第20話 VS第1魔法艦隊 ~サンビンセンテ空中戦(7)
完璧なマリー様の第1魔法艦隊との決戦も佳境に入る。大苦戦する第5魔法艦隊に逆転する方法はあるのか? 微妙にアドミラルとは違う展開にワクワク?
後ろから現れた大艦隊を見て、第5魔法艦隊の各艦の乗組員は、動揺し、そして恐怖した。戦列艦5隻、巡洋艦8隻を中心とした大艦隊である。しかも戦闘をしていなく、よって消耗もしていないのだ。はるかに戦力が劣り、しかも魔力も弾薬も尽きかけている第5魔法艦隊にとっては厳しい状況であることは間違いない。
おまけにさっきまで戦っていたマリーのコーデリア3世は、煙幕を張って後退し戦線から離脱していた。それに追撃をかけたいところだが、後方に大艦隊が出現し、全艦隊が混乱状態である。レーヴァテインだけが突出するわけにもいかず、みすみすマリーの後退を許すことになった。
(絶妙なタイミングでの後退。おそらく次の作戦の一環なのだろうが……。マリー王女の知略は「完璧なマリー」の尊称にふさわしい)
平四郎はマリーの全てを手の内に入れて、粛々と作戦を実行していくことに驚くと同時に、それを実行するだけの強大な魔力、艦隊に所属する人員の士気の高さ、そして熟練度。すべてが揃ってのことだと思った。それに比べて第5魔法艦隊は艦艇こそ互角に揃えたが、全体の熟練度は遠く及ばない。マリーのように艦隊全体で演習をたくさんできたわけではないのだ。
平四郎とフィンによる魔力無限大のチート能力コネクトも、レーヴァテインだけが無双しても戦局を一気に変えることはできない。どんなに最強戦士でも数の力で押されては、劣勢に陥る。マリーの巧さはさらに際立ち、レーヴァテインとは戦わず、それ以外の艦艇に攻撃を集中させたところ。じわりじわりと消耗させられていたのは、第5魔法艦隊の方なのだ。
「旦那、どうしますにゃ」
「う~ん。こりゃ、負けるかもね。味方の混乱状態をなんとかしないと、レーヴァテイン以外は全滅だよ」
そんな会話を平四郎とトラ吉がした時、フィンが立ち上がった。いつもおどおどしている感じではない。目には決意の火が灯ったかのように別人の厳しさが見て取れた。
「第5魔法艦隊の全艦艇に告げるです! 前進しながら艦隊を再編。密集体型に。魔法シールドの弱い艦は内側に、強い艦は外側に配置。各自、応戦するです!大丈夫です、みなさん、司令部で対策を考えています。起死回生の作戦を指示するまで、頑張ってください!」
いつも寡黙で、他の艦艇の乗組委員からは、「サイレントビューティー」などと言われていたフィンにそう言われると、なんだか逆転できそうな気になって来るから不思議だ。第5魔法艦隊の各乗組委員はフィン提督を信じて、「螺旋の輪舞曲」の陣形に取り込まれ、上下左右から次々に攻撃される状況で、必死に防戦する。
「フィン、何か考えがあるの?」
ミート少尉が尋ねた。親友ことをよく分かっているだけに、起死回生の作戦案があるとはとても思えなかった。
「わたしにはないです」
ケロッと答えるフィン。ある意味、大物である。
「そうだよね……。この状況を覆すことができるのは神様ぐらいだわ」
「でも、わたしには神様みたいな人がいるです」
(はあ~)
ミート少尉は、フィンの言いたいことが分かっていた。だから、その神様みたいな人に話題を振る。
「平四郎、何か案があるの? コネクトによる無敵状態もこの数ではジリ貧だろうし、やはり、デストリガーを使うしかないのでは……」
平四郎は(デストリガー)とミート少尉に聞かれたが、フィンも自分もそれを使った戦術は最初から捨てていた。理由は2つである。
一つは、道義的な問題。マリーは第5魔法艦隊への妨害行為には一切関わっていないにも関わらず、責任を全うして自分のデストリガーを封印していた。もし、彼女が勝利だけを第一に考えたのなら、封印などしない。そんなことをしなくても、おそらく彼女を批判するような人間はいなかったであろう。現にこれまでの戦いで、デストリガーという選択があったのなら、第一魔法艦隊に勝つ見込みは全くなかったといっていい。
そんな状況で、自分たちが勝利だけを考えて、マリーに対してデストリガーを使用するのは、例え、勝ったとしても決して賞賛されないだろう。
二つ目の理由として、これが最も平四郎が恐れ、デストリガーを使用しないと決めた理由となるのだが、マリーはおそらく、レーヴァテインのデストリガーを無効化する方法を用意しているということだ。完璧のマリーの名をいただく、第1公女が敵の切り札に対して何も策を用意しているはずがなく、無効化どころか、それをもってトドメを刺すことくらいやりかねなかった。そういう可能性があるのに、不用意にデストリガーに頼るわけにはいかないのだ。
では、平四郎には何も策がないのか?「神様みたい」と言ってくれる大好きなフィンの期待に応えられないのか?
(いや、そこを応えるのが男でしょう!)
そう、平四郎には考えがあった。しかし、それには絶妙なタイミングが必要で、今すぐというわけにはいかなかった。完璧なマリーにほんのわずかな隙をつくしかないのだ。このまま、第1魔法艦隊に押しまくられ、勝利することが絶望になるという瞬間、逆を言えば、マリーが99%勝利を確信する瞬間までひたすら耐えるしかないのだ。
「カレラさん、レーヴァテインはこのまま、艦隊の先頭に位置し、直進してください」
「了解艦長」
「フィン、高速駆逐艦3隻(ウルド、スクルド、ベルダンディ)をレーヴァテインの直衛にして、一緒の行動が取れるようにしてください」
「分かりました、平四郎くん」
「ミート少尉、味方の損害は?」
「各艦、頑張っているけれど、損害は増える一方です。現在、駆逐艦3隻、巡洋艦2隻、撃沈。戦列艦は踏ん張っていますが、フレイアは主砲が全て使用不能で、ほぼ戦力外です。巡洋艦の盾になっている状況です」
「リメルダは?」
激戦の中、ブルーピクシーを駆る第2公女は、駆逐艦部隊を巧みに動かし、回避を繰り返しながら、ささやかな抵抗を試みていた。
「平四郎、何か企んでいるようだけど、あまりもたないわよ」
スクリーン越しに駆逐艦が被弾し、爆発して落ちていく様子を背景にリメルダの美しい顔が映し出される。この2時間の戦闘で疲れが出ている。ブルーピクシーも何発か魔法弾が着弾しており、損害が出ている状況であった。
「あと、少しだから頑張れよ」
「う、うん。分かっているわ。こんなところで死んでたまるかだわ」
パンティオン・ジャッジは単なるゲームではない。人類の存亡をかけた戦いなのだ。撃沈されれば、戦死する可能性が高いのだ。
「リメルダ、ブルーピクシーの索敵能力で、コーデリアⅢ世の位置は分かる?」
イージス艦ブルーピクシーには、戦闘能力を削ったぶん、索敵能力が異様に高いのだ。後ろに第1魔法艦隊の主力が現れ、混乱しているうちにコーデリアⅢ世は体勢を立て直し、後方に後退して取り逃がしていたのだ。だが、この螺旋の輪舞曲の陣形に取り込んだ以上、その終焉の場所にそれは待機しているはずである。いずれ分かるにしても、事前にどこのポイントであるか知っておきたかったのだ。
「ナアム、分かります?」
リメルダが艦長のナアムに聞く。この有能なケット・シーは、すぐさま、索敵レーダーを駆使し、コーデリアⅢ世の位置を割り出した。
「データをそちらに送るわ。まあ、5分ぐらいで、そちらでも魔法感知できるでしょうが」
「ありがとう、リメルダ」
「どういたしまして……」
そう言って、リメルダがにっこり微笑んだ時に、ドドドゴーンっと画面が揺れた。ブルーピクシーに被弾したようだ。プッツリと映像が途絶えた。
「ブルーピクシー、被弾。格納エリアから火災発生したもよう」
(リメルダ、絶対死ぬな……)
平四郎は心の中でそう思った。声に出しそうになったが、なんだかフィンの手前、言葉を飲み込んだ。この状況でそう女友達に言うことは、別におかしくはないと思うのだが……。
第5魔法艦隊にとって、少しだけ幸いしたのが螺旋の輪舞曲を仕掛けたのがルイーズ少将で、前任のヴィンセント伯爵よりも操艦指揮が少しだけ劣っていたことであった。無論、ルイーズ少将はマリーに抜擢されただけあって、有能な人物であったが螺旋の輪舞曲を完璧に指揮するには、まだ経験が足りなかったのだ。微妙な艦隊航路のズレと第5魔法艦隊の必死の防戦に完全撃破するところまでに至っていなかった。ヴィンセント伯爵が指揮していたなら、もうすべての船が沈められているだろう。
「完璧ではないが、予定通り、敵の戦力を削りつつある。最後はマリー様に仕留めていただこう」
ルイーズ少将は、多少、不満はあるものの、全体としては圧勝に近い状態に満足していた。螺旋の輪舞曲の筒状の陣形に取り込まれた第5魔法艦隊は、四方八方からの魔法弾攻撃に次々と撃沈されていく。中核で戦線を支えている戦列艦オーバーロードとカシナートも攻撃するする力が失われ、撃沈する寸前まで追い込んでいた。
敵艦隊の先頭に位置している旗艦レーヴァテインと護衛駆逐艦には、理想的な攻撃陣形である螺旋の輪舞曲の唯一、攻撃が薄いところでることもあって、有効打は打ててなかったが、先頭部隊に対するのは、それこそ、マリーの役割であろう。




