幕間 胎動の刻
「よし、トドメだ!撃て!」
旧式のミサイル駆逐艦3隻から、対ドラゴン用のミサイルが放たれる。この3日間寝る間も惜しんで追い回し、疲れきってはいたがそれは獲物のS級グリーンドラゴンも同じであった。トドメのミサイルが爆発し、ドラゴンは白目をむいた。すでに反撃用の腐食ブレスをはく力もなく、また、はいたところで、風下に巧みに追い込んだ駆逐艦側の計算の範疇であった。
ギャウウウ……キュウウウウウウ……。
ドラゴンは最後の叫び声を上げた。その叫びは灰色の雲に覆われた旧大陸の大地に飲み込まれ、次第に消えていった。
「隊長、ドラゴンのやつ、地上に落下しました」
「ふい~っ。討伐完了だ。今回は手間取ったが、無事に獲物を仕留めたな」
そう隊長と呼ばれた男は一息入れた。パトロール艦隊なら、十分な戦力でドラゴンを包囲して撃退できるが、ドラゴンハンターの場合は、それだけの戦力が用意できないことがほとんだ。よって、ドラゴンにちまちまとダメージを与え、逃げるドラゴンをしつこく追い回しながらダメージを蓄積させて倒す方法が取られていた。逃がさないために足の速い駆逐艦を用いることが多かったが、このドラゴンハンターのように3隻もの駆逐艦を用意できるのは、かなり大きな組織である。
隊長と呼ばれた中年男は、日焼けした顔、きれいに禿げ上がった頭には白いタオルをねじりはちまきにしていた。南国の漁師のような風貌といったら想像がつくだろう。彼は15歳の時から、タウルン共和国を根城にしているドラゴンハンターである。ドラゴンを狩るごとに国から報奨金がもらえるのだ。空を飛ぶ空中武装艦があり、国の簡単な審査を通れば誰でもなれる職業であるが、命懸けの厳しい商売であることは間違いがなかった。
ドラゴンハンターによって、毎年、多くのドラゴンが狩られるが、ドラゴンハンターたちもまた、たくさんの命をトリスタンの空に散らしていた。
旧式のミサイル駆逐艦で編成された部隊は、基地を出航するとSクラスドラゴンを探して1年以上、トリスタンの上空を航海する。途中、各国の軍港に立ち寄り、ハントを継続するのだ。まるでマグロを追い求める遠洋漁業のようである。
そうやって、このドラゴンハントを初めてあと2週間でちょうど1年になる。この討伐で今回の航海を終えて、本拠地のタウルンに帰ることができる。
これまでドラゴンを実に13頭討伐することができた。それによる莫大な賞金は乗組員への給料になり、次回のハンティングの軍資金になるのだ。多くの乗組員も1年ぶりの家族に会うことができるだろう。
「地上に落ちたのは厄介だが、降下して奴の角を採取するしかないだろう。野郎ども、準備にかかれ」
討伐したドラゴンの角を切り取り、持って帰ることで国より報償費が支払われる。これが国軍なら、報告のみでよいのだが、ドラゴンハンターは証拠を持っていかなくてはいけないのだ。通常は浮遊大陸上で討伐して、落ちたところを回収するのであるが、今回のように追い込みがうまくいかない時は、腐海に浮かぶ旧大陸の地上に落ちることがある。旧大陸は人間が住めないくらい汚染されているため、降りるにはそれなりの防護服を来て、さらに20~30分だけという限られた時間帯で作業をするしかないのだ。まあ、腐海に落ちるよりは、まだマシな作業であったが。
「隊長、なんだか変です。大陸が何だか動いています」
艦橋から双眼鏡でドラゴンが落ちたと思われる場所を見ていた部下が変なことを言い出した。彼は双眼鏡から目を離していない。
「ははん! そんな馬鹿なことがあるものか!」
ドラゴンハント歴35年の隊長は(何を馬鹿な……)と思ったが、自分の目に映る光景もまた、報告した部下と同じように見えた。
ドクン……ドクン……
あるで心臓が鼓動するかのような音と同じタイミングで地面が光っているように見える。
下は荒れ果てた土地で、赤茶けた不毛な岩場が大きく広がっている。その地面が緑色に光りながら、心臓の鼓動のように波を作っていた。その地面に先ほど退治したグリーンドラゴンの死体が横たわっていた。
「まさかな……」
不吉な予感がした。隊長は心の中で(エターナル……)という言葉を放ったが、音にはしなかった。その姿を見ることができたときには、人類の大半が死の淵に立たされているだろう。だが、その死の淵は、自分たちのすぐ目の前にあった。
突然、光が強く発した。駆逐艦の乗組員は視界を奪われた。地面が盛り上がり、大きな光の柱が上がる。3隻の駆逐艦はその巨大な光りの柱に包まれ、そして一瞬で蒸発した。
何事もなかったように、腐食した死の大地は静かになり、そして光が止まった。
目覚めの時が近づいている。




