第30話 ドラゴンの花嫁(4)
「マリー様、王宮の外に第1師団が集結しつつあります。このままでは、近衛兵と交戦する可能性があります」
シャルル大佐が表の状況をマリーに報告する。かなり切迫した様子だ。
「まずいわね。第1師団はカイテル総参謀長の息のかかった部隊だわ。その戦力も馬鹿にならない。城の近衛隊だけでは防げませんわ」
「ここは逃げるしかありませんね。兼ねて用意したルートでオレンジ島へ逃げましょう」
「わたくしたちは良いとして、フィンさんとリメルダはどうしましょう?」
「リメルダは具合が回復したので、既にローザ嬢の屋敷へ行くように行ってあります。フィン提督の方は、封印カプセルのまま、オレンジ島へ運ぶしかないでしょう。軍に見つかったらそれこそ、命の危険があります」
「彼女がドラゴンの花嫁だと分かれば、きっと命を奪うでしょうね。ですが、それはさらに危険な事態になる可能性もあります。それだけは絶対阻止しなくては……」
「既に平四郎くんとトラ吉くんが向かっている。地下道を通じてベルモント家の緊急連絡船に乗れれば、脱出は可能ですよ」
そうシャルル大佐はマリーを王宮の秘密通路へと案内した。この通路から街に出て、そこから協力者の手引きを得て、郊外の森に移動する予定だ。そこに潜空艦が待機している予定である。
マリーは急ぎながらも、国軍の浅はかな企みにため息をついた。マスコミ操作で一時的自分の名声を落として、このクーデターもどきの行動に出ても、いずれ、国民にバレることは必死であろう。多分、軍は母であるマリアンヌを担ぎ出して、正当性を主張すると思われるが、問題は彼らがドラゴンと戦って勝てるか? ということである。
その点については、マリーは(勝てない)と思っていた。今は打撃艦隊が順調に討伐しているようだが、それがかえって慢心しているのではないかと思うのだ。
(今は一致団結して、ドラゴンに対しなければならないのに……。人間同士の醜い争いをしている時ではないのに)
人というのは愚かな生き物である。滅びる寸前まで気がつかない。例えるなら、カエルである。カエルは熱いお湯に入れるとびっくりして飛んで逃げるが、水から煮られると気がつかないで茹でカエルになるという。
まさにメイフィアはそんな状態であった。
平四郎はトラ吉と王宮の地下エリアに向かっていた。シャルルからの連絡を受けた平四郎はマリーとの一件を思い悩む暇もなかった。フィンに会うと言っても、彼女は封印カプセルに入っていて眠っているので、平四郎の罪悪感は少しだけ軽減していた。だが、平四郎はマリーのことを思うと胸が張り裂けんばかりであった。
マリーは「謝らないで!」と言った。自ら進んで平四郎に身を任せたという感じであった。それでいて、「責任を取ってください」とも言わなかった。リメルダなら言っただろう……。
それは返って平四郎には重い感じににはならない。リメルダがそういうのは、冗談めかしくして平四郎に重くしないような配慮があるからだ。その点、マリーの方が「真剣」に迫っている感じがして一緒に夜を過ごしてしまった事実が重くのしかかっていた。
だが、その重石も封印の間のフィンのカプセルを見て吹き飛んでしまった。封印カプセルはまるでガラスの柩のようで、そこに美しい女神様が横わたっていた。この封印カプセル内では意識が深い眠りに落ちて、完全リラックス状態となる。また、時間の停滞魔法がかけられているので、このカプセル内では、1ヶ月1日という時間感覚だそうだ。つまり、栄養補給も必要ないということだ。
「旦那、早く、カプセルを運ぶにゃ! フィン公女の顔を見ていても解決しないにゃ」
「あ、ああ」
生返事をしながら、平四郎はカプセルの上にある取っ手を持ち上げ、下のタイヤのロックを外して、引っ張っていく。トラ吉は身長の低さを生かして下を押していくので、結構なスピードで王宮の地下通路を移動していく。
地上では第1師団の兵士と近衛隊による小競り合いが起きていたが、近衛隊の踏ん張りでまだ王宮は軍の支配下には落ちていなかった。よって、平四郎とトラ吉は王宮から街の郊外に出る隠し通路から、用意してあった場所にカプセルを積み、ローザの屋敷であるベルモント邸に向かうことができた。途中、軍に見つかることなく行けたのは、完璧なマリーの綿密な逃亡計画があってこそだろう。
彼女はあらゆる場合を想定して、準備を進めていいる。まあ、軍の妨害があっても一個中隊程度なら、平四郎の魔力無双で撃破できるのだが、元々、同じ国同士である。できるなら平四郎も戦いたくはなかった。
ベルモント邸では、ローザとリメルダが平四郎の到着を待っていた。ここにはローザ所有のクルーザーがあり、これを使ってオレンジ島へ脱出を図ろうというのだ。無論、空には国軍の多国籍艦隊が待ち受けているので、この船で一番近いディープクラウド空間に向かい、そこにエヴェリーンの潜空艦が待ち受けているという作戦である。そこでマリーたちとも合流できるであろう。
ローザは民間人であり、軍のスポンサーとして影響力のあるローザの父親のおかげで、ここにはまだ、軍の手は伸びてきてはいなかったが、それも時間の問題と思われた。ローザもパンティオン・ジャッジの出場者ということで、逮捕者リストに名前が載っていたからである。
「平四郎、フィンさんを無事に運び出せたようね」
昨日、フィンによって魔力を吸われたリメルダであったが、今日は顔色がいい。一晩安静にして体調は戻ったようであった。
「ああ。マリーの作戦だと、すぐに出発だろう。リメルダ、準備は出来ているのか?」
「あ、うん。今は出航の許可待ちだけど、出なくてもクルーザーを出向させるわ」
リメルダは平四郎に少し違和感を覚えた。なんだか、自分と目を合わさないのである。しかもそわそわしている。これは自分に対する後ろめたいことがあるのだと賢いリメルダは思った。だが、非常事態である。ここで浮気? の追求はしないのがよくできた妻? である。
リメルダは今はスルーしたが、現時点でさすがに浮気の相手がマリー王女だとは、賢いリメルダでも想像はできなかっただろう。
ローザのクルーザーは大財閥令嬢が持っているだけに、全長が50mとレジャーボートとは思えない大きさであった。装備は民間船なのでおよそ武器らしきものは積んでないが、足が早いのでうまく隙をつけば、軍艦の追跡を振り切って潜空艦の待つ場所までいけそうであった。
船はドーム型の保管庫に係留されていた。ベルモント家のパイロットが、エンジンをかけて待機している。天井がドームになっていて、そこが開くと発進できるようになっていた。だが、パイロットが遠隔操作をしても屋根はピクリともしなかった。
「ローザ様、屋根が開きません。制御室で操作する必要があります」
「仕方ないわね。私が操作に向かいます」
制御室はこの保管庫の隣にあった。ローザはそこへ向かおうとしたが、同時に屋敷に軍隊が突入してきたことも知った。ローザ一人で向かわせるわけにはいかない。平四郎はフィンのカプセルをクルーザーに安置すると、トラ吉とリメルダを伴ってローザを援護することにした。屋敷に入ってきたのは、カイテル派の陸軍小隊であった。ベルモント家の護衛兵を鎮圧すると、クルーザー保管庫に向かって来たのだった。通路で銃撃戦となる。
数で圧倒する軍であったが、平四郎とリメルダが魔力を開放して射撃するだけで、前進することができない。なにしろ、平四郎だけでハンドガン一丁で中隊並みの魔力無双ができるのだ。
ローザが制御室にある開閉ボタンを押すと、屋根が開き始めた。後は、廊下で戦う平四郎たちが徐々に撤退して保管庫のクルーザーに乗るだけである。
「よし、クルーザーで脱出だ!」
思いっきり魔力をを乗せて、戦車並みのファイヤーボールを一発ぶちかまして、小隊を威圧した平四郎は、今にも飛び立つクルーザーと地面に転がった2人とパイロット。そして、クルーザーの入口を開けて立っている人物を見て驚愕する。
「ヴィ、ヴィンセント! 貴様、何をしている!」
「フハハハハッ。この時を待っていたよ。平四郎! フィンはもらっていく。ドラゴンの花嫁として、彼女の力が絶対必要でね。心配しなくていいよ。世界を救うのはこの僕だからね」
そう言うと赤いマントを着たドラゴン教徒の信者に合図を送った。パイロットらしい信者は操作レバーを引いてクルーザーを上昇させていく。
「ま、待て、ヴィンセント!」
平四郎が叫ぶがクルーザーはみるみるうちに上昇していった。
「旦那、まずいにゃ!」
トラ吉は入口を見てそう叫んだ。兵士たちが体制を立て直して、ここに突入してきそうだったからだ。
「ローザ、他に船はないのか?」
「お父様の趣味の高速船なら、別の場所にあります。あれなら小さいけれど、スピードはあるし、燃料を満タンにすれば距離も飛べます」
「どこにあるんだ?」
「ここから反対側の森を抜けた別館です」
ベルモント邸は広大な敷地である。邸内に森や池は普通にあるのだ。平四郎は手にしたハンドガンを構えた。無双の始まりである。
「うおおおおっ!」
銃を連射する平四郎。その弾丸は魔力で強化され、しかもその魔力が強大なために、人間戦車と化していた。ベルモント邸に押しかけた軍の兵士は2個小隊であったから、平四郎一人に軽く蹴散らされてしまった。
3人と1匹はなんなく、森を抜けるとローザの父親の趣味の高速船のある場所にたどり着いた。その高速船は全長5m。4人乗りの小型空中船であった。
「ローザ、すぐ追うんだ! クルーザーの行方はトレースできるか?」
「できますけど、向こうも早いので今から追いつけるかどうか?」
「追いつくんだ! でないと、フィンちゃんが……」
平四郎はフィンを乗せたクルーザーが消えた空を見つめた。心の中では絶望感が支配していた。ヴィンセントのことだ。当然、用意周到であろう。今頃は待機させた戦列艦に収容してクロービスを離脱しているに違いない。
(クソ~。あいつのことを忘れていた)
おそらく、マリーもヴィンセントのことは計算に入っていなかっただろう。だが、奴が目的のためにフィンを誘拐することは予想されたことであった。予想できただけに平四郎はどうしてフィンを一人、クルーザーに置いてきてしまったのか自問自答した。トラ吉かリメルダを残しておけば、状況は変わったていたかもしれなかった。
リメルダは、後悔で頭を抱える平四郎の背中を優しく撫でた。
「平四郎、まだ諦める必要はないわ。ヴィンセントはフィンのことをドラゴンの花嫁と言ったわ。彼はドラゴン教徒の幹部で、ドラゴンの研究を進めていた。そうなると彼の目的はただ一つよ。フィンを使ってドラゴンたちに何らかの行動を起こすに違いないわ」
そうリメルダに励まされて、平四郎は少しだけ希望をもった。間もなく復活するであろうエターナルドラゴンの出現地はおおよそ予想がついていた。とあるドラゴンハンターの集団が遭難した旧大陸の地にその気配があると報告があったのである。今はその地に近い機械族のタウルン艦隊が偵察を続けているはずである。
こういうところは、マリーのお家芸であるが、エターナルの封印場所がわかったところで、人類が何もできないことには変わりはない。だがヴィンセントの奴が現れるのはそこの可能性が高いのだ。
(まだ諦めるわけにはいかない)




