第25話 ドラゴン教団(4)
ラピスは英衛士によって、司祭の私室に連れ込まれた。私室は30畳ほどあるスペースに執務用の机、応接セットが置かれ、奥にはキングサイズのベッドが見える。ここで夜な夜な女性信者とお楽しみなのだろう。
(相変わらず、この男は軽い。クロービスでも貴族令嬢から女性士官、メイドから、街で見かけた花売り娘まで、毒牙にかけたという好色漢。ここでも女性信者とお楽しみとは)
ラピスは、この司祭の素顔を見たら、さっさと逃げようと思った。ここで逃げると、今後の取材活動に響くが、情報を得るために体を使うのはラピスの信義に反した。
だが、第2司祭は部屋に入るとくぐもった声で笑い始めた。
「ククク……」
そして、ゆっくりと顔につけた仮面を外す。仮面の下の端正な顔が少しづつ公開されるが、同時に机のある後ろを向いた。
「ラピス・ラズリ。メイフィアタイムスの記者だな。こんなところにまで来るとは……」
仮面を机にコトリと置き、ゆっくりと振り返った。金髪のさらさらヘアが眩しいその顔。
ラピスの目に前に予想した通りの顔が現れた。
(ヴィンセント伯爵……)
「お生憎様。私はメイフィアタイムスは辞めました。今はフリー。あなたの悪事は自由に表に出せるのよ。あなたは現在、パンティオン・ジャッジに参戦中だったはず。どうして、こんなところにいるのですか?」
予想はしたが、それが現実とは思えないラピスは、そんな変な質問を口にした。
「おや、僕がそれを君に話す必要があるのかな?」
その声質、口調は紛れもないヴィンセント・ノインバステン伯爵である。ラピスには何が何だかさっぱりわからない。
「……。話してください。あなたの目的が分かりません。ドラゴンが復活し、世界が滅ぼされるというのに、一体あなたは何をしているのですか?」
「沈黙して語らず……というのが僕のようなクールな人間にはぴったりの行動ですが、僕は女好きでね。素敵なレディが何も知らずに生を終えるのは気の毒だ。特に知りたがりのジャーナリスト女にはね」
生を終えると聞いて、ラピスはビクッと反応した。おそらく、彼は自分を生かしてここから出すつもりはないのであろう。
「じゃあ、この世の最後にあなたの秘密を教えて頂戴」
ラピスはポケットにさりげなく手を入れた。緊急用の護身アイテムが入っているのだ。情報を聞くだけ聞いて、うまく逃げればよいのだ。
「僕の秘密とは、欲張りだね。君は……。全部、話していたら一晩中になってしまう。どうだろう。ベッドで語らうというのは?」
「遠慮しておきます」
(この男、本当に節操がない。これから殺すという女とベッドを共にする神経が分からないわ)
「仕方ないなあ。まあ、僕も忙しいからね。君のような美人に手を出さないのはもったいない話だが」
(あーっつ! じれったい。いいから、早く話せ、このバカ男!)
「君はこの世界がおかしいとは思わないか?」
「はあ?」
変な質問にラピスは思わず聞き返した。この男、一体、何を言い出すのだ。
「500年に1度復活するドラゴン。毎回、この世界の人間は滅ぼされる寸前まで追い詰められ、かろうじて生き延び、また、500年かけて今の文明を築き上げる。このトリスタンの人間はこの繰り返しをもう2000年も行ってきた」
「それは誰もが知っていることだわ。メイフィアの小学校で教えていますから」
「そんな災厄が500年という比較的短いスパンで繰り返されているのに、トリスタンの人間はこの後に及んでもドラゴンに関心をもっていない」
「それはドラゴンの驚異がまだ本格化していないから……」
「違うな。人間は都合の悪いことは棚に上げて、目先の安穏だけを追求する。そして、それが不可能になった時に嘆き、喚き、他人に責任を転嫁する。自分がその前に何を考え、するべきことをしなかったかを反省もしないのだ。ドラゴン教を信じるものは、その点はまだマシだ。少なくともドラゴンに対しては関心をもっている」
「関心を持っているって、ドラゴンを神と崇めること? 馬鹿げているわ。あれは人にとって災厄よ。あなたはドラゴンをなんとかできると思っているの?」
ラピスの問いにヴィンセントはニヤリと笑った。(この男、何かを隠している)
そうラピスは実感した。結びつけるとしたら、あの人物だ。
「フィン・アクエリアスとあなたのことを調べていたら、ドラゴン教徒との関わりの他に、フィン提督についてずいぶんと調査をなさっていたようですね。あなたのなさりたいことに彼女が絡んでいるのではないですか?」
「パンティオン・ジャッジで第5魔法艦隊に関心をもったそのジャーナリストの嗅覚。さすがだな。だが、君は真実を知ると絶望することになるだろう。知らないことの方がよいこともある」
「人間はね。どんな困難なことでも知っていれば乗り越えられるの。乗り越えることで人は進化する。ドラゴンとの戦いも進化がなければ人間に勝利はないわ」
「進化……。ラピス嬢、君のジャーナリストの勘は本当に素晴らしい。だが、進化するのは選ばれた者だけですよ。そして選ぶのはこの僕だ」
「何ですって?」
「おっと、話し過ぎだね。僕も口の軽い悪役にはなりたくないからね。それに知ったとしても、冥土に旅立つあなたには必要のない話しだ」
ヴィンセントは懐から銃を取り出した。そしてそれをゆっくりとラピスの心臓に向けた。銃口からわずか10センチの距離にラピスの胸がある。それは恐怖で大きく上下している。だが、その動きが一瞬止まった。ラピスは後ろへ仰け反り、手を着くとバク転をした。ドラゴン教徒の赤いローブが舞い上がり、赤いヒールがヴィンセントの銃を蹴り上げた。
銃が空中に蹴り上げられ、放物線を描いて地面に落ちて転がっていく。
ラピスはさらにバク転を繰り返して、ドアのところまで移動した。最後にドアの前に立った。そしてポケットに隠した小さな魔法銃(1発だけ撃てる)を向けてこう言った。
「ヴィンセント伯爵、それではお暇します。あなたの悪事はすべて公開します。これであなたは終わりですね」
銃で威嚇しながら、ドアを開けるとそこにはアン婆さんが立っていた。手には銃を持っている。
バスン……と鈍い音がした。
「うそ……アンさん、どうして、あなたが……」
後ろでヴィンセントの声が聞こえる。
「この婆さんは、僕が送り込んだ君の監視役さ。大丈夫、まだ死にやしないよ。神聖なるこの寺院で殺人はいけない。しばらく、眠ってもらうけど、その命はそう長くないよ。次、目覚めるときは、公開処刑の時かな。裁きを受けて、その身を捧げてもらおう」
ラピスは撃たれたところを見た。青く光っている。
(魔法銃によるスリープ……うっ……)
ラピスは目を閉じた。
「この女を地下牢に閉じ込めておけ。僕が帰ってくるまでの間は生かしておけ」
そうヴィンセントが騒ぎを聞きつけ慌てて、駆けつけた数人の衛士に命じている。そのよく通る声を遠くに聞いて、ラピスは深い魔法の眠りに全身が支配されていったのだ。




