第31話 プロジェクト ノア(1)
「フィンちゃん、フィンちゃん……」
トリスタン連合艦隊の基地であるオレンジ島にたどり着いた平四郎はそう何度もつぶやいて、放心状態で潜空艦から降りてきた。リメルダに手を取ってもらってやっと歩けるというくらい、魂が抜けたような状態であった。そんな平四郎を一目見て、一足先にこのオレンジ島に到着してたマリーは強烈な平手打ちを平四郎の右頬にぶちかました。
バチッン!
高貴な姫の強烈な洗礼に平四郎もリメルダもトラ吉も唖然とするしかない。
「平四郎! あなたがそんなんでどうするのですか! このトリスタン1億の民の命がかかっているのです。あなたは異世界から来た勇者でしょう! その運命が例え不本意でも、受け入れて私たちのために力を貸してください!」
「マリー……」
「大丈夫です。フィンさんをヴィンセントがどう扱うかは予想ができます。フィンさんを救うのもあなたの役割です。そんななさけない顔では彼女は救えませんよ……」
そうマリーは平四郎を優しく励ました。
「ありがとう……マリー」
平四郎の目に輝きが戻ってきた。二人のやり取りをみていたリメルダは、平四郎とマリーの間に確かな信頼関係が構築したのを感じ取った。
(まさか? マリー様と平四郎……。何か進展したよう。そもそも、マリー様って、平四郎に様をつけたのに、どうして呼び捨てなのよ)
そう思うとリメルダは無意識のうちに平四郎の腕を取ってギュッと体に押し付けた。今朝感じたあの違和感(浮気の疑い?)、相手はマリー王女だったなんて?
そんなリメルダに優しい表情で平四郎は彼女の耳元でささやいた。
「リメルダ。君もありがとう。励ましてくれて……」
リメルダの顔が耳たぶまでかあ~っと赤くなった。(この男、ずるいです!)
「あ、当たり前です。勇者たるあなたが女の子一人いなくなっただけで潰れては、困りますから……」
ちょっとツンな感じで答えたが、リメルダは、自分がいなくなっても平四郎はここまで壊れないだろうなと本能で感じ取っていた。それを思うと悲しくなってしまう。
(それにしてもマリー様と平四郎の雰囲気はどう? ちょっと見ない間に長年連れ沿った夫婦みたいじゃない!? これじゃあ、今まで努力してきた私はなんなのよ!)
リメルダの中にフツフツと湧いてくる嫉妬の気持ち。フィンならともかく、ポッと出のマリーにベタ惚れな男を盗られるのは納得がいかない。
リメルダの嫉妬は置いていて、トリスタン連合艦隊の本拠地であるオレンジ島は活気に満ちていた。その日の午後に妖精族の女王シトレムカルル率いる妖精族艦隊20隻が到着したのだ。夕方には霊族の怨情寺小夜率いる霊族艦隊も到着する。これは巨大要塞戦艦2隻を含む大艦隊である。パンティオン・ジャッジで苦しめたアウトレンジ攻撃が出来ることになる。
マリーはオレンジ島の実質司令官。また、フィンが不在なのでトリスタン連合艦隊の実質的な指揮官となっていた。午後に霊族の小夜が到着すると、主だったものを集めて作戦会議を行った。
広い会議室で、妖精族女王シトレムカルル、霊族長令嬢怨情寺小夜、タウルン元代表エヴェリーン・クルル少将が座り、フィンの代行として東郷平四郎が円卓の席に着いた。まずは、組織の確認とそれぞれの階級の確認が行われた。
トリスタン連合艦隊 総司令長官 フィン・アクエリアス元帥
(なお、フィンは不在のために代行をマリーが務める)
トリスタン連合艦隊 総参謀長 兼 第1魔法艦隊司令長官
マリー・ド・ノインバステン上級大将
旗艦 コーデリアⅢ世 艦長 シャルル・ギョーム・アンドリュー大佐
第1魔法艦隊副司令官 ルイーズ・ヒューラー中将
戦列艦6 巡洋艦9 駆逐艦8
トリスタン連合艦隊第2魔法艦隊司令 東郷平四郎少将
参謀 トラ吉
旗艦 レーヴァテイン 艦長 ミート・エンデンバーク中佐
副長 ナセル・エンデンバーク中佐
高速巡洋艦レーヴァテイン以下 戦列艦3 巡洋艦5 駆逐艦7
(戦列艦ゴールドレディ艦長にローザ。ベルモント第3公女階級は少将相当)
(第4公女リリムもこの艦隊に参加 座乗する船は戦列艦テノール)但し、リリムは首都クロービスで軍によって拘束中。
第3魔法艦隊司令官 シトレムカルル妖精女王(階級は大将)
旗艦 アウグストゥス
戦列艦級6 巡洋艦10 駆逐艦12
第4魔法艦隊司令官 怨情寺小夜大将
旗艦 天照大神
要塞戦艦2 戦列艦級7 巡洋艦9 駆逐艦13
第5魔法艦隊司令長官 エヴェリーン・ククル大将
旗艦 ハイ・プリーステス(潜空艦)
潜空艦 12
第1機動部隊司令長官 リメルダ・アンドリュー中将
副官 ナアム
旗艦 ジュリエット(新造戦艦)
軽空母長靴中隊 駆逐艦 7 輸送艦30
実に戦列艦25隻を集めた大艦隊であったが、本来ならば、このトリスタンあげての戦力集中を思えば、微々たるといってもよかった。この国の戦力の大半はカイテルが組織した多国籍軍に集中しており、その総数は3千隻を超えていた。さらに民間のドラゴンハンターもかき集めていたので、空中艦の総数は1万隻近くに上っていた。
オレンジ島にもドラゴンハンターの船が何隻か馳せ参じていたが、カイテルのマスコミ操作によって反乱軍と位置づけられているために、その数は多くはなかったのだ。
「今後の戦略ですが、わたしたちの艦隊は数が多くありません。よって、トリスタン全土を守ることは不可能です。目標はエターナルドラゴン。ここにとらわれているフィン提督を救出すると同時に、彼女を利用し、世界を破滅に導こうとしているヴィンセント伯爵を除くこととします」
マリーははっきりとそう言った。敵はエターナルドラゴンだと認識していた各艦隊司令官は疑問に思った。
「フィンがドラゴンの花嫁ということは分かったぞな。だが、どうやって救うぞな。ケケッ」
「それについては、ハウザー教授に説明をお願いします」
マリーに促されたハウザー教授は、コホンと咳をして立ち上がった。美少女ぞろいのこのトリスタン連合艦隊に来てよかったと内心思っていたが、このダンディな女たらしの男は、そんな気配は針の先ほども出さず、流暢に説明を始めた。
「ドラゴンの花嫁はその特殊な魔力によって、エターナルドラゴンの活性化を図ると同時に繁殖源としての役割を担います。おそらく、ヴィンセント伯爵はドラゴンの花嫁を触媒にエターナルドラゴンの中枢神経に干渉し、エターナルドラゴンの意識を操ると思われます」
「そんなことできるのか? 相手は伝説の巨竜だぞ……」
エヴェリーンはドラゴンハンターとして素直な疑問を述べた。ドラゴンは野獣の類で人間のような知性は持っていないというのが彼女の認識だ。魔法を使う上級種もいるにはいるが、それは動物の本能に過ぎない。操るということは、感情があるということである。
「エターナルドラゴンやH級、L級は違いますね。彼らは知性がある。下手をすれば我々人間よりも高度かもしれない。その高等生物が唯一繁殖するために必要なのがドラゴンの花嫁。彼女を使ってドラゴンの感情を操るとは、ヴィンセント伯もよく考えたものだ」
そう感想らしきことを述べるハウザー教授。
「で、どうやってフィンちゃん、フィン提督を救うのだ?」
平四郎が肝心なことを聞いた。とにかく、彼女を救出するためにいてもたってもいられない気持ちなのだ。
「エターナルドラゴンが復活する場所はもう判明しています。おそらく、ヴィンセント伯爵はそこに現れるはず。彼の乗る船にフィン提督はとらわれていると見るべきです」
ハウザー教授が言うヴィンセント伯爵の船は戦列艦マクベス。マリーのコーデリアⅢ世と同型艦の巨大な戦列艦だ。そこにフィンが幽閉されている。となると、撃沈するわけにはいかない。船の中に突入して白兵戦を仕掛ける必要があろう。
「じゃあ、何かい? あたしたちは、ドラゴンどもを蹴散らし、エターナルの攻撃をかわしつつ、ヴィンセント伯爵の旗艦マクベスを動けなくし、さらにそこへ侵入してフィン提督を救出し、救出後にエターナルを葬るということ? はああああ~なんかの冗談?」
エヴェリーンがため息をついた。ため息の理由もわかる。それはとてつもない困難な任務であったからだ。
「それはかなり厳しいぞな。ケケッ!」
霊族の小夜もその任務の困難さにいつものハリのある声ではない。彼女の得意技は遠距離からの攻撃である。近接戦闘など最も苦手であろう。
「こう言っては失礼ですが、フィン提督を救わずにエターナルを倒すことはできないのですか?」
シトレムカルル女王がそう述べた。平四郎の顔を伺うようにしてだが、ここは言いにくいことを敢えて言うべきだという決意が込められていたので、平四郎は黙って聞くしかなかった。フィンを救わないということは、フィンを殺し、エターナルも殺すということだ。そうすればドラゴンは復活できず、このトリスタンに500年毎に起こる「竜の災厄」のチェーンが断ち切られる。
フィンがドラゴンに取り込まれた場合は、ドラゴンの人類への攻撃はやがてなくなる。もしかしたら、早めにどこか安全なところを見つけ、そこで災厄をなんとか生き延びれば、多数の人間が生き残ることができるかもしれない。
「それは絶対ダメだ。フィンちゃんは絶対に助ける」
平四郎は肘をテーブルにつけてぎゅっと両手を組み合わせて、そこに額を押し付けていたが、視線を少しだけ上げて言った。その目には絶対に引かないという決意があった。彼にフィンを助けないという選択肢はない。マリーもそんな平四郎の思いに同調した。
「わたくしも平四郎の考えに賛成です。フィンさんを殺した場合、ドラゴンはおそらく我々人類を最後の一人まで殺し尽くすでしょう。フィンさんを生かせば、ドラゴンのお情けで少しの人間だけが生き延びることができる。でも、それはこれまでも繰り返されてきたこと。わたくしたちは次の世代に災厄を引き継いではならないのです」
マリーの言葉に作戦会議に出ていた者はみんな頷く。もうドラゴンに脅かされる世界はまっぴらである。謎を解明できた今こそ、災厄の鎖を断ち切り、500年後の子孫が平和に暮らせる世の中をつくることが、今を生きる人間の責務だと誰もが思った。
「僕たちはやるしかない。 フィンちゃんを救って、この世界からエターナルドラゴンを倒し、竜の災厄を永久に消滅させる」
平四郎がそう言って立ち上がった。作戦会議に参加していたものも立ち上がった。どんな困難でも生き残るために、子孫に平和な世界を残すためにもここは今を生きる自分たちが行動するしかないのだ。




