第27話 VSカロン首長国連邦 ~ペルセポネの戦い(3)
みんながレーヴァテインの作戦室から退出したのを見届けて、平四郎は敢えて残ってもらったマリー、フィン、リメルダ、トラ吉、ナアム、ナセルとミートの夫婦に自分が準備している切り札について話そうとした。だが、その前にマリーの方がフィンに苦言を呈した。
「フィン提督。今回は旗艦をレーヴァテインからコーデリアⅢ世に代えてください。理由はお分かるわね?」
フィンはこくりと頷いたが、それは旗艦を変えるということに同意したわけではなかった。
「今回は敵の前衛艦隊と戦いながら、小夜さんの長距離攻撃を防ぐ必要があるです。守備力の高い戦列艦がふさわしいということでしょう?」
「そこまで分かっていれば、旗艦を代えることを了承ということね? 艦長は平四郎さんに代えても良いのですから」
「いいえ。レーヴァテインを旗艦とします。平四郎くんもそのまま、レーヴァテインの艦長です」
「なぜ? 合理的ではないわ。いくら周りを戦列艦に守ってもらおうと、雨あられと降ってく霊子弾頭ミサイルをすべて防げません。巡洋艦の魔法シールド、装甲では危ないです」
「ですが、レーヴァテインはマイスターの平四郎くんが改造をしてくれているです。その防御力は戦列艦に負けないです」
「いくら異世界の勇者が整備しているからといって、総合的な能力ではまだコーデリアⅢ世には及ばないわ。この船はメイフィアの……、いいえ。トリスタンを救うために開発された船だからです」
マリーはきっぱりとそう言った。コーデリアⅢ世は姉が残してくれた希望であると信じていた。だが、フィンは首を横に振った。
「だからこそ、マリー様が乗るべきだと私は思うです」
「フィン……」
マリーは知っている。あの事故で姉が救った少女がフィンであることを。それを知ったのは第1魔法艦隊の提督になってから。それまでは姉の事故については極秘事項でマリーすら知ることはできなかった。このトリスタンではドラゴン絡みの事故は秘密裏に処理されるのだ。小さな時から控除候補として競ってきたフィンが姉と接点があったことを知ったとき、マリーは運命を感じていた。このように第5公女のフィンが代表提督になり、自分が彼女に使えることになったことをだ。自分も姉のようにフィンを守るために存在するのではないか。フィンがこの世界を救う鍵になるのではないかという予感である。
「マリー様。それに勇者様は何か考えがあるようです」
フィンはそう言って平四郎の顔を見た。平四郎の考えを何もかも見抜いていますよという表情である。平四郎はフィンにそう思われて少し嬉しかったが、フィンは平四郎の考えた戦術を理解しているわけではなさそうだ。
「マリー様、霊族の前衛艦隊を一方的に撃破して、弁財天に迫り、デストリガーを撃って戦いを決めるということは、現実的じゃないと思うんだ」
「そうでしょうね。戦力は互角。こちらは弁財天の霊子弾頭弾の雨を防ぎながらの戦いです。デストリガーも満足には撃たせてもらえないでしょうね」
そうマリーは答えた。「完璧なマリー」と揶揄される才女だ。
「勝つためにはやはり、敵の前衛艦隊との交戦中にレーヴァテインの高速を生かして、敵中を突破。敵の弁財天にデストリガーを使うしかない」
平四郎の意見だ。敵の前衛艦隊は戦列艦が中心だから、チャンスがあればレーヴァテインのスピードで突破できる可能性はあった。セミファイナルで善戦した妖精王の戦い方は、平四郎たちに多くの示唆をもたらせてくれた。悠然と構える敵には接近戦による殴り合いが一番だ。霊族の艦隊はアウトレンジ攻撃は強いが打たれ弱いのだ。接近戦に持ち込めば、俄然有利になる。だが、マリーは懸念をいくつか述べた。
「それだと、2つの点で問題があります。首尾よく、デストリガーを撃てたとして、先ほど言ったとおり、敵の瞬間移動にどう対処するつもりですか? デストリガーは連発ができません。第2に例え命中して、地獄の門を消し飛ばしても、撃った直後は艦が攻撃も守備もできなくなることはこ存じでしょう。妖精族女王が負けた時と同じ状況が再現されるだけです」
「さすが、完璧と称されるマリー。敵の瞬間移動にはまだ対抗案はないけれど、デストリーガー後の攻撃は、実は考えているんだ。トラ吉、リメルダ、説明してくれ」
平四郎はトラ吉に説明を促した。
「オホン。実はオイラは平四郎の旦那に命じられて、ローエングリーンの防空部隊をスカウトしてきたんだにゃ」
「ローエングリーンの防空部隊って、ケットシーの長靴中隊?」
「さすが、マリー様にゃ。それが分かれば、平四郎の旦那の作戦が理解できますにゃ」
「平四郎さん。あなたの元いた世界では、航空母艦から発進した航空機による攻撃が海戦の主流だと聞いたことがあります。しかし、それはこのトリスタンでは通用しないとされています。理由は分かりますね」
マリーは幼い時に平四郎がいた世界。日本に留学していたことがある。そこで戦史の勉強もしたのだ。第2次世界大戦での航空母艦での海戦。その後の近代戦での空母の役割も学んでいた。平四郎のいた世界では通用することもこのトリスタンでは役に立たない。
それは平四郎も承知していた。この世界に来て1年を経過しているのだ。空中武装艦の特徴を考えれば答えにたどり着ける
「魔法によるレーダと防御バリアの存在。小さな航空機の火力では、空中戦艦の防御は破れない。さらに、ドラゴンには航空機のちまちました攻撃は意味がないから……かな」
平四郎の言うとおり、このトリスタンには航空母艦を中心とした航空機による攻撃方法がない。航空機はあるにはあるが、それは移動や偵察用に過ぎず、それを攻撃の中心にもってくる発想がなかったし、それをする価値もなかった。だが、平四郎はマリーに自信あり気に説明をした。
「用意したのは、ケットシー用の航空機。2発の対艦ミサイルを装備している戦闘機だ。ケットシーの長靴中隊っていうのは、式典用のデモンストレーションをする部隊って聞いているから、かなり曲芸的なことができるだろう」
「長靴中隊のケットシーは、オイラの知り合いにゃ。オイラも隊の一員で活躍していた時期もあったんだにゃ。ここの猛者なら、戦列艦の対空砲火をかいくぐって、攻撃するくらいわけもないにゃ」
「無論、戦列艦には防御バリアがあるだろうから、戦闘機による攻撃は通用しない」
ここまで聞いてマリーは平四郎の作戦が理解できた。小さい戦闘機には破壊力はないが、一瞬のすきまを狙うことはできる。僅かな隙をついて攻撃すれば、予想外の攻撃をすることができるだろう。
「なるほどね。デストリガーで地獄の門を消し飛ばした後に、上空から戦闘機による攻撃を加えれば、弁財天の誘爆を誘って、火力不足を補える可能でもあるというわけね」
「鉱石運搬用のタンカーを改造して、急ごしらえの航空母艦を改修している。これに戦闘機を18機積み込む。この急ごしらえの軽空母、名前は……そうだな。敵に一刺ししてトドメを刺すのだから、ハニービーと名付けよう。これをリメルダに動かしてもらう」
「平四郎、私、がんばるから」
前回の戦いで自分の専用艦ブルーピクシーを失ったリメルダには、この戦いに積極的に参加することができることがうれしかった。
「小夜さんは、あれでも霊族の名将と呼ばれる人です。そんなにうまくゆくとは思えませんが、手を打っておくことに依存はありません。いいでしょう。7隻しか参加できない艦隊に1隻をそういう形で回すことは、感心しませんが、リメルダさん次第で逆転のチャンスがあるかもしれません。わたくしは、今回、コーデリアⅢ世で指揮を取ります。敵の前衛艦隊を打ち破ることに専念します。フィン提督、平四郎さん、タイミングを逸しないように……まあ、これは平四郎さんには必要のないアドバイスでしょうけどね」
そうマリーは微笑んで、シャルル少佐を伴って退室したのだった。リメルダもアンナによって、以前から改修を受けていたハニービーの受け取りに、プトレマイオス港の3番ドックへと向かった。
マリーは作戦会議が行われたレーヴァテインから降りると、自分が指揮するコーデリアⅢ世へと向かった。歩きながら、艦長のシャルル少佐と副官のシャルロッテ少尉に指示しておいたことへの進捗状況を聞いていた。
「マリー様。ラピス嬢の件、既に特殊部隊が救出に成功したとのことです。ただ、魔法で眠らされていて、しばらくは意識が回復しないとのことです」
「そ、そう。命には別状はないのですね。よかった。彼女の護衛には万全を期してください。シャルル少佐」
「はっ」
「で、シャルロッテ少尉、あなたの方は?」
「ヴィンセント伯爵の件、マリー様の睨んだ通りです。先ほどの男は影武者です。本人はドラゴン教の本部から、現在、このクロービスに向かっているとのことです。出航の日には入れ替わるのではないでしょうか」
「やはりね。彼がドラゴン教の幹部をしていたなんて、急に信心深くなったわけではないでしょうに……。調査は続けさせなさい。彼がフィンさんに執着する理由。ドラゴン教と関係あるのは間違いないわね」
マリーは以前から、気になることがあった。それについては、自分の情報網を駆使して調査に当たらせているが、断片的に明らかになる出来事をつないでいくだけでも、あまり嬉しくないことになっていくことに心が暗くなっていた。今回の決勝戦は、メイフィアにとってもマリーにとっても勝ちたい戦いではあるが、勝った時にマリーはフィンに対する疑念を確かにしてしまうのだと思っていた。
その後、マリーはシャルルとシャルロッテ少尉に命じて、エヴェリーンとルイーズ少将に任せてある、ファイナル終了後のトリスタン連合艦隊の基地になるオレンジ島の整備と艦隊に編入する船についての指示を行ったのだった。




