幕間 トラ吉の回想 ~ローエングリーンにて
トラ吉とナアムは、久しぶりに妖精国ローエングリーンに帰国していた。セミファイナルの潜空艦との激闘に勝ち、見事にファイナリストとなった平四郎たちであったが、次の霊族との戦いの準備をすぐ始めないといけなかった。なにしろ、復活するドラゴンが日増しに増え、いよいよ、人類とドラゴンとの最終決戦が近づいてきていることを伝えていた。
無論、トリスタンにある4つの国の民は、まだこの危機を知らなかった。復活したと言ってもまだ、人類が倒せるSクラスやMクラスがほとんどで、それぞれの国家の軍やフリーのドラゴンハンターたちが水際で討伐しているために浮遊大陸に被害が出ていないからだった。また、危機を伝えない各国マスコミの対応の影響も大きかった。こういう危機に際して軍の発言権が増し、情報統制が敷かれるのはどの世界でも同じであろう。ドラゴンの驚異を全く感じず、今日も各国の町々では、平和な日々を人々が送っていた。
トラ吉とナアムは、妖精国ローエングリーンの首都、エキドナの港に降り立ち、久々の故郷の空気を吸った。最近までの内戦の跡が街のあちこちに見られたが、それでも人々の顔には笑顔があった。戦いが終わってせいせいしているのであろう。王の座をめぐる貴族の争いにうんざりなのだ。
今回のトラ吉は、平四郎の命令を受けて旧国に帰りケットシーの仲間を集めることが任務であった。ファイナルで戦う霊族との戦いで彼らの力がどうしても必要らしい。妖精族はセミファイナルで敗れているので、協力は得やすいだろう。しかも、霊族との戦いで負けたので、一部の者たちは、霊族に再び挑んで一泡吹かせたい……という気持ちもあった。
1年前……。トラ吉は妖精族のケットシー族の有力貴族として、ローエングリーン宮殿に出入りしていた。その頃は、ジェラルド伯爵という立派な名前があった。彼は先代国王ジギスムンドの侍従として仕えていたのだ。
ジギスムンド王が健在なら、妖精国家ローエングリーンは磐石な態勢で来るべき、パンティオン・ジャッジに参加し、ドラゴンの災厄からトリスタンを守る戦いに参加できたであろう。
だが、ジギスムンドは病に倒れた。懸命の治療で意識は取り戻したものの、寝たきりとなり、必然的に宰相の王弟カルムンド公爵とその外戚オージュロー侯爵の力が増した。だが、それを良しとしないのがジギスムントの長女で王位継承権第1位のナイトホルプ王女であった。彼女は公然と継承権1位を振りかざし、自分に従う貴族、軍人を糾合したのだ。
普通は正当な後継者たるナイトホルプ王女により多くの支持者が集まるはずであったが、この王女は人気がなかった。贅沢好きの遊び好きで、これまで散々、浮名を流し、国庫の金を使いまくっていたために、貴族だけでなく国民からも冷めた目で見られていた。さらに妹の王位継承権2位のナイトロルプ王女も姉の陣営に加わりつつ、宰相陣営にも通じて姉と宰相が共倒れになって、自分の下に王冠が転がってくることを画策していたから、ドロドロの争いになってきた。
そんな中、ある日トラ吉ことジュラルド伯爵は、宰相カルムンド公爵とオージュロー侯爵に呼ばれた。王族はハイエルフ族であるから、王族と血縁関係のある2人はハイエルフである。ケットシー族のジュラルドとしては、この争いに中立を保ちたかったので会う気はなかったが、屋敷にジギスムント国王の様態が悪化したとの知らせを受けて、宮殿に参内したところ、それが嘘情報で通された部屋にこの2名がいたのだ。
「ジュラルド君。どうだね、そろそろ、中立などという卑怯な真似をやめてこちらについたらどうだ」
そうオージュロー侯爵が言った。オージュローは80歳になる老年の男であるが、しゃきっと真っ直ぐに立ち、目が鋭く、鷲鼻が目立ち、衰えを感じさせない。カルムンド公爵はがっしりとした体格の中年の男で、ゆうに190はあろうかという大男であった。宰相として切れるわけではないが、舅であるオージュロー侯爵の助けを借りながら、このローエングリーンをなんとか治めていたのであった。
「ナイトホルプ王女もナイトロプ王女もただの小娘。贅沢好き、遊び好きの女に過ぎない。来るドラゴンとの戦いを考えれば、このような国難にあのような無能な女王をいただくわけにはいかないでしょう。王の侍従たるジュラルド伯爵は賢明と承知しているので、こんなこと言わなくても分かっているとは思うが……どうだろう?」
そうカルムンド公爵はジュラルドに問いかけた。
「はあ?」
ジュラルドとしては、(似たり寄ったりだ)と思う。国を思うなら、王位継承権を持つ者の中から、有能な者を選べばよい。カルムンド公爵は継承権3位だが、有能とは言えず、結局、舅のオージュロー侯爵が政治を牛耳ることになると思われる。オージュローは謀略が好きで自分に歯向かう人間を陥れることに長けていると噂されていた。そんな人間が政治の中枢にいてはローエングリーンの未来はないと考えていた。
(有能な人物というなら、王位継承権8位のシトレムカルル姫が一番だ。現国王の従兄弟の娘という関係で、継承順位は下だが温厚な性格に学問に熱心、真面目で国民を愛する気質がいい。失礼ながら、それより上の順位となると無能か勇気にかけるお人ばかりだ)
ジュラルドはそう思ったが、さすがに8位では王の座に着く目はないだろう。それより、今をどうするかだ。
ここでカルムンド側に付くといえば、自分は王女派から攻撃されるだろう。かといって、断ればカルムンド側に敵とみなされる。
(困った。中立でいたいのだが)
ジュラルドは悩んだ。右手でしきりに顔をなでる。猫の顔洗いの仕草である。
「まだ、現国王陛下はご健在です。陛下のご意向に沿うのがわたしの役目ですから」
「なるほど。侍従としての答えとしては正答ですが、旗色を早くに決めておかないとご自分にとってもまずいことになりはしないかな」
そうオージュローがトラ吉の肩を叩き、小声でささやいた。
「あんなバカ王女では、ドラゴンとの大戦は戦い抜けないぞ。そのくらい分かるだろう。賢明な君ならば……」
「まあ、舅殿。ジュラルドくんは判断を誤らない優秀なケットシーだ。後でよい返事を聞かせてくれるだろう」
カルムンドがそう言って笑いながら二人は退出したのだった。
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「弱った」
ジュラルドは幼馴染のナアムに弱音を吐いた。昼休憩時に王都のカフェでお茶を飲みながらだ。ナアムは行政府の首相補佐官で、有能なキャリアケットシーとして、働いていたが、立場が役人なので、宮廷のドロドロの抗争には巻き込まれないでいたが、どちらが勝ってもローエングリーンには明るい未来がないように思えた。
「ジュラルド、国王陛下に万が一のことがあったら、すぐ、職を辞して領地に引きこもったほうがいいわ。引退と称して様子を見るってのはどう?」
ナアムがそうアドバイスした。現国王の侍従たるジュラルドは、国王がなくなれば自動的に無職になる。
「ああ! その手があった!」
ジュラルドは手をパチンと叩いた。(猫の手だが)
ジュラルドことトラ吉が、国王が崩御した後、職を辞して人が変わったように王都の繁華街でハメを外して遊びだしたのはまもなくのことであった。いかがわしい店に毎日出入りし、はっちゃけたジュラルドを両陣営とも扱いに困り、仲間に加えようとはしなかった。
やがて、両陣営による激しい内戦に発展し、国がボロボロに蝕まれていったのだ。
内戦を避けて領地に引きこもったジュラルドだったが、引きこもる前に頼るものがいなかった継承順位8位のシトレムカルル姫を救出したことが、後に王女派を打倒し、一時実権を握った王弟派に「叛旗あり」と咎められて、死刑判決を受けたが恩赦で公民権剥奪のペットの身分での追放の憂き目となった。
だが、実権を握った王弟派もオージュロー侯爵が病に倒れると内部分裂し、王冠はなぜか、シトレムカルルの前に転がり込むことになるのだが。
そんなドラマがあった故郷にトラ吉は帰ってきた。紆余曲折して即位したシトレムカルル女王はよき君主であったが、さすがにパンティオン・ジャッジでは勝てなかった。国内予選を開催することができず、自ら出場するしかなかったのだが、経験不足は否めなかった。負けたことで求心力が下がり、国内ではまた反乱分子が不穏な動きをみせていたのだ。
トラ吉の目的は、同族であるケットシーとの接触。ある任務を平四郎から託されていたのだが、フィンからも新書をシトレムカルル女王に手渡してくれるように頼まれていた。
「ナアム、まずは女王にお目通りを願いに行くか」
「はい。行きましょう!」
2匹は女王がいるキャッスル・オブ・ローエングリーンに足を向けたのだった。




