第4話 処女航海とドラゴン討伐(2)
「前方から接近中の船がありますうううう。認識魔法により識別可能ですうう」
「どこの船です?」
副官のミート少尉がそう問い直す。
「メイフィア所属、パトロール艦隊だと思われますううう」
同時にパトロール艦隊も進んでくる艦影を識別した。
「所属、第5魔法艦隊旗艦レーヴァテイン他、護衛艦2隻」
「ほう? 何かと噂の第5公女の高速巡洋艦か……」
そうつぶやいたのはメイフィア国防軍第12パトロール艦隊司令のウルバヌス中将であった。彼の艦隊は第1大陸に位置するメイフィア王国の東側の巡回パトロール中であった。
「こんなところを航行中とは、試験航海中ってところか」
そうウルバヌスは接近してくる高速巡洋艦を見る。
(あれが賢者ハメル師が設計して建造したという船か……。なかなか面白いではないか)
全長159mのレーヴァテインは、109mのウルバヌスが乗るパトロール護衛艦よりも大きい。だが、所詮は巡洋艦で、他の公女に与えられた戦列艦に比べると大きくはない。
「司令、第5公女殿下はかなりの魔力をお持ちと聞いてますが、なぜ、通常の戦列艦クラスを与えられなかったのでしょうか?」
そう副官が尋ねた。彼は士官学校を出て副官に抜擢された優秀な青年であった。
「まあ、所詮は序列は5位だ。他の公女方の経験値を上げるための練習相手だから、変わった戦いが展開できるためであろう。あのタイプの巡洋艦はスピード命だからな。戦列艦の火力をもってしても当たらなければ、そこそこ戦えるかもしれない」
「大丈夫でしょうか。ジャッジメントの時までは、あと2年もないのでしょう?」
「ああ。おかげでちょくちょく、こじんまりとした奴らが出てきている。それを見つけ、早いうちに撃破するのも我々の任務の一つだ。どれどれ。公女様が敬礼をしている。こちらもお返しせねば……」
艦橋がすれ違うときに艦長及び司令官は起立して、敬礼をするのが魔法王国メイフィア艦隊の決まりであった。
「平四郎少佐、儀礼です。起立して友軍のパトロール艦に向けて敬礼してください」
そう副官のミート少尉に言われて、平四郎は立った。ブリッジの乗組員みんな起立している。
(敬礼って、やっぱり、右手を伸ばして頭に……)などと考えたが、後ろのフィンを見ると胸に右手を伸ばして当てている。これがこの世界の敬礼らしい。そういえば、昨日のカレラ中尉も同じことをしていた。平四郎も同じように敬礼する。
「通信入ります!」
通信担当のプリムちゃんがそう報告する。艦橋のモニター画面に第12パトロール艦隊の旗艦デトマソの艦橋が映される。
「第12パトロール艦隊司令官のウルバヌス・ガガ中将です。第5魔法艦隊提督、フィン・アクエリアス第5公女殿下でいらっしゃいますね」
「は、はい。中将閣下。お初に……お目にかかります」
フィンがそう応えた。
「それにブリッジにいるのが、異世界から来た青年だな。君の噂も聞いているよ。公女のいや、この世界のために頑張ってくれたまえ」
平四郎はなんて答えて良いかわからない。敬礼したまま無反応な平四郎を無視して、ウルバヌスは再び、フィンの方へ話題を振る。
「一応、お聞きしますが、公女殿下はどちらに向かう予定ですか?」
「は、はい……あの……」
フィンは話し慣れていないのか、モジモジしている。ここでも人見知り健在である。そこで副官のミート少尉が割って入った。
「私、副官のミート少尉が代わりにお答えします。当艦隊は東へ300キロメートル。マルビナ浮遊島を一周して、首都クロービスに向かう予定です。途中、射撃訓練を実施する予定です」
「そうですか。マルビナ島付近は射撃訓練にはもってこいの場所ですからな。安全とは思いますが、最近、何頭かSタイプの個体が出現してきています。ご注意ください」
「了解しました。フィン提督も旗艦の安全航海をお祈りしていますと言っております」
ミート少尉はテキパキとそう代わりに応えた。でないと、フィンに任せておいては長く微妙な空気が流れてしまう。やがて映像が切れた。第12パトロール艦隊、総数7隻が通過していくのを平四郎は黙って見ていた。
(Sタイプのドラゴン?)
平四郎はバルド商会で働いていた3ヶ月で、ドラゴンハンター達から、多少の知識は仕入れていた。彼らのターゲットはBクラスが最大で、その下のドラゴン亜種族の飛龍が主な獲物であった。Sクラスと呼ばれる大きさのドラゴンと戦った話は聞いたことがなかったのだ。
(僕はとんでもない世界に来てしまったのかもしれない)
そう思ったがそれは後悔ではない。平四郎はそっと艦長席のフィンを見た。自分は初恋の相手であるフィンに会いたいためにこの世界に来たのだ。だが、そんな平四郎の思いもフィンには通じているのか、通じてないのか……。フィンは平四郎と視線が合うとすぐ目をそらしてしまう。時には別室へ移動してしまうのだ。今も平四郎が艦長席に座るフィンに視線を送るとフィンは慌てて目を左へ向けてしまう。
(嫌われているのか?? いや、待て! 今まで失念していたが、ここの住人、魔法国家メイフィアの民ってことは……。みんな、魔法が使えるのか!? 使えちゃうのか!?)
(いやいや。3ヶ月バルド親方やルキアとは一緒に暮らしていたけど、そんな素振りはなかったはずだが……。だけど、フィンちゃんはとんでもない魔力の持ち主だと言うし。まさか、上級の魔力を持つ人間はいろんなことができるのでは?)
となると、平四郎はやばいことに気づいた。フィンちゃんの魔力で心の中を読める魔法が使えたりして! そうしたら……。例えば、自分が妄想したエロい映像も全部分っちゃっているとか! いや、フィンについては、エロ妄想はしていない。ミート少尉には少ししたけど……。あのエロボディで平然としている健全な男子はいないだろう。
(こういう話はやはり、男同士じゃないと)
平四郎は席を離れるとスタスタとこの船で自分以外の唯一の男であるナセルのところへ行く。ナセルの肩をポンと叩く。
「な、何?」
椅子に座って退屈そうに足を上げてあくびをしていたナセルは、暇がつぶせそうと思って、うれしそうな顔を向けた。
「なあ、君たちって、魔法王国の住人というなら、魔法が使えるのか?」
「はあ? 何だ、そんなことか……」
「そんなことってなんだよ。魔法で人の心が読めるとか、ものすごい攻撃魔法が使えるとか、空が飛べるとか、モンスターを召喚できるとか、相手を眠らせるとか?」
「くっ、くははははは……。なんだい? そりゃ? そんな超人がいたら俺は会いたいぜ! 平四郎、お前、笑いの神様が降臨したのか? 降臨したんだろう?」
「笑いの神って!僕はお前を笑わせるために聞いたんじゃない!」
平四郎が本気で怒ったのを見て、ナセルは真面目顔になった。こいつのこういうところが平四郎は気に入っている。
「いや、すまん、すまん。魔法王国といっても、そんな魔法が使えるわけじゃないんだ。この国の住人は魔力を持っているものが多いけど、その魔力の変換先は限定されるし、触媒となるものがないとダメだ。例えば……」
ナセルは懐からハンドガンらしきものを出す。
「これは軍人に支給されるごく普通の護身用の武器だけど、これは持っている人間の魔力に反応して使えるんだ」
そう言うとマガジンを取り出し、銃弾を外して平四郎につまんで見せた。
「この弾に俺の魔力が込められて、魔弾が発射される。言わば、魔力も銃という触媒がないと使えないんだ。ただの謎のエネルギーってわけさ。ちなみにこの武器は軍隊の人間や治安を守る保安部隊の訓練された人間しか手に入らない。だから、一般人には攻撃魔法なんて無理さ。なあ、平四郎」
「な、なんだよ。急に改まって」
「もし、そんな人の心が分かる魔法やら、眠らせる魔法があって使えたら……」
「使えたら?」
「そりゃあ、男天国、ハーレムだ! 女の子食べ放題。イタタタタ……」
急にナセルが叫びだした。いつの間にか横にミート少尉がいて、ナセルの耳を引っ張っていた。
「何? 男同士、こそこそ話しているの? エッチなこと話してるんじゃないでしょうね?」
そう言うとミート少尉の大きな胸がプルンと揺れた。
「相変わらず、少尉はいい乳してるなあ……」
本当に心から感心してナセルが言ってはならないこと(セクハラ)を口に出す。
「乳言うな!」
パーン!
今度は容赦なくミート少尉の平手打ちがナセルの頬を直撃する。
「痛っ……。容赦ないなミートは」
ナセルは頬をさすって、椅子に座りなおす。平四郎がナセルをいい奴だと思うのは、女の子に叩かれても反撃しないところだ。いつも笑って許している。といっても、暴力ふるうのはミート少尉だけだが。この二人を見ているとただの夫婦漫才か、ただのノロケのしか見えないのだ。
「平四郎も気をつけてください。この男とつるんでいると毒されます」
ミート少尉がそう言って睨むので、渋々、平四郎は自席に戻るしかなかった。後で詳しくナセルから聞いた話によると、一般的なメイフィア国民は微力な魔力を使って機械を動かすのに役立てるぐらいしかできないのだ。電気を使って生活に必要な機械を動かすのと同じである。魔法王国メイフィアといっても魔力=電気という図式で考えれば現代日本と変わらない。ただ、魔力が桁外れに強い人間もいて、そういう者だととんでもないことができたりするそうだ。それはこのレーヴァテインを動かしているフィンを見れば分かる。