第21話 パンティオンの神託(2)
いよいよ、トリスタン編開幕。
潜空艦隊のエヴェリーン、霊族の代表、新たな敵を迎えてどう戦う?
パンティオン神殿は、4つの浮遊大陸の中間にあるミッドガルドと呼ばれる小さな浮遊島にある。このトリスタンの人間が地上で暮らしていた頃は、地上の聖地と呼ばれる場所の中央に建てられていた。
この神殿は250年に一度のドラゴンとの聖戦に人類が勝ち残ることを祈るために建てられたもので、魔法族、機械族、霊族、妖精族と4種類の種族が住むトリスタンでも共通の聖なる場所である。
今、ここで4種族の代表が相対し、神殿に祈り、その神託によって、組み合わせを決めるのだ。代表となる4人はこの神殿にこもり、3日間の禊を行い、4日目に神託を受けるのだ。
平四郎たち、メイフィア代表は昨日にオレンジ島にある基地から巡洋艦で出立し、ここへ到着した。メイフィア代表提督であるフィンが神殿にこもっている間、神殿の下に広がる街で待機することになっていた。ここは日本で言えば、門前町みたいなところで、各地からやってくる巡礼者と旅行者で賑わい、それをターゲットにした土産物屋や、食べ物屋、宿泊施設がたくさん集まっている。4種族が入り乱れているので、それこそ異国情緒豊かな街であった。
「霊族って、初めて見たけれど、足がないって本当なんだ」
平四郎は街行く霊族の人間を見て少しだけ驚いた。足がない……と言っても、上半身から下半身にかけてだんだん姿が薄くなっているように見え、人によって消えるポイントは違うようだが、足首辺りで完全に見えなくなるようだ。足先が見えないので歩き方は、まるで飛んでいるようだ。ちなみに服装のスタンダードは日本の和服みたいなスタイルなので、足があるのかないのかは定かではない。
こう書くと完全に(幽霊じゃ!)と思てしまうが、顔色は健康そうで表情があり、この点では普通の人間と変わりがない。それに霊族はどうしたわけか、男も女も美形ぞろいである。
「平四郎、いつかカロンの首都、デ・ダナーンの霊族の美人ちゃんがいるお店に行こうなあ!」
ナセルのバカが、そう平四郎に話しかける。それを聞きつけたミート大尉が、
「ナセル、この浮気者~」
強烈な勢いでナセルの耳を引っ張る。引っ張るだけでなく、ぐるぐる振り回してまるで円盤投げのように放り出す。投げられたナセルは市場の果物屋のテントに突っ込んで店主に叱られることになる。相変わらずのはた迷惑な夫婦漫才だ。ちなみにナセル曰く、霊族もちゃんと実体があり、触った感もあるそうで、消えているのは見た目だけだそうだ。
あと、変わっているといえば妖精族。妖精族の一番中心種族は、エルフと呼ばれる人々で、細身の体と金髪か銀髪の細い髪、耳がとんがっている。ファンタジーな世界では典型的なビュジュアルである。それに羽の生えた小さな体のピクシー族にトラ吉のようなケットシー(ケットシーは珍しく、この観光地では他には見ることはなかったが)などの種族がいるそうだ。
平四郎はナセル、ミート大尉、プリム&パリムちゃんとカレラ少佐、トラ吉というレーヴァテインのメンバーと一緒に街でぶらぶらしていた。総参謀長のマリーは他の種族との連絡会議があるからといって参加していない。マリーが忙しい代わりにフィンが神殿で儀式に参加している間、平四郎たちは暇なので宿舎から出て、ぶらぶらするのが日課なのだ。ちなみにレーヴァテインの乗組員と書いたが、正確には平四郎の隣にはリメルダが当たり前にように歩いているし、その友人のナアムもトラ吉と一緒に歩いている。
しばらく一緒に歩いていたが、そのうち、カレラ少佐、プリム&パリムちゃんは服を買うからと市場の服屋街に行ってしまったし、ナアムとトラ吉も珍しく、妖精族の店で自分たち用の装備を買うと言って別れてしまった。
ナセルは「お邪魔虫は消えるしかないよね~」と言ってミート大尉と姿を消してしまった。どちらかというと、ナセルの奴、平四郎とリメルダを理由にミート大尉とデートしようと思ったのであろう。先程、投げ飛ばされたのに懲りない男である。まあ、怒りながらもナセルとデートするミート大尉のツンデレぶりは無視することにしょう。この二人、結構、仲が進んでいるらしい。婚約指輪を給料3ヶ月分で買うから、定番の店に行くのが1ヶ月に一回になってしまったと彼が嘆いていたからだが。
(ナセル君、そういう場合は0回でしょうが!)
とうことで、平四郎はリメルダと二人でデートみたいな形になっている。先日のオレンジ島ではフィンが第2夫人も第3夫人認めると宣言したから、ちょっと微妙な空気が流れている。いつもよりもぎこちないのだ。
今日でフィンが神殿に籠って3日目になる。夕方には神殿に関係者が集まり、トリスタンの代表を決める神託を聞くことになっている。いよいよ、セミファイナルの組み合わせが決まるのだ。
「よっ! 元気か? 相変わらず、リメルダちゃんとラブラブか?」
平四郎は不意に肩を叩かれて、振り返ると見知った顔と彼女がこの場にいることに驚いた。
「エ、エヴェリーンさん!? どうして?」
タウルン共和国の代表、エヴェリーン員数外少将である。いつもラフな格好である。手下は連れていないから、「あねさん」から、普通のヤンキー姉ちゃんという感じだ。この人がタウルン共和国のパンティオン・ジャッジを制した人物とは誰も思わないだろう。
「神殿の儀式か? 滝に打たれて身を清め、部屋にこもって瞑想だと? あんなんでドラゴンを倒せれば、苦労はないさ。ということで、部下に身代わりをさせて私は観光しているというわけだ。アハハハッ…」
「確かにそうですが……」
平四郎も宗教めいた儀式の段取りは好きではなく、大切なフィンが3日間も儀式で苦労していることを思うとサボっているエヴェリーンに対しての思いは少々複雑ではある。サボっても悪びれたところがないこのタウルン代表の女性の顔を見ていると、仕方がないなあと許してしまうしかない。そもそも、この人が堅苦しい儀式を大人しくやるはずがない。
「それにしても、よく完璧なマリーに勝てたな。後で戦いの様子を聞いたが、見事な一発逆転だ。戦い方は私の艦隊と同じスタイルだ。どうだ?、やっぱり、お前、私の下に来ないか?」
「いえ、僕は……」
「ダメです!」
隣にいたリメルダがギュッと平四郎の腕にしがみついてきた。間髪入れずの拒否の言葉だ。
「おやおや、リメルダちゃん。何も彼氏を盗ろうって話じゃないよ。純粋にドラゴンを倒す聖戦に平四郎が必要だから誘ってるんだよ」
エヴェリーンはやれやれと腕をゆっくりと組んだ。彼女が見たところ、リメルダは前よりも一掃フォーリンラブ状態であると見抜いていた。これは病級であろう。ツンデレ気味な以前の姿は一切なく、素直に愛情表現しているのである。
「それでもダメです」
「リメルダちゃん、君も立場が複雑だから仕方ないけれど、今後始まるドラゴンどもとの死闘には、理屈抜きで全種族が協力しなくてはならない。まあ、いいけどね。私が勝てば、君たちをまとめて部下にしてやるさ。リメルダちゃんも来るがいいさ。平四郎は我が潜空艦の艦長で私の右腕。リメルダちゃんは、平四郎の副官にしてやるよ。じゃあな。セミファイナルで君たちと当たることを願っているよ」
「お、大きなお世話です!」
リメルダの抗議も無視して、部下とともに屋台の料理で酒盛りを始めたエネリーン御一行。これじゃ、タウルン軍のお堅いお偉いさん方はやきもきしていることだろう。
「それにしても……あの人と戦うことになるんだろうか?」
平四郎はそう思わざるを得ない。今日の夕方には対戦相手が決まる。メイフィア代表の第5魔法艦隊は、3分の1の確率でエヴェリーンのタウルン国潜空艦艦隊と戦うことになるのだ。かなり手強い相手であることは間違いない。




