第28話 覇者への疑惑(4)
「マリー様、何度来られても軍としては、これ以上の協力はできません。何しろ、軍としてはメイフィア王国の民を守るのが仕事ですからねえ」
「私は国だけでなく、この世界を守るために活動をしています。カイテル総参謀長、速やかにメイフィア軍を解体して、トリスタン連合艦隊に合流することに協力してください。ドラゴンに対しては、パンティオン・ジャッジを行い、その覇者となったものを中心に軍を編成して対抗することが習わしです!」
(ふふん……)
機嫌を損ねた時に鼻で笑う癖が出た。カイテルがこれを出すと必ず周りの部下は恐縮し、媚びへつらうのが常である。だが、若き王女はそんなことは知らないし、知っていても絶対に媚びたりはしない。
(この小娘が。王女でなければ、20歳にも満たない年でこのわしと対等な口が聞けないことを分かっていないな。これだから、女はダメなのだ!)
コホン……と咳払いをしてカイテルは、自分をにらみつける王女を見た。その瞳は爛爛と輝いていて、使命感にあふれていることは分かったが、彼にとってはいらぬお節介としか思えなかった。妖精族の前国王の王女は遊び好きのワガママお嬢様であったというが、このメイフィアの王女は優秀すぎて、逆に困るというのが彼の見解であった。
「マリー様も若いのに、習わしなどとおっしゃる。普通は我々年寄りが、若者に言われるセリフですよ。古来からの習わしで世界など救えません。救うのは絶え間無い人類の進化と英知ですよ。味方同士で争うパンティオン・ジャッジなど、茶番に過ぎません。いわゆるショーですな」
マリーは眉をひそめた。この男、ここまで言う以上、単に自分たちに協力しないだけでなく、必ず潰ししにくると直感したのだ。
「パンティオン・ジャッジはショーではありません。戦うことで経験を積み、魔力を高め、また、4つの国の協力体制を作る上で重要な儀式です」
「4つの国をまとめるという意味では、悪い制度ではありませんな。現に国軍を中心とする多国籍軍は、我々、メイフィアを中心に組織することになったのは、マリー様たちのおかげですよ」
そう同じく部屋にいたゼファート国防大臣が言った。マリーはこの男がカイテルの部屋にいる時点で、腹ただしい思いであった。国防大臣は女王の任命で軍を統括するのが役割である。言わば、女王の代理である彼がわざわざ部下の部屋に足を運び、まるで部下のように接していることが気に食わなかった。元々、貴族の序列による順番で国防大臣になった人間なので、能力がないのは分かるが、このような人物が国難の時に要職にあることはメイフィアにとっては不幸そのものである。
母であるマリアンヌ女王は、無能ではない。だが、貴族の既得権に配慮しないとやっていけないほど国の組織が硬直化しているのだ。
(一度、壊れないとこの状況は打開できない。だけど、危機がすぐ迫っているのに彼らを粛清することは得策ではない。どうすればいい?)
「マリー様、ご心配には及びませんよ。多国籍軍の組織化は順調です。そちらのトリスタン連合艦隊よりも戦力は充実していますよ。それに我々にはメンズキル対策もある。もうお嬢様方を危険な目には合わせません」
そうカイテルが笑いながら右手を軽く上げた。その目は(王女は王宮で恋愛ごっこでもしてろ!)という侮蔑の色があった。右手の合図はもう退席しろという意味であったが、マリーは無視した。
「総参謀長、多国籍軍と言っても主力はメイフィアとタウルンで、ローエングリーンは女王に反旗を翻した貴族連合軍でしょう。カロンに至っては、参加もしていないのです」
マリーの言うとおり、ローエングリーンの現女王シトレムカルルは、全面的に協力して、自ら、近衛艦隊を含む主力艦隊を率いてオレンジ島に向かっていた。カロンも同様で、族長の娘、怨情寺小夜を指揮官に全艦隊で協力する予定である。であるのに、パンティオン・ジャッジを制したメイフィアが一枚岩でないのでは示しがつかない。
「妖精女王は仮の王でしょ。内乱の結果でどうにでも変わる。カロンは元々少数民族の霊族の国。参加しようがしまいが、この戦いに影響はないでしょう。奴らの領土を守備しなくて良い分、こちらの戦力が分散しなくてよい」
「霊族を見捨てるのですか?」
「協力しなければ、それなりの対応をするということですよ。もうお帰りください。軍としても貴重な戦力を最大限、マリー様に譲渡しています。これ以上の協力はできません。要求をなさるなら、マリー様ではなく、パンティオン・ジャッジの覇者であるフィン・アクエリアス提督にお越し願いたいですな。アドミラルのお加減はどうですか。まだ、傷が癒えないようですが。異世界の勇者とやらも同様と聞きますが」
「アドミラルはいずれ回復して、連合艦隊の指揮を取ります。平四郎さんも勇者にふさわしい役割を果たすことでしょう!」
マリーは後ろに控えているシャルル少佐に目配せをした。軍が協力をしないことはこれではっきりした。はっきりした以上、こちらの打つ手も変わるし、相手も次のカードを切ってくるだろう。ここでグズグズしていては、相手の思う壺にはまる可能性もある。マリーはシャルルを伴って部屋を出た。
「カイテル閣下、あのまま帰して良かったのですか?」
ゼファート国防大臣がマリーの美しい後ろ姿を名残惜しそうに見送り、閉まったドアに視線を合わせながらつぶやくように言った。
「ここで逮捕してもよかったが、王女は国民に人気がある。それに副官はアンドリュー公爵の子息だった。ここでことを急いては、思わぬ反撃に足を救われる。あの小娘の名声を地に落としてから、ゆっくりと可愛がってやる。ああいう跳ねっ返りの高慢ちきな小娘を屈服させるのがたまらないわ」
「カイテル閣下が楽しんだ後、私にもお目こぼしを……」
「ふふふっ……あの女め。フィンもリメルダも合わせて、ベッドに侍らしてやる。パンティオン・ジャッジのハーレム完成だな。はっはは……」
カイテルとゼファートが卑猥な笑いをしているところに、連絡将校が慌ただしく部屋に入ってきた。
「閣下、ドラゴンの群れをスロットランド地方に追いやることに成功しました」
「群れの規模は?」
「Mクラス2頭、Sクラス3頭です」
「十分だな。ゼファート大臣、スロットランドの都市は……?」
「州都はベニングセン、人口2万程度の小都市です」
「うむ。大き過ぎず、小さすぎずとちょうど良い。住民にはこの戦いの貴重な役割を果たしてもらおう。これでマリーの名声は地に落ち、奴らを捕らえる大義名分が整う」
そう言ってカイテルは、いやらしく舌なめずりをした。マリーの美しい顔を汚してやるのだと思うと興奮が抑えられなくなる。
「マリー様、奴ら何かを企んでいますね」
部屋を出るとシャルル少佐がマリーに話しかけた。貴族議会議員の父からも軍の不穏な動きを聞かされていたが、ドラゴンの出没が頻発するにつれて横柄な態度が目立ってきている。
「少佐、彼らが連日、マスコミを使って多国籍軍をアピールしていることは知っていますね。その線から推測するに、何らかの手を使って私たちを貶めることを考えるでしょうね」
「スキャンダルですか?」
「スキャンダル程度なら良いのですが……」
マリーが考えるに、国民の支持を取り付けたら、間違いなく軍はクーデターを起こすに違いない。反対派を逮捕して粛清するだろう。女王である母も例外ではない。
(そんなことをさせるものか!)
そう思いながら、クロービスに設置したトリスタン連合艦隊の仮司令部のある建物へと向かった。王宮内にある一室である。
(本部はオレンジ島にあるため。主にオレンジ島とメイフィア政府との連絡調整のために設置したのだ)
そこではもう一人の副官、シャルロッテ中尉が部屋を追いつきなく歩き回り、マリーとシャルルの帰りを待ちわびていた。ドアが開いてマリーが入ってくるのを見ると慌てて駆け寄ってくる。
「マリー様、大変です」
「どうしたの? シャルロッテ」
「平四郎さんとリメルダさん、あと大きな猫が封印の間に向かいました」
「何ですって! あそこには立ち入り禁止の命令がしてあったはずです」
「それがマリー様の偽の許可証を持っていたようで、護衛の兵士が通してしまったようです」
「あなたはそれを聞いて、何もしなかったのですか?」
「いえ、止めたのですが…平四郎さんが恐ろしい目で(どけ!)と言うので…あれは、勇者ではなく、魔王様の目でしたわ!」
(ふう~。この子、優秀なんだか、天然なのか…)
「で、彼らは今どこに?」
「おそらく、封印の間でフィンさんを開放している頃かと」
「まずいわね」
マリーは思案顔でそう言った。いずれはこうなると分かっていたけれど、予想よりも早かった。リメルダが思っていたよりも平四郎に惚れ込んでいたことを読み間違えたとマリーは反省した。事情を知っていて妹にも話さなかったシャルル少佐は、マリーに決断を促した。
「フィンさんが解放されるとこのクロービスにドラゴンが殺到してくる可能性があります。マリー様、彼らに話す時が来たようですね」
「やはり話さなければならないようですね」
マリーは辛い選択をしなくてはならないことに気が滅入ったが、それでもトリスタンの民の生命がかかっていると考えると、この嫌な役目を果たさなきといけないと決意した、マリーは急ぎ、シャルルとシャルロッテを伴って王宮の地下にある封印の間に向かったのであった。




