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GIRLS FLEET ~竜を狩る公女(プリンセス)戦記~   作者: 九重七六八
3巻 パンティオン・ジャッジ トリスタン決勝トーナメント編
157/201

第25話 ドラゴン教団(2)

 ドラゴン教と称するその宗教団体は、ドラゴンを崇め、その出現が新人類を新たなステージに導くものだと教えている。ドラゴンによって滅びることが人にとって幸せであるとする教えである。

 

 神と崇めるドラゴンが実物として現れるのと、500年前にそれによって人類が滅びかけたこともあってトリスタンでは主要な宗教ではなかった。誰でも現実に死ぬのは嫌なものである。だが、その過激さ故、信者の中には狂信的な者も多数いた。また、最近はドラゴンのもたらす世紀末の審判から信者は救済されるという教えに転じたことも手伝って、ドラゴンの出現とともに、ここ最近、その勢力を伸ばしているのであった。


 ドラゴン教の信者は500年前の「竜の災厄」で殉死したドラゴンの歯で作られた小さなペンダントを首にかけ、ドラゴンをイメージした赤いフード付きのマントを着ている。それはあまりにも独特で分かりやすかったから、誰が見てもドラゴン教徒だとすぐわかる。


 信者は老若男女を問わずであるが、ドラゴン教の総本山が魔法王国メイフィアの第2都市サザンプトンの山中にあるためにメイフィアの民が多い。次にタウルン、ローエングリーンと続く。自身が幽霊みたいなものであるカロンは死生観が独特なため、この宗教を信じる者はほぼいない。


 第2都市サザンプトンは500年前の首都であり、「竜の災厄」の時にドラゴンと人間が激しく戦った場所でもあった。人間との戦いに殉死した尊いドラゴンが多く眠る土地でもあったのだ。山に入れば風化したドラゴンの骨や牙、角がサイズを問わず目にすることができた。


 信者は3年に1度は総本山の寺院にお参りするのが義務付けられているので、サザンプトンの港にはトリスタン各地から集まった信者を目にすることができる。信者はサザンプトンの街から、100キロ離れた総本山へ歩いて巡礼することが義務付けられていた。途中に設けてあるドラゴン教団の祭殿を7つ回り、それぞれ祈りを捧げてから、本殿に向かうのである。これを信者は「竜の苦行」と称して、修行の一環として行うのだ。


「さあ、みなさん、祈りなさい。ドラゴンの大いなる力を信じ、その力に身を委ねなさい。信じるものは来る人類粛清でも、生き残り再生の礎になることができるのです」


 ドラゴン教の司教はそう信者に語りかける。司教は赤いローブをかぶり、頭にはヘルメットのような小さなドラゴンの頭の骨をかむり、手の骨を飾った杖を持つ。彼らの教義の中では、ドラゴンを殺してはいけないというものがあり、これらの骨はサザンプトンに眠る聖なる遺体から作られた聖具なのである。H級やL級ドラゴンの骨から作られた竜の刻印と言われるモニュメントが祀られていた。

「ドラゴンを殺してはならない」というのが教義だから、当然、ドラゴンを退治するパトロール艦隊や打撃艦隊、ドラゴンハンターには、それなりの妨害行動をするのもこの教団の信者のにとっては、神への奉仕であった。


 妨害といっても、大半は軍港入口でデモ行動をしたり、座り込みでアピールしたりするぐらいであったが、中には過激グループによるテロ行為もあった。2年前にはパトロール艦に不法侵入した信者が、爆弾を抱いて自爆するという事件もあった。


 そういうこともあって、メイフィアの警察当局や国軍は、この教団には警戒していた。ならばドラゴンを倒す英雄を選抜するパンティオン・ジャッジは妨害しないのかというと、彼らの教義では、パンティオン・ジャッジは、ドラゴンを呼び覚ます儀式みたいなものであり、選ばれた英雄は「ドラゴンに捧げる生贄」とされていた。よって、信者はパンティオン・ジャッジの邪魔はしないし、戦いの行く末を他の観戦者とは違う意味で注目していたのだった。

 

 そんな教団の総本山へメイフィアタイムスをやめた、ラピス・ラズリは潜入していた。ドラゴン教徒が着る赤いフード付きマントを着て港から100キロの行程を歩き、怪しまれないように7つの祭壇への祈りも捧げた。旅の途中で、フィン艦隊がタウルンの潜空艦艦隊に勝ったというニュースを聞いたが、ラピスの関心はフィン艦隊にヴィンセント伯爵が同行しているか否かということであった。


「それは確か? 間違いなく、ヴィンセント伯爵はオベリスクの戦いに参戦したの?」


 ラピスは電話でメイフィアタイムスの元同僚に問い合わせた。元同僚はラピスから引き継いだパンティオン・ジャッジの観戦記を書いていたから、取材は綿密に行っている。


「ああ、間違いない。ヴィンセント伯爵は戦列艦マクベスにてオベリスクの戦いに参加している。出航の際にも記者が何人も目撃しているし、公式の戦況発表でもヴィンセント伯爵の活躍ぶりが記録されている。どんなガセネタを掴んだか知ないけど、メイフィアタイムスに戻ってきてよ。自分の新聞社を作るなんて無理だよ」


「私の作るラピスタイムスの最初の創刊のスクープだよ。あなたもそんないつわりの会社やめて、私の会社に来ない?」


 ラピスはそう同僚に誘いをかけたが、大手の新聞社の仕事を辞めてまでやる勇気が同僚にはなかった。体よく断る。ドラゴンの出現で不安定になる世界を前にして、不安定な独立の道は歩みたくないだろう。さらにラピスのような危険地帯に取材に行く気持ちにも欠けていた。


「ラピス、やめた方がいいって。いくらスクープだと言ってもあの教団の取材はやめておいた方がいいよ。ヴィンセント伯爵がらみのスクープは危険だし、あの教団はヤバイにおいがする」


「何よ、ヤバイにおいって?」


「ジャーナリストは危険な場所に出向くときには、ヤバイと感じたら引く勇気も持たねばならないのよ。死んでしまっては意味がない」


「そんなの真実を国民に知らせることに比べれば、命など小さなものよ」


「ラピス、それは違うよ。死んでしまっては真実に迫れる報道はできない。会社に戻ってきてよ。編集長もあなたの退職届、上には出していないようだから。パンティオン・ジャッジもいよいよファイナル。世界を救う英雄が決まる瞬間を取材した方がよほど国民のためだよ」


「いいえ。ファイナルなんか所詮、今後の悲劇の通過点に過ぎないわ」


 同僚が何か言う前にラピスは通信を切った。ドラゴン教団の中には確かに武闘派グループがいて、テロを画策するものもいるが、大半の信者はごく普通の市民である。老人や女性、子供もいるのだ。教団の中枢は穏健派が占めており、大っぴらに取材をしなければ、自分の身分もわかるまいと思った。


(しかし、おかしいわね。ヴィンセント伯爵が魔法艦隊に参加しているということは、ここにいるのは別人ということ?)


 ラピスはここ数日間の情報からヴィンセント伯爵がドラゴン教団の幹部として活動しているということを掴んだ。突拍子もない情報で最初はラピスも信じなかった。だが、調べるに連れて、その情報がだんだん真実味を帯びてきたのだ。


(ヴィンセント伯爵とドラゴン教団……。なんの接点もないと思う。だけど、彼のフィン・アクエリアスに示す異常な執着心、最初は単なる女好きの軽い男の気まぐれと思っていたけれど、何だか裏がありそうだわ)


 教団の総本山にたどり着き、信者が最も慕う神殿の祈祷所で、ラピスは祈るフリをする。この本部にラピスが知りたい情報が隠されているのだ。

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