第27話 VSカロン首長国連邦 ~ペルセポネの戦い(5)
ペルセポネー島は霊族領地で、ロマーリアの西方にある地面にある大きな島である。トリスタンの世界はかつてドラゴンの破壊により、地上の海も大陸も汚染され、そこは人が生きていく場所ではなくなっていた。ペルセポネーはそんな汚染された大陸近い大きな島である。大きさは日本で言うなら九州ほどであろうか。
かつては豊かな森林に覆われていたであろう島は、ドラゴンの毒液により変化した大地になっていた。海も酸の海で生き物はいない。パンティオン・ジャッジ決勝戦は、このペルセポネー上空で行われる。上空にはディープクラウドではない雲に覆われているが、ところどころは雲が切れていて青い空が見えている。遮るものがない広大な空間である。
霊族の怨情寺小夜の率いる艦隊は、先に布陣していた。マリーが「サテライト・アイ」看破したとおり、前衛艦隊が突出して、メイフィア艦隊を食い止め、はるか後方からアウトレンジ攻撃をする構えであった。
「小夜様。前衛艦隊、4隻の戦列艦、指定の位置に着きました」
「了解したぞな。ケケッ! 前衛艦隊の四谷少将を出せぞな」
怨情寺小夜は、旗艦弁財天で指揮をとっているが、そこは畳が敷かれた高台に布団が敷かれている。豪華な金刺繍の羽毛布団から体を起こしている。殺伐とした戦艦の艦橋とは思えないが、これこそ「スリーピングビューティ」と呼ばれる所以である。
前衛艦隊の司令官である四谷少将がモニターに現れた。右目に眼帯をしているヒゲズラの中年の男だ。霊族特有の青白い顔ではあるが、美形という特徴は受け継いでいない。中年のおじさんで妻も子もいる所帯持ちだが、小夜への忠誠心は異常なくらいであり、いつでも命を差し出す勇敢なおじさんだ。忠誠心では小夜が信頼して旗艦の艦長を任せている吉備津少将と同等である。
「はっ! 小夜様」
「四谷……分かっているなぞな。お前は負けない戦いをすればいいぞな、ケケッ」
「分かっております。我らが時間稼ぎをすればするほど、敵さんは戦力を徐々に失っていくわけですから。小夜様、長時間の戦いになりますが、ゆっくりお休みしていてください。スリーピングビューティと称されるあなた様によい目覚めのニュースをお伝えします」
「うむぞな。頼むぞな。吉備津、弁財天の攻撃はわれの言った通りにな、ケケッ。あと、高速巡洋艦2隻の目標はおおよそ検討ついたぞな?」
吉備津少将はそう小夜に端正な顔を向けた。彼は20代後半のエリート軍人であった。霊族の中でも武を司る一族で、昔から小夜の一族を守る役割を担っているのだ。吉備津は少年の頃から小夜の護衛官をしており、小夜が霊族代表提督になるにつれて出世したのであった。
「はい。小夜様のご指摘通りのところにいるようです」
「では、それの処理は頼むぞな。ケケッ。だんだん、眠くなってきた。この戦いはわれが眠ってる間に決着が着くことを願っているぞな。ケケッ!」
「おやすみなさいませ。小夜様の指令通りに戦い、お目覚めになるときには勝利をご覧に入れます」
「うむ。それでは寝るぞな」
小夜は指揮所に設けた布団に潜り込んで眠ってしまった。彼女がスリーピングビューティと称される理由だ。あらかじめ、決めておいた作戦通りに事が運ぶので、戦いが始まれば彼女の仕事はほぼないのだ。前回の戦いでは、妖精女王シトレムカルルの奮戦に寝る暇がなかったが、今回は十分な準備期間があったので、いつもの通りのスタイルを取ることができたのだ。
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「敵艦4隻、すべて戦列艦です。あと2分で射程距離に入ります」
「おかしいな? 巡洋艦2隻はどこへ行った?」
前衛を任されているメイフィア艦隊戦列艦ミノスの艦長、ラーケン大佐は敵の艦影を遠くに見た。魔法レーダーを駆使すれば、長距離ミサイルによる攻撃もできたが、それはほとんど効果が期待できないので、お互いに相手の防御バリアを削り取ることができる主砲での砲撃戦となる。メイフィア艦隊の場合、デストリガーをぶっぱなす作戦もあったが、霊族との戦いにおいて、不用意に使うことは死を意味した。
「ラーケン大佐、霊子弾頭弾、多数、ワープアウト!」
「あれが妖精女王が苦戦したという、突然現れる攻撃か?」
突然、空間を切り裂くようにして、弁財天から放たれ、メイフィア艦隊の至近距離で姿を現すのだ。
「対空砲でできるだけ、落とせ! 防御バリアの耐久力を少しでも延ばすのだ!」
「艦長命令、対空砲、全開で敵の霊子弾頭弾を撃ち落とせ!」
そうオペレーターが対空砲の各部署に命令を出す。
「戦闘のミノス、ケンタウルス、敵の霊子弾頭弾の攻撃を受けていますううう。本艦もまもなく、敵の射程距離に入る予定ですううう」
そうプリムちゃんが伝える。平四郎は両脇の戦列艦マクベスとオクタビィア、後列のコーデリアⅢ世に守られているとはいえ、これから雨のように降り注ぐ、霊子弾頭弾をどう交わしてこの戦線を突破するかを考えていた。デストリガーを撃つ選択はない。デストリガーを撃つ際には魔法力を全て使う。その際に一時的に防御シールドが0になる。霊子弾頭弾の雨をくらえば、戦列艦でも一撃だ。
(こちらは戦列艦5隻と巡洋艦1隻だ。数で押せるか)
そう平四郎は期待したが、戦闘が始まると20分でその考えが甘いことが分かった。敵は無理せず、持久戦に徹していた。距離を取り、強烈なダメージを食わないように警戒し、霊子シールドを巧みに使ってこちらを攻撃してくる。多少、有利なメイフィア艦隊の火力も雨あられと浴びせられる弁財天からのアウトレンジ攻撃に防戦一方で、その威力を発揮できない。
「もっと、魔法シールドを強めろ! 霊子弾頭弾に対する防御が甘い! 対空砲は何やっているのだ!」
「ラーケン大佐、霊子弾頭弾は、突然、空間に現れるので対応が後手後手に回ります」
「レーダーに頼るからだ! 目で見て対応するんだ!」
ラーケンはそう叱りつけたが、それもあちらこちらの空間から、突如、現れ、10秒もしないうちに直撃してくるものを打ち落とす困難は理解していた。だが、撃ち落とさねば、撃沈されるのは確実だ。
「右方向、霊子弾頭弾およそ30発、シールドが破られます!」
「なんだと!」
鈍い衝撃音の後、激しい揺れが艦内を襲う。艦内の照明が非常用の赤いものに変わる。
「被害状況は?」
戦列艦ミノスの艦長、ラーケンは体勢を立て直し、そう問いただした。オペレーターが各モニターを点検して、刻々と判明する被害状況を報告する。
「甲板第1層貫通。第2ブロック破壊。第1副砲及び主砲破壊。艦の前方に集中被弾したの模様」
「くそが! シールドの耐久力は?」
「20%ほどです」
(20%だと? それでは、敵の主砲の攻撃が防ぎきれないではないか!)
ラーケンがそう思ったとき、すさまじい光が艦橋に差し込んだ。隣で戦っていた戦列艦ケンタウルスが爆発炎上しながら、下降していくのが見えた。霊子弾頭弾の雨を浴びて、シールドを失い、霊族の戦列艦の集中砲火を浴びてついに耐え切れなくなったのだ。
「ケンタウルス、航行不能。完全に沈黙! 霊子弾頭弾、左上、11時の方向、およそ40発。ケンタウルスに命中します!」
「あ、あああ!」
ラーケンが叫ぶと同時に戦列艦ケンタウルスが爆発して真ん中から折れて、四散するのが見えた。次は自分たちの姿だとラーケンは思った。
「簡単に沈んでなるものか。全砲門、敵先頭の「風雷」に集中せよ!」
「艦長、敵戦列艦より直撃、来ます!」
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「マリー様。ミノス、ケンタウルス、共に撃沈」
「このままでは、まずいわね。コーデリアⅢ世、前進。艦隊の先頭に出ます。フィン提督に連絡」
「レーヴァテイン、出ます」
「マリーです。フィン提督。コーデリアⅢ世で壁を作ります。マクベスとオクタヴィアで敵の戦列艦を食い止めます。レーヴァテインはそこを突破してください」
「マリー様、それではコーデリアⅢ世がもちません」
「マリー様、無理しないでください」
「平四郎さん、このままではジリジリとこちらが消耗するだけです。敵は負けない戦いに徹しています。距離をとって隙をみせません。強引に仕掛けないと身動きが取れなくなります」
いつも完璧な戦略、戦術で「完璧なマリー」と称されるマリーは慎重に事を運ぶのが常であった。その人がこの方法を取らないといけない程、状況はまずいということだと平四郎は感じた。
(確かに、このままではジリ貧になる。敵の隙をついてと思ったけれど、ここまで、敵の艦隊運動は完璧で、付け入るスキがない)
「分かりました。マリー様。コーデリアⅢ世がつくったチャンス、生かしてみせます」
「ふふふ……。異世界の勇者の力をまた見せてもらいますわ」




