第30話 ドラゴンの花嫁(2)
その夜。平四郎はマリーの部屋を訪れていた。医務室で休んだ平四郎は、元々、コネクト発動時以外、表面上は魔力がゼロという体質であったので、フィンに接触して急激に魔力を吸われても回復も早かった。奥底に眠る無尽蔵の魔力を吸収するのには時間がかかるのだ。前回の戦いのように一時的にゼロになるくらい消費すると回復に時間がかかるが、今回くらいの時間なら、急激な回復力で元に戻ることは容易かった。
「こんばんは。平四郎さん。リメルダの具合はどう?」
実はリメルダの方が重症で、最終的には気を失ってしまい、今は兄のシャルルに付き添われてアンドリュー家の屋敷に戻っている。トラ吉は用事があるからとどこかへ消えてしまっていた。従者なのに最近は単独行動が目立つ猫だ。
「ああ、リメルダは屋敷に戻った。かなり衰弱していたから……」
「私も2時間ほど寝込みました」
「あれがフィンちゃんの力?」
「そう、ドラゴンの花嫁の力です」
「ドラゴンの花嫁……」
マリーは平四郎に自分が調べ上げたことを全て話そうとここへ呼んだのだ。平四郎はこのトリスタンを救うとされる勇者。その彼がこの話を聞いてどういう判断をするか。完璧なマリーと称される王女でも判断がつかなかった。人の感情というのは計算ができない。
「話はパンティオン・ジャッジのファイナルの前に戻ります。あなたも知っているメイフィアタイムスのラピス記者が、サザンプトンのドラゴン教の本拠地に潜入調査をしたのです。目的はヴィンセント伯爵の正体についてでしたが、彼女は正体を見破られて、捕らえられました。わたくしの送った救出部隊によって、救うことができたのですが、その際に貴重な資料を手に入れることができたのです。そこに記述してあったのが……」
「ドラゴンの花嫁」
「そうです」
マリーは以前から入手していた文献や、メイフィアでも権威のハウザー教授の長年の研究による仮説を聞いていた。500年に1度。エターナルドラゴンが復活し、それとともになぜ大量のドラゴンが出現するのか。
「繁殖です」
「繁殖?」
「そうです。すべては種を保存するための本能」
マリーは平四郎に説明をした。このトリスタンは500年に一度、エターナルドラゴンという巨大な竜が出現する。それと同時に大小様々なドラゴンが空を覆い、人の作り上げた文明を破壊し、人を滅ぼすのだ。なぜ、ドラゴンは人を執拗に襲うのか。なぜ、ドラゴンは500年に一度大量に現れるのか。長いトリスタンの歴史でもそれを解き明かすことはできなかった。よって、それは「竜の災厄」という言葉で、神による人への罰であるという論調になった。マリーはそんな非科学的なことを信じない。ドラゴンは生物である。生物である以上、習性があるはずだ。そう考えた時にある仮説とパンティオン。ジャッジの真の意味が結びついたのだ。
「ドラゴンの繁殖期は500年に一度。そして彼らは人と交わって種を保存する」
「人と……馬鹿な。あんな怪物が」
「彼らはあんな恐ろしげな姿でも高等生物。わたくしたち人間よりもはるかに知能が高いのです。彼らは500年に一度。人間の女性の中から一人を選ぶ。その女性を体内に取り込むことで無数の卵が生み出される」
「それじゃあ、今、このトリスタンにいるドラゴンは500年前に生み出された卵から生まれたってことか。500年前、ドラゴンを追い払って人間は生き残ったんじゃないのか?」
マリーは(ふう~)っとため息をついた。このトリスタンで語り継がれてきた英雄譚が夢物語であるどころか、かなりねじ曲がって伝わっていることになるからだ。
「おそらく、ドラゴンの花嫁を得て目的を果たしたから、ジェノサイドを終了したのではないかしら。それがなければ完全に人は滅びたと思います。そして……」
「パンティオン・ジャッジ自体がドラゴンによって仕組まれた生殖の儀式なのです」
「ば、馬鹿な!」
平四郎が叫ぶのも無理はない。パンティオン・ジャッジはドラゴンに対抗する力を人が得るためのものだ。これで4つの種族が一致団結し、能力のある(アドミラル)の元、ドラゴンのジェノサイドから人々を守るのだ。そして、自分はその(アドミラル)を支える選ばれし勇者だったはずだ。
「あなたは確かに異世界から選ばれた勇者。類まれな力で選んだ者を勝者にする。だけど、その勝者はドラゴンの花嫁。あなたはトリスタンを滅ぼす鍵となる者を守るために召喚されたということにあるわ」
「花嫁を殺せば……フィンちゃんを殺せば、(竜の災厄)から人々を守れるということか」
「仮説によれば……ね」
仮説が正しいと確信があり、フィンがいないことでドラゴン災厄が回避できるのなら、マリーは躊躇なく、フィンを殺していた。トリスタンの民と公女一人の命を天秤にかければ当然の選択である。
500年前の惨事でも、パンティオン・ジャッジの勝者は最後の戦いで命を落としていることがわかった。勝者はドラゴンを追い払い、異世界からの勇者と結ばれて復興の中心となったというのはデタラメであった。そして、500年前のアドミラルは3月3日3時に生まれた女の子であるということまで、古来の文献から突き止めていた。
(フィンさんの誕生日は、3月3日……)
「もちろん、まだ確信をもてないわ。科学的根拠のない部分も多いです。ですが、状況証拠を重ねると彼女がそういう役割を担っている人だと結論づけられるのです」
「状況証拠?」
「ファイナルでのデストリガー6連発する魔力。それもあなたから魔力を吸収するという人間離れした技。ドラゴンの復活する日が近づくにつれて、頭痛を訴えること。あれは、日に日に、人間の記憶を失っていく影響ではないかしら。そして今日のエナジードレン。ドラゴンが使うメンズキルは、女性である花嫁を見つけるためのものと考えられること」
「ピンと来ないよ。ただのこじ付けみたいに聞こえる。それに……」
「それに?」
「彼女が僕を選んだ理由は、仕組まれたことだなんて思えない」
「仕組まれたのではないわ。花嫁の本能。自分を守ってくれると判断しただけ。もちろん、フィンさんにはその自覚はないでしょうけど」
「ありえない! 僕がフィンちゃんを見つけたんだ。ドラゴンなんか関係ない」
あの修学旅行でのバス。偶然隣に駐車したバスで見つめ合ったことが、ドラゴンたちによって仕組まれた出会いだなんて思いたくもない。
「平四郎さん、まだこれは仮説だと申し上げました。ですが、仮説が立証された時には覚悟をしないといけません」
「フィンちゃんを殺すということ?」
平四郎の言葉にマリーは頷いた。今は魔力を放出させない封印の間に幽閉しているけれど、いずれドラゴンどもは嗅ぎつけてやってくるはずである。ただ、フィンを殺せば繁殖ができず、ドラゴンはいずれ絶滅するかもしれないが、その前に怒り狂ったドラゴンに人が滅ぼされてしまうかもしれない。
「フィンさんを殺すことで竜の災厄が起こらないなら、わたくしは躊躇しません。ですが、残念ながら、その保証はありません。だとしたら、発想を変えるしかないでしょう。フィンさんの力を借りてエターナルを倒すこと。これを見てください」
マリーはいくつかの設計図を広げた。マリーの座乗する(コーデリアⅢ世)もあれば、レーヴァテインもある。新造戦列艦の設計図もある。
「公女が乗る船です。霊族の小夜さん、機械族のエヴェリーンさん、妖精族のシトレムカルルさんの船もあります。これをあなたの力で最強の船にしてくださいませんか?」
平四郎はきょとんとして、3秒ほどマリーと設計図を交互に見つめた。そして、突然、笑い出した。
「ククク……。はっははは」
「どうしたのですか?」
「マリー、マリー王女。君はすごいね。本当にこのトリスタンを愛し、人々を愛し、そのために行動する。竜の災厄を乗り越える勇気もある」
「例え、あなたがドラゴンの花嫁を守るために来た勇者でも、その力は強大だわ。そして、マイスターの腕前は人類にとっては力強い能力。その力でこの世界を救ってください」
「了解!」
もう平四郎は用意された赤ペンを手にとった。そして猛然と設計図に向かってアイデアと改造整備プランを書き込んでいく。その集中力は凄まじかった。夜が明け、朝になり、太陽が沈んでまた夜になるまで平四郎は書き続けた。出来上がるたびにマリーは、シャルロッテ中尉を呼んでオレンジ島の整備班に届けさせる。主計官のルキアとその助手のクリオに必要な部品の調達を行わせ、公女が乗る専用艦の整備を進めさせるのだ。
「で、できた……」
取り掛かってから24時間後。平四郎はそうつぶやくとそのまま床に突っ伏した。意識が途切れて深い睡眠に陥ったのだ。マリーは仮司令部から自室に戻ると床に倒れて寝ている平四郎を見つけて駆け寄った。ただ単に疲れて寝ているだけだと確認すると、護衛の兵士に命じて、平四郎を自分のベッドに寝かせたのだった。
「う……う……。フィンちゃん……。必ず……」
かすかにうなされる平四郎にマリーはそっと冷たいタオルで顔を拭いた。安心したように平四郎が穏やかな表情になる。マリーはそっと平四郎のシャツのボタンを外した。タオルで体を拭こうと思ったのである。はだけて体を拭った時である。不意にマリーの手首が掴まれた。平四郎である。
「へ、平四郎さん……。起きたのですか?」
マリーはそう言ったが、いつもの平四郎ではない感触を手首から感じた。すぐさま、体を押し倒される。
「平四郎さん、どうしたのですか?」
平四郎に組み敷かれたマリーは、平四郎の目を見る。コネクト発動のように瞳が赤くなっている。平四郎は無言だ。目は開いているが意識がないような状態である。
「フィンちゃん」
「平四郎さん、わたくしはフィンさんではありま……ん……んっ」
マリーは平四郎に強引に唇を奪われた。両手で平四郎の体を叩いて抵抗を試みたが、がっしりと押さえつけられて動けない。
(じ、冗談じゃないわよ……フィンさんの代わりなんて)
平四郎が寝惚けてフィンと自分とを間違えていると思ったが、唇から熱いものが流れてくることを感じた。それはマリーの体を痺れさせていく。
(こ、これが……。うわさに聞く、コネクト?)
唇が離れた。マリーが一言呼べば、扉前にいる兵士がなだれ込んでくるだろう。だが、マリーはそうしなかった。そうするべきではないと思ったのだ。
(そう。わたくしは勇者様の力を借りて、このトリスタンを救うドラゴン殺しの聖剣にならないといけない)
マリーはそっと平四郎の背中に腕を回した。グッと平四郎に抱きつき目を閉じた。




