幕間 メイフィアタイムス発(5)
「マリー王女殿下。これが私が調査し、新聞紙上で公開しようとしたら上からダメ出しをされた記事です。どう思われますか?」
メイフィアタイムスのラピス記者は、憤懣やるせない態度で、先ほど、編集長から直接ダメ出しをされた記事をマリーに見せた。最初はこれで行こうと編集長もよい感触であったのに、突然、手のひらを返したような対応をされたのだ。
編集長は何も言わなかったが、明らかに何か圧力がかかったとラピスは思った。そして、記事の中心人物ヴィンセント伯爵の疑惑ももっと、根深いものであるとラピスの記者魂がささやいていた。
マリーはボツになった原稿を見る。ヴィンセント伯爵と国軍の暗躍を匂わせる内容になっている。これでは軍からの圧力がかかるだろうと感じた。
許されない!国民をバカにする人事
国軍のスポークスマン発表によると、メイフィア代表魔法艦隊(旧第5魔法艦隊)になんと、あの不正を働いたヴィンセント伯爵が配属されるという信じられない人選が決定されたという。
ヴィンセント伯爵は、前回の国内パンティオン・ジャッジで第5魔法艦隊に嫌がらせをした罪で、マリー王女より第1魔法艦隊から更迭された男である。証拠不十分で軍法会議はまぬがれたとはいえ、社会的には抹殺された男のはずである。
それなのに代表艦隊への復帰は、国民感情を欺き、また、我が国の代表たるフィン提督の足を引っ張る行為としか思えない。例え、ヴィンセント伯爵が類まれな艦隊運用の天才であったとしても、この人事はおかしいと言えるだろう。
さらに軍の評議員2名が殺された事件。犯人はその場で射殺されてしまい、目的も背後関係も分からずじまいとされている事件。その2名は評議員会でヴィンセント伯爵を更迭しようと動いていた中心人物であったと取材で分かった。
反ヴィンセント派への粛清と今回の人事が関連しているのではないかと本紙では推測し、今後も取材を続ける予定である。
メイフィアタイムス ラピス・ラズリ
「ラピスさん、相変わらず、過激な記事ですわね」
マリーは記事を丹念に読んでそう感想を述べた。真実を伝え、まっとうな人間が持つ意見を書き、問題として提言している。
(よい記事ですが、それだけに邪魔が入るでしょうね。メイフィアタイムスは政府寄りの新聞社ですから、圧力には弱いでしょう)
「彼、ヴィンセント伯爵にはまだ疑惑があります。この記事を皮切りに、彼の疑惑を暴いていこうと思っていたのですが」
「彼が国軍の評議員会に力を伸ばしていることは知っています」
「いえ。まったく別のことです。王女はドラゴン教という宗教をご存知ですか」
「サザンプトンを中心に布教している宗教ですね。ドラゴンを神と崇め、竜の災厄を神の天罰と称して、受け入れることを教義としているふざけた教えですわ」
「ヴィンセント伯爵がその宗教に絡んでいるという証拠を掴んでいます」
「なんですって?」
マリーは美しい眉を(ピクっ)と少しだけ動かした。思いがけない情報であったのだ。ドラゴン教はここ数年信者数を伸ばしているものの、国を揺るがすような宗教団体ではない。ドラゴンに食われるのが天国への近道などという、めちゃくちゃな教えが多くの支持を集めるとは思えなかったが、最近、ドラゴンが頻繁に出没し、被害を受けた人々が増えるにつれて、信者数が増えていることを考えると今後の動向は注視するべきだろう。そんな団体にヴィンセント伯爵が関わているというのだ。
「彼がなぜ?」
「この宗教は総本山でドラゴンに関する研究を行っているという噂です。彼が近づくとすれば、そのあたりにヒントがあるかもしれません」
「なるほど。それは面白い視点です。私も彼の行動に疑問をもっています」
マリーは最近、感じていることがある。ヴィンセント伯爵のフィンへの執着である。見初めた女に執着するナンパ野郎という視点で見るなら、フィンを奪おうとして平四郎に邪魔されているというしょうもない状況であると切り捨てられる。だが、マリーは幼馴染だけに、彼のフィンへの執着が異常過ぎると感じているのだ。
単に女をモノにするということだけでない、何か別の理由を彼から感じるのだ。
だが、このことについてはマリーには確信があるわけではない。単なる思い過ごしであるかもしれない。だから、ラピスに話すことは止めた。
「もう一度、編集長に掛け合ってみます。それでダメなら、私はメイフィアタイムスを辞めます」
「やめてどうするのですか?」
「私が新聞を出します」
「ラピスさんが、新聞を?」
「そうです。この世界が大変な危機にあるというのに、それを自覚しない軍部、政府、そして民衆に真実を伝えることでジャーナリストの使命を果たしたいのです」
ラピスには信念がある。彼女は両親をドラゴンによって殺されている。辺境の浮遊島では、度々起こるドラゴンの襲撃は全くと言ってよいほど伝えられていない。被害の過小評価、事件そのものがなかったことにされてしまうのだ。人々に無用の恐怖を与えないという趣旨から、報道が制御されているのだ。
500年ごとに繰り返される「竜の災厄」が単なる伝承にされている現実。パンティオン・ジャッジが500年に一度の祭典扱いされている現実。全て、恐怖から人々の目をそらすまやかしに過ぎないのだ。
マリーはラピスの真剣な目を見て、軽く頷いた。彼女のジャーナリスト魂を大いに利用したいと考えたのだ。全てはトリスタンに住む人々のためだ。
「おもしろい試みですわね。どうでしょう? もし、あなたが新聞を発行するというのなら、わたくしが援助しても構いませんわよ」
「それは遠慮させていただきます。マリー様に援助されるとマリー様寄りの新聞になります。わたしは、常に中立の立場でいたいのです」
マリーはラピスのその言葉を聞いて微笑んだ。当然の回答だ。だが、マリーには自分寄りの新聞社を作る意図は毛頭なかった。
「ラピスさん。まさしく、ジャーナリストの鏡ですわね。でも、わたくしの思いとあなたの思いは同じです。わたくしもドラゴンによって、姉を失っています。事故として扱われていますが、ドラゴンの災厄によってです。わたくしは姉の意思を継ぎ、この世界、トリスタンを救いたい……。一人でも多くの人間を救いたい。わたくしの願いはただ1つです。そのために力を合わせることは必要ではなくて。資金提供を受けたからといって、わたしくしに不正があれば、糾弾してくれていいわ」
(姉を亡くした)という点では父母を失ったラピスと共通である。ラピスはマリーに邪念のない意思を感じた。世界の終わりを止めたいという気持ちは同じなのだ。
「……そういうことでしたら、資金提供を寄付という形でお願いします」
ラピスには考えがあった。マリーから資金提供を受ければ、世間からマリー王女御用達の新聞というレッテルを貼られてしまうだろう。寄付ということで、マリーが新聞社の経営に関わらなければ、それはそれで独立性が保てる。小さな新聞社を作るにしても、膨大なお金がいることには変わらないのだ。
パンティオン・ジャッジの観戦記事と執筆本で名声と富を得たラピスであったが、それら全てを投げ打って、この世界のために真実を流そうと考えていた。
「では、そういうことで……。ラピスタイムスの最初のスクープは、やはり、ヴィンセント伯爵の狙いについてとなりますね。サザンプトンへいってみようと思ういます」
「ドラゴン教の本拠地ですね。ラピスさん。くれぐれも安全には気をつけてください」
マリーは今一度、ヴィンセント伯爵について考えた。第5魔法艦隊の邪魔をしたり、フィンに手を出したり、国軍の手先になったように振舞ったり……。今回の艦隊への参加も理解に苦しむ。負けてしまえば、自分の名誉も傷つくし、戦死の危険さえあるのにだ。軍中枢部の命令とはいえ、それに従う男とは思えないのだ。
「分かりました。マリー様もタウルン国とのセミファイナル、頑張ってください」
「こちらには異世界の勇者がいるんですもの。勝ちますわ」
(異世界の勇者……)
500年前の「竜の災厄」でトリスタンを救ったのは異世界、日本から来た若い男であったという。ラピスは東郷平四郎という男にも興味があった。彼が伝承通りの男なら、取材の対象として外せない。




