第31話 プロジェクト ノア(2)
「次に市民の避難作戦、プロジェクト「ノア」について説明します。この作戦を取り仕切る人物を紹介します」
そうマリーが告げて、あのベニングセン市の副市長だった青年が作戦会議の場に通された。あのキャリア官僚のマルセルである。秘書としてベニングセン市職員だったミルルも後から付いてくる。
「この度、マリー様からこのプロジェクトの担当主査に任じられました。マルセルです。こちらは秘書官のミルルです」
マルセルがそう自分とミルルの自己紹介をする。ミルルはぴょこんと頭を下げた。そして、プロジェクターに写真を映し出した。
「前回、リメルダ中将が発見した大陸の生息可能エリアについて、調査を進めた結果を報告します。ミルル、データーを皆さんに配って」
「はい」
ミルルは紙資料を配る。それを元にマルセルが説明をした。それによると、汚染されて人間が住めないと思われていた地上の大陸の一部に、毒が浄化されて生息可能なエリアの存在がかなり確認されたのだ。試算によるとそらに浮かぶ浮遊大陸に匹敵する面積だという。地上の大陸の方が圧倒的に面積が多いから、生息可能なエリアが全体の10%に満たないとはいっても浮遊大陸よりは広くなる。その大半は森であるが湖や川も確認され、さらに海も浄化されたエリアがあるという。腐海や毒ガスに覆われた毒植物の森林しかないと思われていたが、生息可能なエリアは豊かな自然が広がっていた。
「ドラゴンは文明を嫌います。ここに近代的な建物を建てると標的にされる恐れがあります。そこで、森の中にこんなテントを立てて住むのです。コンセプトは自然との共生」
マルセルが示したのは霊族のテント。樹木よりも低く、上空からは発見されにくい。テントとは言っても、しっかりした素材で作られているから雨風にも強く、寒さ暑さから守ってくれる。
「あれは我の国で使っているものだぞよ。1時間もあれば家族で住むテントは建てられるぞよ」
小夜がそう補足説明をする。もちろん、森の下を整備して平らにならしたり、道を作ったり、上下水道を作ったりすることをしなくてはならない。相当の物資や当面の食料、飲料水の搬入が必要だろう。
「各種族の住み分けや、移住計画を別紙に示しました。取り掛かれるところから進めていきますが、多国籍軍が支配する都市には、作戦実行ができません。当面はこのトリスタン連合艦隊を支持する都市の住人の移送をしていきます」
「それにしても、どうして急に地上に人が住めるエリアが出現したのだ?」
平四郎がそうマルセルに質問した。マルセルの説明によって、人々の避難場所を確保できた安心感を味わったものの、次に浮かんだ疑問だ。誰もが聞きたいことであった。
「この植物です」
そうマルセルは小さな丸いガラスケースに入った緑色の植物を見せた。コケである。コケであるが、浮遊大陸では見たことのない不思議な形をしたコケだ。
「このコケが地上の毒素を浄化しているのです。そして、このコケはある科学者によって発見されました。その科学者はそのコケを増殖し、見事、地上を人が住める場所にしたのです」
そうマルセルが説明し、扉の方に合図を送った。扉が開くとそこには男女二人が立っていた。白衣を着ていかにも科学者といった風体だ。一人は足がうっすらと消えている。霊族の男だ。まだ、20代後半から30代前半という風体の精悍な感じである。
「ゲゲッ……。兄上ぞよ」
小夜が思わず、椅子からずり落ちた。数年前から家出というか、研究をするといって姿を消した兄なのだ。名前を怨情寺空也という。さらにその空也の隣にいる女性を見て、マリーも絶句した。
「コ、コーデリアお姉さま!」
コーデリアである。あのタウルンからメイフィアへ帰国途中でドラゴンに襲われ、客船ごと破壊されて消息不明になったメイフィア第1王女コーデリア姫その人であった。だが、マリーにコーデリアと呼ばれても、当の本人はキョトンとしている。
「私はそこの霊族代表提督、怨情寺小夜の兄の空也。この毒素を吸収し、浄化する植物の研究をしている。そして、こちらが僕の妻のコーデ。どうやら、そこのメイフィアのお姫様の姉だそうだが、彼女は昔の記憶がないんだ」
そう空也は説明をした。空也がコーデリアと出会ったのは七年前。霊族の国から、研究のため放浪していた空也は、汚染された大陸の調査をしていた。そこで人間が生息できる僅かな土地を発見したのだ。それは本当に僅かな土地であった。コケが生えた小学校の運動場程の土地である。コケが毒素を排除する効果があることに気づいた空也は、そのコケの栽培方法を研究したのだ。研究は困難を極めたが、コーデリアと出会ってコケの増殖に成功したのだ。
コーデリアは空也が地上で研究をしていた時に、毒素の森の中に不時着した脱出艇から発見した。はじめは毒素の影響で1ヶ月間、意識が戻らなかった。空也の献身的な看護のおかげで意識は戻ったが、記憶喪失になっていた。浮遊大陸の病院へ運ぼうとしたが、コーデリアは拒否をしたという。彼女は記憶こそないものの、様々なものを設計し、制作することに長けており、コケの生育させる装置を考えて作るなど、空也を大いに助けた。一緒に研究するうちに、一緒に暮らすようになり、現在に至るという。既に子供も2人いるという。
「彼女が自分で名前はコーデというので、深く考えなかったけれど、メイフィアのお姫様だったのか。これは驚いた。ハッハハハ……」
とんでもない世間からズレた兄貴である。
「おい、幽霊の姉ちゃん。あんたの兄貴、変な奴だにゃ」
トラ吉が小夜にそう囁く。小夜はその質問を肯定する。
「兄者は昔から変なんじゃ。研究好きで霊族の王子の座を簡単に捨てる馬鹿者だからな。とっくの昔に死んでしまったの思っていたが、こうやって生きているとは驚いたぞよ」
マリーの呼びかけに、コーデリアはにっこり笑ったものの、一言。
「あなた、だあれ?」
と言ったきり、あとは空也の裾をそっと掴んでその背中に隠れてしまう。マリーのことも覚えていないようだ。
「驚いた。ナアムに調査をさせて、あの大陸で暮らしている人物を発見したと報告があったけれど、まさか、コーデリア姫様が生きていたなんて」
リメルダもこの結果には驚いていた。彼女はこのプロジェクト「ノア」の軍事面での指揮官を任される予定だ。民間人の移動の際の護衛する任務を引き受ける。
「お姉さま……。生きていらっしゃっただけで、わたくしはうれしいです。わたくしはマリー。あなたの妹です」
マリーはそっとコーデリアに近づき、そっとその手を握った。最初はビクッとして怖がったコーデリアだったが、不思議そうにマリーの顔を見て呟いた。
「マ、マリー……」
「はい。コーデリアお姉さま」
マリーの目に涙が溢れてくる。だが、彼女はこの作戦会議の司会を務めている。突然の姉の登場で気が動転していたが、それでも「完璧なマリー」とあだ名される才女。涙を拭うと、すぐさま、命令を下す。
「このプロジェクト(ノア)は、人々の安全を守り、次の世代に文明を受け継ぐために重要な作戦です。エターナルを倒しても人類が滅びては意味がありません。わたくしたちは全力でこの作戦を遂行しなければならないのです」
マリーは出席者のひとりひとりの顔を見る。
「それでは、マルセルさん、よろしくお願いします。リメルダ中将の艦隊は、マルセルさんの指揮下に入り、人々の救出作戦に従事してください。出航は明日の朝、8時です。その他の艦隊は、偵察隊の情報を得てから出撃することとします」
そうマリーが締めくくって、作戦会議は散開となった。
なんと、コーデリアが生きていた! 新展開だw




