第27話 VSカロン首長国連邦 ~ペルセポネの戦い(9)
「霊族艦隊、完全に沈黙しました」
副官の報告にヴィンセントは満足そうに頷いた。この決勝戦が始まってからヴィンセントは実に地味に、それでも能力に見合った戦いぶりをしていた。マリーの指揮の下、最新鋭戦艦マクベスを操り、有効打撃を霊族の前衛艦隊にぶつけていた。
4隻の前衛艦隊を圧倒し、ついには殲滅することに成功していた。だが、この戦いについてはヴィンセントは自分の役割は終わりだと思っている。今更、レーヴァテインの後を追ったところで、戦闘に間に合わないからだ。
(さて、僕の予想が当たれば……面白いことになる。いずれにしても「竜の災厄」を乗り超える手段を僕は手に入れるだろう。トリスタンに真の平和をもたらすのは彼女ではない。あの忌々しい異世界の男でもない。そしてドラゴンどもでもない。ヴィンセント・ド・ノインバステンがトリスタンの救世主として名を残すことになるのだ)
「ヴィンセント伯爵、地上より高速通信が入っております」
「なんだ?」
「暗号通信ですので、ヴィンセント閣下の端末に送ります」
ヴィンセントは端末に送られた通信文を翻訳した。その文を見て不機嫌な表情をする。マクベスのモニターにマリーが映った。コーデリアⅢ世からの通信である。
「これはこれは、マリー王女殿下」
「前衛艦隊は撃破しました。今からでは間に合いませんが、本艦は敵の旗艦に向けて前進します。あなたはどうしますか?」
「今更行っても無駄でしょう」
ヴィンセントはマリーの美しい顔と先ほどの暗号通信の中身を重ね合わせる。ヴィンセントを不愉快にさせたのはモニターに映っている美しい王女なのだ。ちなみにヴィンセントの答えは決してレーヴァテインを見殺しにするというわけではない。どんなに急いでも戦いには間に合わないのは間違いないのだ。先程から続いていた霊子弾による攻撃がやんでいる。これはレーヴァテインが敵の旗艦と交戦している証拠である。
「無駄なことはわかっていますが、戦いの結果を見るのがわたくしの務めです。あなたはここで救出活動をしなさい。メイフィアの兵士も霊族の兵士も分け隔てなく救出するようにしなさい」
「はいはい、マリーちゃん、わかっていますよ」
いつもながら不敬な従兄弟の言い草にマリーは美しい眉を少しだけ上げた。この目の前の男がトリスタンの存亡に関わる重大な陰謀を企んでいるという証拠を掴んでいるのだ。
「ヴィンセント伯爵。あなたの思い通りにはさせませんから」
プツっと通信が途絶えた。ヴィンセントは自分の席のモニターを眺める。
軍の特殊部隊により、今朝、新聞記者を奪われました。重要な書類も回収されてしまいました。信徒は動揺していますが、大神官様のお言葉でなんとか平静を保っています。
ドラゴン教の総本山に残してきた腹心の部下からのメールであった。いずれマリーに気づかれると思っていたが、こんなに早く手を打たれるとは思っていなかった。あの新聞記者がマリーの手の者であったということだろう。
(ふん……まあいいだろう。マリーがいくら優秀な子でも、短時間ですべてを解明できるわけでもなし。せいぜい、フィンの力を抑えることぐらいしかできないだろう)
ヴィンセントは決勝戦が終わった後に起きるイベントを思うと笑いがこみ上げてくる。全ては自分の手のひらの上で起きているのだ。
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またもや、小夜はガバっとベッドから体を起こした。目は開かれたまま、首をギギギ……と90°に向けた。
「まずいぞな! 吉備津、四谷少将の前衛艦隊はどうなった?」
「メイフィア艦隊に撃破されたとのことです」
「高速巡洋艦は?」
「先程から音信が途絶えています」
「ムムム……。どうもゆっくり眠れないと思ったら、我が艦隊が押されているではないぞよか? レーヴァテインの位置は?」
「まもなく、デストリガーの射程距離内に我が艦を捉えます」
「勝利の方程式にいささか、変更を加えることが必要となったぞな。地獄の門を機動。それに(幽霊の気まぐれ)の回避運動開始。ケケッ!」
地獄の門とは、左回りに回転しながら船を守る霧状のバリアである。妖精族との戦いで使った霊族の切り札である。通常の攻撃を完全に無効化することができる。だが、デストリガーは無効化できず、地獄の門は失われてしまう。そこで、使うのが「幽霊の気まぐれ」。
小夜の指示で3秒おきに消え、右左3つ分の空間に弁財天を移動させることができるのだ。現れる空間は、小夜が任意で決めることができるが、消えるタイミングは一定であるために、着弾場所を読まれると狙われることもあるが、それも確率は6分の1である。
(ケケケッ……。まず、我の気まぐれを読むことなどできぬぞよ)
「まもなく、敵旗艦弁財天を射程距離内に捉えます」
「敵、地獄の門を展開しつつありますうううう」
プリムちゃんの報告とミート大尉の声が平四郎の耳に入る。ここまで、霊子弾頭弾をかわしたり、強化された魔法シールドで弾いたりしてきたが、その守勢もここからは攻勢に出られるターニングポイントとなった。敵のアウトレンジ戦法の優位が失われ、ここからは砲撃戦の殴り合いが可能であったからだ。
だが、弁財天は霊族の防御シールドである「地獄の門」を展開しつつあった。濃厚な霊子を完全体にまとわりつかせ、それを左回りに渦を任せて、空中艦の魔力エネルギー弾を吸い込み、弾き、無効化してしまうのだ。
(妖精女王はあれを超強力な魔力エネルギー攻撃で無効化した)
超強力な魔力エネルギーとは、デストリガー並みの攻撃だ。
(ならば、こちらもデストリガーであの地獄の門を吹っ飛ばすしかない)
問題は敵のランダムに消えては現れる謎の行動であろう。今も地獄の門を展開させつつ、艦の位置を変えている。一瞬消えたかと思うとすぐ隣に現れ、また、消えたかと思うと今度は3隻分左に現れるという艦隊運動をしているのだ。
「あれではデストリガーをどこへ撃って良いか分かりません。ナセルの馬鹿に決めさせるのはダメだわ」
さすがミート大尉、よくできた嫁だ。でも、自分の夫に運命を委ねる気はないのか? である。また、仮にデストリガーで地獄の門を無効化しても、エネルギー不足になるれヴァテインは魔力シールドが晴れず、敵艦隊の攻撃になすすべもなくやられてしまうだろう。
現在はフィンと平四郎のコネクトの強力な魔力で構築したレインボーのシールドが四方八方から繰り出される霊子弾頭弾の雨を防いでいた。その数、毎分3000発。さすがにシールドも徐々にその防御力を奪われていく。
「デストリガー、準備急げ!」
平四郎はそう命じた。エネルギーゲージがどんどん上がっていく。平四郎は迷った。まずは、消えては現れる弁財天をどうやって捉えるかである。横に船六個分の空間を移動する弁財天に命中させないといけないのだ。さらに仮に地獄の門を消し飛ばした後に、トラ吉の奇襲が成功しなければ、勝利することができなかった。
(くそ! 仮にデストリガーの準備が出来ても、どこにぶっぱなせばいいのだ?)
平四郎は悩んだ。どんなに強力な攻撃も当たらなければ意味がない。ふと気がつくとメイド長のアマンダさんがローザを連れて自分の席の傍に来ていた。そう言えば、ローザはこの船にメイドとして乗り組んでいた。(父親との約束でパンティオン・ジャッジ国内予選終了までということだったが、どういうわけかトリスタン代表選まで本人が続けると申し出た)アマンダさんの教育のおかげか、目立たず、騒がず、地味にメイドの仕事をこなしていた。あのゴージャス浪費レディだった頃と比べると別人である。
そのローザが珍しく平四郎に話があるという。
「わたくし、あの船の次の位置がわかります」
「へ? ローザさん、そんなことが分かるの?」
平四郎はそう聞き返した。平四郎としてはローザには何も期待していない。今はメイドでおとなしくしているとはいえ、ちょっと前までは湯水のようにお金を浪費する金持ちバカ娘であったからだ。その魔力も公女にはふさわしくない力しかなかった。
「簡単ですわ。ギャンブルだと考えれば、こんな分の良いギャンブルありませんわ」
「ギャンブル?」
「はい。ギャンブルです」
ローザはそう言った。彼女は超金持ちのわがままお嬢様であった。パーティ大好き、遊び大好きのお人である。当然、ルーレットを含むギャンブルはやりこんでいた。
「わたしはいつも、64分の1を当てに行ってましたの。ディーラーの癖、過去の傾向、場の流れををつかめば、それを当てるのは難しくはないわ」
「いや、でも、ギャンブルの場合、確率だから考えても一緒かと……」
「平四郎様、それは違いますわ。カジノならディーラー、今は敵の指揮官。人間が改ざんするとその確率は随分と偏るんです。今回は6分の1を当てるだけですから、わたくしにとっては朝飯前です」
そうローザが幾分、昔を思い出して喋り始めた。手には横に並べられた6つの正方形が描かれた紙を持っており、戦闘が始ってから弁財天が現れた回数が書いてある。それ元に、ローザは予想をしていく。今回のお仕置きでしゃべる機会を極端に制限され、メイドの仕事に専念していたので、このギャンブルもどきの作業をうれしそうに行っている。
「デストリガーエネルギーフルチャージ完了。平四郎、どこを狙う!」
ナセルの声が響く。ローザがこれまでに出現した場所を6つのエリアに整理し、回数を書き込んだ紙をじっと見る。そして、言い放った!
「ど真ん中!の三番、同じ位置」
最初に弁財天が鎮座していた場所が3番であった。そこから左へ2番、1番。右へ4番5番6番である。平四郎はローザの勝負師としてのカンにかけた。ローザのラッキー運にかけたのだ。だてに財閥令嬢として生まれてゴージャスな暮らしをしているだけでない。こういう人物は憎らしいぐらい幸運なのだ。それに平四郎は駆けた!
「よし、フィンちゃん、いくよ」
「はいです」
平四郎のフィンの間に金色の糸が結ばれる。コネクトの上級バージョンだ。
「さあ、激アツの時間だ!」
「デストリガー、バーニング・ストライク、撃つです!」
二人の声に合わせて、ナセルが思いっきり、トリガーを引く。凄まじい、魔力エネルギーがレーヴァテインから発射された。真ん中の三番にいた弁財天は、ふと消えるとうっすらと幻影を漂わせ、現れた。現れた先は……。
そう! 三番であった。




