第24話 VSタウルン共和国 眼下の敵 ~オベリスク空戦(1)
霊族カロン国VS妖精族ローエングリーン国の戦いは、霊族代表の怨情寺小夜の勝利が勝ったというニュースが伝えられた。負けたとはいえ、妖精族女王シトレムカルルの善戦した。彼女の無事を知ってトラ吉もナアムも内心、ほっとしていたようであった。また、メイフィア国民にも多少の希望を与えた。シトレムカルルの善戦は、同じ戦い方の魔法族としては朗報でもあったのだ。
メイフィアの公女艦隊基地オレンジ島の軍港では、出撃の準備が整えられていた。旗艦レーヴァテインでも出発の準備に全乗組員が忙しそうに働いていた。平四郎もかかりきりで船の整備を進めている。マイスターとしての能力の真骨頂である。3日3晩徹夜して、7隻の参加船の整備と改造を終えていた。
平四郎はほぼ思い通りに整備したレーヴァテインの艦橋を眺めた。レーヴァテインの乗組員全員、集中して準備を進めている。ナセルがウキウキ顔で自席の計器類を磨いている。昨日、ミート大尉の実家に行き、両親に結婚の承諾を得に行ったらしい。このセミファイナルに勝って帰ってきたら、すぐ式を挙げるらしい。
(畜生め! わざと負けてやろか!)
平四郎はちょっと意地悪な気持ちになりそうだったが、負けると自分がフィンとの約束を果たせないので、どうやら、ナセルのために自分は全力を尽くすことになりそうであった。
「お兄ちゃん、久しぶり~」
艦橋にテレビカメラと一緒に入ってきた人物がいる。、メイフィアのアイドル、リリム・アスターシャである。出撃するレーヴァテインの取材にレポーターとして来たのだった。
「こちらは、このレーヴァテインの艦長である東郷平四郎さんです。この人は異世界から召喚された勇者なんですよ。戦力劣勢な第5魔法艦隊がメイフィア代表になれたのもこの方のおかげなんです。リリムは親しみを込めて、お兄ちゃんって呼んでいます」
そうリリムちゃんは、カメラにドアップに顔を写し、特に「お兄ちゃん」のところは艶かしい唇をアップに写させた。
「いやあ~」
急にカメラを向けられて平四郎は頭をかくしかない。
「はい、カメラカット」
「ねえ、お兄ちゃん。リリム寂しかったよ~っ。お兄ちゃんたら、全然、リリムのところに来てくれないじゃない」
そう言ってリリムは、平四郎に抱きついてその胸にスリスリと顔をこすりつけた。もちろん、心の中の黒リリムは、その後ろで見ているフィンを意識している。
(ふん。うまいことやってメイフィアの代表になった貧乏貴族の娘が。お前の大切な男はリリムが誘惑しちゃうぞ~。ほれ、嫉妬しろ!)
黒リリムが現れた。
だが、フィンは気にする素振りも見せない。少し前ならありえない態度である。まるで、小さな子供が夫になついているのを温かく見守る妻の表情。
(あっ、こいつら、何かあった!)
リリムは確信をもった。芸能界に長く身を置き、色恋沙汰を見聞きしているから、こういうことは感で分かるのだ。
無論、リリムが思っているほど、進展したわけではないが……。
(キスだけです)
「ちぇっ、つまんないの!」
「え? 何か言った、リリムちゃん」
「いえ、別に。それより、リメルダさんが来るようね」
「リメルダが?」
平四郎が艦長席のモニターで見ると確かにレーヴァテインの艦内を歩いてこちらに向かっている。
(やっぱり分かるんだ。リリムちゃんには見えないのに)
「そろそろ、撮影再開するわよ。あ、もうバッテリー充電完了しているわよ!」
リリムにそう言われて、カメラマンが慌ててカバンの中の予備バッテリーを取り出した。カバンを開けるとかすかにチャージ完了の音がピーピーっと聞こえるような気がした。
(使える)
平四郎の頭の中で何かがつながった。
「リリムちゃん、リメルダが来るってさっき言ったけど」
平四郎がそう言った途端に、リメルダがナアムを伴って艦橋に入ってきた。出撃準備中で艦橋に入ってくる金属の扉は開きっぱなしである。
「どうして分かったんだい?」
「そりゃ、わかるわよ。彼女がいつも付けてるイヤリングの音が聞こえるでしょ。それに歩く音。レーヴァテインの床は金属剥き出しだから、彼女のブーツの音がよく聞こえるわ。それに連れのケットシーの首につけてる鈴。決定だわ」
リメルダは小さなイヤリングをいつも付けているが、それには小さな金属の玉がこれまた小さな金属で編んだカゴみたいなものに入れたデザインだ。動くたびに金属の玉が転がるが、それが当たって出る音など小さすぎて聞こえるはずがない。これはナアムの首飾りの鈴もそうだ。
リリムが「リメルダが来る」と言ってから、3分ほど経過したから、リメルダがレーヴァテインの艦橋へ向かうために乗り込んだところから、この音を聞き分けたということだ。
平四郎はトラ吉に目配せをした。
「リリムちゃん、スクープを教えてあげるよ」
「え? リリム、うれしい。じゃあ、カメラを回します。ここからは本番、生中継なので、覚悟してね。カメラ用意いいわね。じゃあ、スタート」
「え~っ! お兄ちゃん、レーヴァテインの秘密を教えてくれるって本当ですか?」
「本当ですよ。この新兵器があれば、メイフィア艦隊の勝ちは決まったも同然です」
「すごーい。テレビの前のみなさん、なんでしょうか? とっても楽しみですね」
「じゃあ、ここに座ってください」
そう言って、平四郎が言うと、例の新しく整備した席にリリムを座らせる。トラ吉がボタンを押すと椅子からシートベルトが出てきて体を固定する。
「なんだか、キツイですね。お兄ちゃん、この席は何ですか?」
「対潜空艦用の席ですよ」
「へえ~。そうなんですか。じゃあ、これが切り札ってわけですね。誰が座る予定ですか?」
「リリムちゃんです」
「はあ?」
「リリムちゃんです。リリム・アスターシャさんがこのレーヴァテインに乗るのです」
「視聴者の皆さん。メイフィアの歌姫が今回の主役にゃ!」
「え、えええ~っ。ちょっと、待って、どうして私が?」
「だって、君は僕たちに負けたから、僕のいいなりになるのでしょう? 今日からレーヴァテインの乗組員です」
そう平四郎はカメラに向かってカメラ目線で話した。
「ちょっと! カメラストップ。CMよ、CM!」
カメラが完全にストップしたのを見て、リリムは怒り出した。
「ちょっと、お兄ちゃん、どうして私が乗らなきゃいけないのよ。しかも、テレビの生中継で宣言してしまって、これじゃあ、リリムが本当に乗らなきゃいけないじゃない!」
「いや、だから、本当に乗るよ」
「なに? それ冗談でしょ。今更、リリムなんて関係ないでしょ!」
「君のその地獄耳をスカウトしたいんだ」
「地獄耳?」
「そう、その席は音で潜空艦を探す装置を使う席さ。それを使いこなすには、ウサギ並の聴力が必要で、座る者などいないと思っていたのだけど、該当者が見つかってよかった!」
(う、ウサギ並ってなによ!)
「そ、そんなの困ります」
「パンティオン・ジャッジで勝つためだにゃ。そのためには、全国民は協力しなくてはならないにゃ。パンティオン・ジャッジ法第3条。すべての人は、パンティオン・ジャッジに協力しなくてはにゃらない」
トラ吉がそう宣言した。
「そ、そんなあ~」
(役立つかどうかは、戦況次第だけどね)
ローザさんが持ってきたお茶を一口飲んで、平四郎はこれからの戦いに思いを巡らせたのだった。




