第27話 VSカロン首長国連邦 ~ペルセポネの戦い(1)
「小夜、小夜はいるか?」
「ケケッ……親父殿。小夜はここにいるぞよ」
怨情寺小夜はカロンの首都デ・ダナーンに戻っていた。首都といっても標高3000mを超える山々に囲まれた盆地の中にある。開けた土地にテントが所狭しと建てられている場所である。ここはカロンに存在する108の小部族が集う場所であった。テントと言っても族長が住むテントはかなり広い。サッカーコートがまるごと入る敷地面積に部屋ごとに区切られていた。族長のテントを囲むように一族のテントが立ち並ぶ。周辺には市場となるテント群や歓楽街のテントもある。
カロンには大小の部族は山脈地帯に同じような形態のテントの街を形成していた。デ・ダナーンはその中でもリーダーを務める部族が支配する場所なのである。リーダー役は4年に一度のくじ引きで決まる。108の部族が住む場所もくじ引きで決められるのだ。
小夜の怨情寺家は、このデ・ダナーンの地を6連続で引き続けていた。これは通常では考えられない奇跡であるが、部族は誰もが納得していた。怨情寺家に小夜が生まれてからずっとなのだ。カロン族の者はみんな、小夜のことを特別だと思っている。彼女こそが、このトリスタンを救うのだと。
小夜が生まれた時のことは、いろいろと逸話になって残っている。生まれた時に青い雷が3度落ちたとか、買っていたフクロウが首を360度回して意味不明の言葉を話したとか、生まれてきた小夜は眠っており、10日間も起きなかったとか。目を開けた時には、殺人を犯した凶悪犯が全員心臓麻痺で死んだとか。
(冷静に聞けば不吉な逸話ばかりであるが)
小夜の父親である怨情寺幽斎は、小夜が固く握っていた右手にドラゴンの歯が握られていたことを思い出した。この娘は特別なのだ。この世界を守るために生まれてきたのだと信じている。
「小夜。決勝戦の相手は魔法王国メイフィア。勝ってもらわなくてはな」
「親父殿。この小夜が負けると思うぞよか。ケケッ」
霊族はこのトリスタンでは少数である。人口規模ではわずかに1万人いるかいないかの規模である。山々で棚田を作ってコメを作り、家畜を放牧してのんびりと暮らしている。だが、山から貴重な鉱物や空中艦の燃料となる水素水が発見されてから、経済的に力をもとはじめ、今回のパンティオン・ジャッジに国として参加することが可能となったのだ。
「負けるとは思っていない。お前の予知夢を敗れるものなどはいないだろう」
「ケケッ……。よくわかっているな親父殿。だけど、メイフィアの代表、フィン・アクエリアスについては、我も予知できないぞよ」
小夜は決勝戦で戦う相手が、最も嫌な相手だと認識していた。小夜の特殊能力は予知能力。相手の行動をかなりの確率で予想し、それに対応する行動を綿密に計画することで勝利を得るのだ。カロン内でのパンティオン・ジャッジでは圧勝で勝ち上がった。最初に支持を出し、部下がそのとおりに作戦を実行するだけで勝利するというでたらめな能力なのだ。
(われが最も戦いやすかったのはマリーぞよ。完璧なマリーという異名をとるだけに、我には予想しやすいぞよ)
マリーの特殊能力「サテライト・アイ」は驚異的な情報収集能力で敵の布陣が全て見通せる能力。その情報によって作り上げられた作戦を予想するのは小夜には簡単であった。マリーが相手なら(スリーピングビューティ)とあだ名される小夜の独壇場だろう。
「第2公女リメルダも真面目なだけに思考が読めるぞよ。彼女の能力カルテットと幻惑魔法は驚異だが、予知夢がある我の敵ではない」
第4公女のリリムは絶対音感。第3公女ローザは特殊能力の存在がないと言われている。両方共驚異になりえない。フィンの特殊能力はマルチ。だが、小夜が恐るのはそれではない。異世界の勇者、東郷平四郎との間で発動する「コネクト」の能力である。もう一つはフィンと平四郎の心が読めないのである。彼女が天然で何も考えていないこともあるが、小夜が心の中を見透かそうとしても、フィンには得体の知れない力あって読めないのだ。平四郎の心が見透かせないのは、彼が異世界から来た人間だからであろう。
「フィンは侮れないぞよ。だが、メイフィア艦隊の作戦指揮を取るのはマリー。我は運がいいぞよ」
小夜はメイフィアに潜ませている諜報員からの報告を聞く。マリーが総参謀長になったという情報。そしてメイフィア艦隊の陣容。聞いた小夜はにやりと笑って、父親に不気味な顔を向けた。顔が人形のように端正なので余計に怖い。
「親父殿。作戦では我、カロンの勝ちは揺るぎないぞよ。それも親父殿が用意してくれる巨大戦艦によるぞよ。ケケッ……」
「うむ。分かっておるわい。愛娘に用意させてもらった」
幽斎がそう言うと、テントの天窓を部下が開けた。巨大な要塞型戦艦が浮かんでいる。小夜はそれを見た。前乗っていた「大黒天」は妖精女王シトレムカルルに破壊されてしまったから、新たに作ってもらった船だ。
「小夜様。弁財天でございます」
小夜の片腕であり、旗艦艦長の吉備津大佐がそう巨大戦艦を指差す。そしてその周りに遊弋している空中武装艦。パンティオン・ジャッジ決勝も7隻同士の戦いとなる。戦術の駆け引きが重要であった。
「小夜よ。我ら霊族はこの2千年間。何もしてこなかった。何にもしてこない結果が少数民族に成下がった結果だ。この戦いに勝ち、トリスタンを救えば我霊族は世界の中心となるのだ。いつも画面の端でボーっと幽霊のように映り込むことはない」
霊族は半肉体、半魂で体が構成される。写真に移れば上半身は写っても下半身は映らないという幽霊ショットとなる。
「親父殿。我は婿候補を見つけたぞよ」
「む、婿だと!」
霊族は霊族同士での結婚はできない。子孫が残せないからだ。霊族は他の種族と結婚して仲間を増やすのだ。霊族の男は他種族の女を妻に迎えて子を成す。生まれた子は足が半分見えない霊族の子供となる。霊族の女は逆に他種族の男の精をもらい子供を作るのだ。
「決勝戦で我が勝てば、異世界から来た勇者を婿にするぞよ。ケケッ!」
「ううむ。小夜に婿とは考えたくないが、小夜も年頃だ。気に入った男がいれば、その者に取り付くぐらいの執念でものにしろ」
「了解ぞよ」
(待っているぞよ……。東郷平四郎。お前はもうすぐ我のものぞ)
小夜は決勝戦が行われるペルセポネーの戦場に移動するために、父親に別れを告げた。




