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GIRLS FLEET ~竜を狩る公女(プリンセス)戦記~   作者: 九重七六八
3巻 パンティオン・ジャッジ トリスタン決勝トーナメント編
146/201

幕間 国軍の思惑 ヴィンセントの思惑

「ふん。マリー様もマリー様だ。負けたからといって、あんな素人たちの仲間になるとは」

「完璧なマリーとかよく言ったものだ。あんな素人同然の艦隊に負けるとは……」

「今じゃ、あの異世界の勇者に擦り寄っているらしい。女とは変わり身が早い者よ」

「異世界の男もフィン公女に加えて、リメルダ、マリーとメイフィアの美少女そう食いとは、夜の仕事は忙しいことよ」

 ハハハッ……。

 室内に笑いが起こる。その笑いは下品な色を帯びていた。


「所詮、マリー様も小娘。戦争ごっこはできても、真の戦いはご存知ないのだ」


 メイフィアの軍事省会議室では、メイフィア国軍の重鎮たちが極秘で会議をしていた。パンティオン・ジャッジなどというものは、古来からの言い伝えであり、それを慣習として各国が行っているものである。しかし、普段から、ドラゴンどもから、世界を守っているという抱負を持っている軍人たちには、この制度は非常に理不尽なものであった。


「いかに、トリスタン全域から魔力の強い娘を集めてきても、所詮は女。女にこの世界の命運は任せられない。そうでしょう、カイテル総参謀長」


 カイテルと呼ばれた老人は65歳。白髪と同じ白い豊かなヒゲをピンと立てて、ゆったりと椅子に座っている。腹の肉がたっぷりとついており、どっしりした体型は貫禄につながっていた。


 カイテル総参謀長は、メイフィア軍の全軍を指揮する総司令官であるマリアンヌ女王を補佐する実質上の軍の最高責任者であった。上級貴族出身で、若い頃はパトロール艦隊で活躍したらしい。そんなカイテルに向かって発言したのは国防大臣であるゼファート公爵。彼もまた、上級貴族出身の官僚であった。実直な仕事ぶりで軍事省の中で出世していき、ついには最高位の大臣まで上り詰めた。今年58歳になる人物だ。発言する時には、後頭部に僅かに残った髪の毛を右手で撫でる癖がある。上官には媚を売るが部下には厳しいと若い軍人たちの評判はよろしくなかった。

 

 メイフィアの女王、マリアンヌはそれなりの政治手腕をもつ人物であった。その女王が軍の要職にこの2人を任命したのは、それなりに能力を買ってのことであろう。しかし、それは平時での無難な人事。トリスタンの危機に際して、この老害たちはマイナスでしかなかったが、相当な地位は相当な権力をもたらす。女王のしらないところで、勢力を伸ばしていたのだった。


 ここには、メイフィア連合艦隊司令官や治安部隊指令など、メイフィア軍の中枢を担う人物たちが集まっていた。それだけでない。タウルン国軍の高級武官も幾人も参加していたのだ。さらに、妖精族の内乱で現女王から国を追われた貴族までが参加していた。ある意味、世界の危機に際して、力を統合する集団ではあった。

だが、この集団はある共通の敵の前に集まった烏合の衆に過ぎなかった。共通の敵とは、「公女」。

 500年に一度の「竜の災厄」から世界を救うという「公女」。それを生み出すパンティオン・ジャッジという仕組みに対する反旗である。


「私はパンティオン・ジャッジなどという古いしきたりなど、すべて壊すことを提言する。そもそも、ドラゴンの発するメンズキルさえなければ、女などの出番などないのだ」


「我が国など、ドラゴンハンター出身のど素人が代表という無様な結果となり、お恥ずかしい限りですが。これも古いしきたりによる変則ルールのせい。潜空艦艦隊などというものがあのドラゴンに通用するはずがないのです」


 そうタウルンの軍人が不満をぶつける。そこにはエヴェリーンに散々、軍人としてのプライドを傷つけられた恨みがこもっている。タウルン国のパンティオン・ジャッジでは、軍の息のかかった女性提督率いる艦隊がエヴェリーンの前に敗れ去っている。エヴェリーンは一般公募枠から勝ち上がり、軍の妨害もものともせずに、タウルン代表の座を勝ち取ったのだ。


「現妖精女王にしても、能力に低い娘が便宜的に引き受けているに過ぎません。あれを妖精国代表と思われても、今後のドラゴンとの戦いに通用するとは思えません」


 そう内乱に敗れてメイフィアに亡命してきた貴族将校が発言する。彼らは、この反パンティオン・ジャッジの組織に組みすることで、復権を図ろうという意図があった。


「やはり、正規軍からなるトリスタン連合軍の組織の立ち上げを急ぐべきですな」

「世界を守るのは公女ではない。ましてや、異世界から来たという男でもない。トリスタンを守るのは我々、誇り高き軍人である」


 パチパチ……っと拍手が拍手が起こる。だが、この集団は利害が完全に一致しているわけではない。公女を廃するという目的以外は別に思惑がある。そんな空気を読まないメイフィアの国防大臣ゼファートが、カイテルに媚を売ろうと不用意にこんな発言をした。


「その際には、ここにおられるカイテル総参謀長閣下が連合軍の指揮を取るというのはどうでしょう」


一瞬で場の雰囲気が凍りついた。慌てて、各国の代表たちが口々に反論する。


「ちょっと待ってくださいよ。メイフィア王国が全てを取り仕切るのはいかがなものでしょう。国力からいえば、我タウルンが盟主としてふさわしい」


「いやいや、トリスタンを統一するためにも妖精国ローエングリーンの政治を一新する必要があります。霊族なんかに無様に負けた現女王を廃位して、新しい国づくりに力を貸していただきたい」


 完全に一枚岩ではないことが露見してしまう。カイテルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、ゼファートを睨みつけると事態の収拾に乗り出した。


「まあ、皆様。そういう話は、パンティオン・ジャッジの結果を見た上で事を起こしましょう」

 

 話をパンティオン・ジャッジに戻す。するとまた、参加者たちは、口々に悪口を言うことで団結したような気になる。


「今度開発されるという、対メンズキル用の防護方法があれば、女に大きな顔はさせません」


「すべての空中戦艦に装備すれば、ドラゴンどもなど恐るるに足らず」

「戦場は男の住む世界である。女は家で鍋でも磨いてろだ」

「ハハハッハ……」


 参加者から笑いが漏れた。


「それにしても、旧第5魔法艦隊に派遣したヴィンセント伯爵は大丈夫だろうな」

 そんな意味のない話し合いで盛り上がる会議室内で、カイテルはゼファートにそっと尋ねた。ヴィンセントをフィン艦隊に入隊させたのは彼の命令であったからだ。だが、カイテルは知らない。それを進言したゼファートが若手の参謀から提案されたことを。その若手はヴィンセントの息のかかった人物であることも。


「スパイとしては優秀です。大丈夫でしょう」

「奴は評議員を仕切っているようだが、あんな若造に軍は任せられない」


「彼は女好きですが、女には心を移すことはありません。いい仕事をすると思います」

「ならば、結構。それでは、皆さん、近いうちに」


 そう総参謀長が締めくくった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「で、老人共の愚痴の会議はどうなった?」


 ヴィンセントは軍人たちの秘密会議に内通者を参加させていた。その者から会議の様子をつぶさに聞いた。聞きながら、不敵な笑いを浮かべ、


「しばらくは、あの老人の手駒のふりをしておこう。だが、最後に笑うのはこの僕だ。無能な老人どもにこの国の未来は任せられない。奴らはこの僕が一掃してやるさ。それまで、威張らせておいてやろう」


「それと、ヴィンセント様。メイフィアタイムスの記者が嗅ぎつけたようです。ヴィンセント様を糾弾する記事を国民に公開する予定です」


「おやおや、あのラピスとかいう女記者か? 大人しく観戦記事でも書いておればいいものを。いいだろう。メイフィアタイムスのオーナーは僕の知り合いだ。彼にはちょっと貸しがあってね。一本電話を入れておこう」


「分かりました。記者の方はどうしますか?」

「ほっといて構わないよ。僕は女性には優しいんだ。男なら抹殺だけどね」

 

 そうヴィンセントは片目を閉じた。報告した若い軍人は背中に冷たいものが走る。彼ならやりかねない恐ろしさがある。


「まあ、その女の自分の無力さを痛感するだけだね。もう帰っていいぞ」

「はっ。ヴィンセント様」


 ヴィンセントはオレンジ島の軍港プトレマイオス港を見渡せるホテルの最上階の部屋にいた。ここからは軍港がよく見渡せるので、国軍のトップクラスの人間か王族しか泊まれない部屋なのだ。高級ワインの入ったグラスを片手にヴィンセントは、軍港に停泊しているメイフィア魔法艦隊の旗艦レーヴァテインを眺めた。


(もうすぐだ。もうすぐ、国軍もあの魔法艦隊も僕のモノになる。そして、僕はこの世界を救う英雄になるのだ。名誉も地位も、そしてふぃんもすべてこの手に入れるよ。平四郎、君の悔しがる顔が見ものだよ。フハハハハッ……)


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