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GIRLS FLEET ~竜を狩る公女(プリンセス)戦記~   作者: 九重七六八
3巻 パンティオン・ジャッジ トリスタン決勝トーナメント編
142/201

第22話 霊族VS妖精族(2)~カンタベリー空域の戦い

「妖精の環」


 それは妖精族の長のみが発動できる妖精の魔法。


 若き妖精族の女王、ハイエルフのシトレムカルルは、自身の力を振り絞ってそれを発動した。発動と同時に2対の黄金に輝く大きな環が現れる。それは高速戦列艦アウグストゥスの巨大な艦体を環の中に取り込んだ。やがて魔法の文字が描かれた黄金の2つの環が時計回りと反時計回りにゆっくりと回転する。


回転数は徐々にスピードを増し、それと同時に進行方向に大きな鏡が現れた。その鏡の中にアウグストゥスが吸い込まれるように消えていく。まるで時が止まったように一連の動きが終息する。船が消えると同時に霊子弾が突き抜けていく。


「小夜様、アウグストゥス、消えました。レーダー反応なし」

 

「フフフ……。あれを使ったぞな、ケケッ! 敵は目の前に出てくるぞな!」


 小夜がそう言って、前方を指差した。着ている美しい花の刺繍が入った着物の袖が揺れる。その揺れと同調したかのように指差した空間が歪んだように見えた。小夜の座乗するミサイル要塞艦「大黒天」の乗組員は、その歪んだ空間から銀色に輝く大きな鏡を見ることになる。それは美しい輝きを放ち、回りに七色の光を散らした。だが、美しい光を切り裂くように無粋な鉄の塊が現れる。艦首で突き破った、大きな戦列艦が姿を見せたのだった。


 元々、妖精の魔法は時間に関係するものが多い。妖精の国へ紛れ込んだ人間が、妖精とダンスを踊って戻ってみたら100年の年月が経っていたなんておとぎ話があるくらいだから、妖精族には時間の概念がないのだ。妖精の環は、トリスタンに流れる時間の流れを超えて、30分後にしてしまう魔法なのだ。30分の時をショートカットして妖精族の旗艦アウグストゥスは、その勇姿を霊族の代表に見せつけたのであった。


 これだけ大きな戦列艦を丸ごととなると、相当な妖精力が必要である。これだけでも、ハイエルフの女王シトレムカルルの力は相当なものであると誰もが思った。


「女王陛下! 敵の旗艦大黒天、目の前です!」

 アウグストゥスの乗組員は興奮してそうシトレムカルルに報告した。今まで、見ることすら叶わなかった敵を目前にしたのだ。妖精族の兵は誰もがここから反撃だと心が高鳴った。今度は妖精族のターンだ。


「旗艦以外はすべてタグボートですか。あの巨大なミサイル要塞が早く動けた謎が解けました」

 シトレムカルルは霊族の小さなプリンセスの作戦に感心した。6隻のタグボートをエンジン代わりにして、距離をとっていたのだ。


「さすが、霊族の代表。ですが、これで終わりです。主砲3連射!」


 女王の命令で、妖精族の誇る戦列艦の主砲が炸裂する。巨大な躯体のミサイル要塞大黒天は巨大ゆえに、的は大きい。放たれた主砲はすべて命中する。主砲が炸裂してえぐりとった箇所から爆発が起きる。


「小夜様、敵の主砲、全弾命中。第3エリア、第4エリア、第2ミサイル保管庫被弾。誘爆しています。被害は甚大です」


 ゴゴゴオオオオン……。


 下の方で爆発が起きている音がしている。その度に大黒天の艦内が大きく揺すぶられた。小夜はにやりと笑った。爆発してオレンジの光が点滅する中でその表情はかなり怖い。小夜は白すぎる自身の細い指をゆっくりと下へ向けた。


「やむ得ないぞな。この船は火薬庫みたいなもの。下半分は捨てる。第2エリアより遮断ぞな。ケケッ」


「小夜様、次に主砲を受けたら、もう持ちません」

 大黒天の守備担当士官が泣きごとを言う。霊族の予選でもこれだけの被害を与えられたことはなかったので、少々、パニック気味である。だが、スリーピンビューティのあだ名を持つ怨情寺小夜には、余計に過ぎなかった。


「そちらが妖精の環を使うなら、霊族も奥義を使うぞな」

「小夜様。使うのですか?」

 

 艦長の吉備津大佐がそう確認をした。この戦いが始まる前に決勝戦まで手の内を見せないという方針であったからだ。奥義の一つを披露するということは、今後の戦いに支障をきたすことになる。


「吉備津よ。使わねば、われらが終わる。ここで使うことは必然となった。ケケッ」

「分かりました。小夜様」


「うむ。われは命ずる。地獄の門を発動ぞな。ケケッ!」


 妖精族が時間を飛び越えるワープ能力を持つなら、霊族のそれは霊子の塊の分厚いシールドであった。霊子は白い煙のような物体であるが、それ自体は軽い。しかし、物質の性質は弾力性があり、軟らかいゴムのようなものである。それが高速の渦となり、大黒天を包みだしたのだ。


 その(地獄の門)と名付けられたシールドにアウグストゥスから放たれたトドメの主砲斉射はかき消されるように消えてしまった。


 シトレムカルルはその様子を見て、起死回生の自分たちの攻撃の勢いが失われたと感じた。精一杯の総攻撃が虚しく吸収されていく。


「味方の攻撃、すべて高速の渦に消されています」


「なんという防御力でしょうか。でも、こちらにもまだ奥の手はあります」

 若き女王は美しいトパーズ色の瞳を乗組員に向けた。


「エネルギー充填まであとどれくらいかかりますか?」

「あと5分です。女王陛下」


「分かりました。それまでに敵の足を止めましょう。敵のタグボートに照準。すべて沈めてしまいなさい!」


 シトレムカルルは、タグボートを攻撃するよう命じた。大黒天を引っ張る招き猫号は攻撃力も防御力もなかった。戦列艦の主砲に狙われれば、それこそ一発で撃沈されてしまう。


「招き猫一号、二号、爆沈」

「三号、五号、六号、消滅」

「四号……。火災発生。空中制御できません。下へ落ちていきます」


「ケケッ……。これで大黒天はどん亀のなったぞや。だが、ただのどん亀じゃないぞや。ケケッ! 大量のミサイルの雨を降らせてやれぞや!」


 足を失った大黒天は、アウグストゥスと壮絶な殴り合いのような霊視弾道弾と魔法弾による猛攻撃を互いに行った。だが、アウグストゥスの主砲は、地獄の門が完全に防いでいた。大黒天の霊子弾道弾の攻撃もアウグストゥスは、回復したシールドで防いでいた。


 霊族の使う霊子弾道弾は、長距離の場合、姿をくらませ、思いがけないところから現れて向かってくるために、防御シールドが後手になり、被害を受けていたが、今は至近距離である。撃ったところからトレースできるために、着弾地点を予想でき、その部分を瞬時に強化することで被害を少なくすることができていた。

 

 霊族の霊子弾道弾が消える仕組みは、妖精族の時間に作用するものではなく、空間と空間をつなげるようなもので、その単位は二キロとなっていた。二キロ以内の空間では空間をつなぎ直すことができないのだ。

 

 だが、それでも数を撃てば、シールドを突破してアウグストゥスに命中する霊子弾道弾もあり、徐々にではあるが、大黒天の方が有利に見えた。妖精族の方が地獄の門を破らなければ、いずれ、負けるてしまうであろう。

 

 だが、シトレムカルルには最後の切り札があった。


「エネルギー充填完了しました! 女王陛下、いつでも撃てます!」

 

 妖精族の乗組員は勝利を確信した。圧倒的な不利な状況から、一発で逆転できる瞬間がやってきたと誰もが思った。これで不思議な能力で自分たちを苦しめてきた霊族を一挙に葬ることができるのだ。

 

 女王シトレムカルルは敵の旗艦大黒天に指先を向けた。これで終わりにするという決意で指がかすかに震える。


「地獄の門を突破して、次のステージに行くのは私たちです!妖精剣ダインスレイフ、撃てえええええ!」


 妖精族艦隊旗艦アウグストゥスの後ろから、大きな光りの剣が現れ、大きな弧を描くよう剣の切っ先が残像を残した。大黒天の地獄の門は真っ二つに切られ、白い渦はアッという間に四散した。そして、その余波で大黒天のあちらこちらから爆発と煙が上がる。


 妖精剣ダインスレイフは、メイフィアでいうところのデストリガーであった。対ドラゴン用の切り札攻撃であるが、この場合、霊族の旗艦に致命的な打撃を与えることに成功していた。


「小夜様~っ。地獄の門完全に消滅。敵の高エネルギー出力攻撃です。防ぎきれなかったところから、爆発しています」


 大黒天の艦橋は激しく揺れ、ショートしたパネルからは煙が上がった。大ダメージである。


「艦長、大黒天は沈むぞや?」

「いえ、小夜様、被害甚大ですが、まだ戦えます」


「うむ。艦長、われは少々、妖精族を侮っていたぞな。この世界が滅びるとうのに仲間同士で争うなど愚の骨頂というやつらぞな。だが、新女王はなかなかの人物ぞな。結局、われはこの戦い、一瞬たりとも眠ることはできなかったぞな。ケケッ」


「小夜様。あれを使うですか?」


 吉備津大佐は、スリーピングビューティと呼ばれる自分たちの主人たるこの娘の力を信じていた。だから、この状況でも慌ててはいなかった。妖精族にあと1隻、戦列艦なり巡洋艦クラス、いや、場合によっては駆逐艦があれば、霊族の負けは決定していた。あと主砲なり、魚雷なりの一撃を受ければ、大黒天は沈む。


 だが、妖精剣を使ったアウグストゥスは、続けての攻撃ができなかったのだ。小夜は一瞬の沈黙を見逃さなかった。


「怨霊の死槍発動。撃のじゃ!」


 小夜の命令と共に、大黒天の左右に付けられた細い金属の棒。先は鋭く尖っており、槍と言えば槍。それを人間の腕のモニュメントが現れ、それをがっしり掴むと後ろへ引きつけてから、前へ鋭く突き出した。


 放たれたヤリは放物線を描いて、アウグストゥスの真上と右上からクロスするように突き刺さった。防御無視の直接打撃である。そのヤリは、艦を突き抜けただけでなく、同時に艦内にいる人間の意識を奪うのだ。船の破壊と同時に乗組員を除外する攻撃である。


「じょ、女王……。へい……か」


 妖精族旗艦アウグストゥスの艦内では、乗組員がバタバタと意識を失って倒れていく。提督のストレムカルルも、遠のく意識の中で自分たちが負けたことを悟った。


(あと一歩でした……。でも、これだけ健闘すれば、戦後の発言権が少しでも強くなれます。みなさん、よく戦ってくれました)


 体が崩れ落ちながらも、ストレムカルルは最後の威厳を保とうと仰向けに横たわり、両手を合わせて胸に置いた。霊族の小夜は、スリーピングビューティと呼ばれている。たぶん、彼女は寝ることはなかったであろう。それだけの戦いはしてみせることができたはずだ。それに当てつけて、自分は眠るように戦いに終止符を打つことにしたのだった。


 パンティオン・ジャッジ。セミファイナル。

 

 妖精族艦隊の旗艦アウグストゥスが沈黙し、霊族の勝利が確定した。


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