャワーを浴びた平四郎はソファでウトウトと眠り始めた。ここへ来るまでにいろいろなことがあって、ゆくりとする時間がなかったのだ。リメルダのもてなしは平四郎の心と体を休めるのに十分なものであった。


 どのくらい時間が経ったことだろう。コトコトという音と共にいい匂いが平四郎の鼻腔をくすぐった。見るとリメルダは白いタイトなワンピースにひらひらエプロンと新妻スタイル。思わず後ろから抱きしめたくなるような可愛さである。


「平四郎、起きて。できたわよ。アンドリュー家直伝の味よ」


 リメルダはそう言って右手に持ったお玉杓子をちょっと振った。


 こういう状況の場合、ヒロインが作る飯が非常にまずかったり、ひどい時には爆発したりするなど物語にはよくあるパターンだが、リメルダのご飯は美味しかった。美味しいというより、もはや快感と言ってよかった。平四郎は無我夢中で食べた。


 それを嬉しそうに眺めながら、リメルダも食事をした。会話もリメルダの家族のことととか、ナアムとどう知り合ったとか他愛もない話であった。


 食後のデザートとお茶を飲み、食器を洗うのを手伝った平四郎は、夜も遅くなったことだし、そろそろ帰ろうと席を立った。


 だが、リメルダがドアの前に立ちふさがった。手を後ろにして下を向き、少しだけ震えているようであった。


「平四郎……。帰らないで…。今晩は私と一緒に過ごして……」

「リメルダ……」


「明日、出撃したら、あなたにもう会えないかもしれない。私の任務は重要だけど、正直、エターナルと戦う方に行きたかった。平四郎と戦いたかった……」


「……」


 明日から始まるドラゴンとの戦いは死闘だ。あのドラゴンの強さを思えば、生き残れないかもしれない。


 リメルダは平四郎の胸に飛び込んだ。目からどんどん涙が出てくる。ポタポタと床に落ちていく涙。平四郎はそっとリメルダを抱きしめた。


「好き」

「……」

「好き,好き、好き……。好きなの! 私はあなたが好きなの!」

「……リメルダ」


「例え、あなたがフィンのことが好きでも、私があなたを好きであることには変わらない。」


 リメルダは少しだけ背伸びをした。唇と唇が重なり合う。以前した時よりもゆっくりと唇の感触を確かめ合った。


 もう言葉はいらなかった。平四郎はリメルダの肩をそっと抱いた。ゆっくりと腰を下ろし、再び、唇を重ねた。


「リメルダ……僕は必ず帰ってくるよ。君も必ず待っていてくれ」

「うん。平四郎、私もがんばるわ」


 二人っきりの夜が更けていく。


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