第20話 VS第1魔法艦隊 ~サンビンセンテ空中戦(1)
「マリー、マリー、いい子にしてた?」
「あ、コーデリアお姉さま。いつお帰りになったのですか?」
「さっきよ。クロービスに着いてすぐ飛んできちゃった」
「うれしいです。コーデリアお姉さま」
年の離れた姉が半年ぶりに外国から帰ってきたのを11歳のマリーはうれしくて、思わず抱きつきたくなった。が、そこは王女として普段から厳しく躾けられている。はしゃぎたくてもマリーはグッとこらえて、上品に微笑んで姉を出迎えた。
姉のコーデリアはそんな妹の表情を見て、自分がいないためにマリーには不自由をかけていると察した。一人だけなので、王女としての教育も厳しく行われているのであろう。それに加えてマリーは公女候補であった。この世界を守ると言われる公女になるための勉強も行っているのだ。
そんな毎日を送る小さな妹。母であるマリアンヌ女王は多忙で、父は早くに亡くなっているので、マリーには心を許せる相手がいないのだ。そんは妹をコーデリアは可哀想に思った。
「いい子だったマリーには、お土産をあげるよ」
「え、なに、なに? お姉さま」
コーデリアは大きな紙の包をメイドから受け取った。留学先のタウルンで買ったクマのぬいぐるみである。タウルンルンという人気キャラである。色は赤い色である。
「わあ! 可愛い」
姉から手渡されたマリーは、そのぬいぐるみに顔をくっつけた。モフモフの心地よい感じが何だかうれしい。
「これはタウルンルンというクマさんよ。赤色と黄色があるのよ」
「ふ~ん」
「ペアで持つと幸せになれるんだって」
「あ~ん、姉さま。マリーは黄色のクマさんも欲しいの。そうすると幸せになれるんでしょ?」
「黄色のくまさんは、マリーが好きになった人からもらうのよ。好きな男の子とかいないの?」
「いない。男の子なんか大嫌い。あいつら最低だわ。特にヴィンセント」
「あらあら……」
コーデリアは無邪気なマリーの態度に笑みを浮かべた。ヴィンセントは従兄弟の男の子であるが、小さい頃はよく遊んだが、さすがに今は遊ばないらしい。マリーも11歳でレディになったのだとコーデリアは妹の成長が微笑ましく思った。
「じゃあ、次に帰ってくる時には、黄色のクマさん、買ってくるよ」
「やったー」
マリーはコーデリアが背負っている筒に気がついた。それは水色で直径7センチ程の小さな筒で長さは1mほどあった。
「ん? これ?」
コーデリアはマリーの視線を感じて、筒をマリーに見せた。
「これはね。空中武装艦の設計図が入っているのよ」
「設計図?」
「そう。将来、マリーが乗る戦列艦を設計してるの。まだ、姉さん、勉強の途中だから、完成してないけれど、完成したらあなたにプレゼントするね」
「うん。姉さま、マリーは待ってるよ。姉さまが設計した船に早く乗ってみたい」
「すぐよ。すぐにできる。だから、マリーはしっかり勉強するのよ」
「はい。お姉さま」
マリーはそう元気に答えた。愛しの姉は1週間の休暇を終えるとまた、留学先のタウルン共和国に帰ってしまった。手を振って旅立つ姉をマリーは見送った。
それがマリーの見た最期の姉の姿であった。
雨が激しく降る日だった。
玉座に座る母が水色の筒を抱きしめて泣いている。その前には片膝をついた貴族の男がいる。その男はマリーがよく知っている人物である。リメルダという同い年の女の子のお父さんでもある。
(アンドリュー公爵様がどうして? なんで女王陛下が泣いているの?)
マリーにはその光景がとても嫌なことにつながっていると直感で感じた。女王が握りしめている筒は半年前に姉のコーデリアが見せてくれたものだ。
(コーデリアお姉さまが帰ってきたの? どこ? なんで、みんな泣いているの?)
侍従もメイドも大臣もみんな泣いている。マリーは悟った。
(お姉さまにもう会えないんだ……)
姉のコーデリアが空中艦の事故で亡くなったと知らされた。後にドラゴンによって殺されたのだと知った。
「は?」
マリーはうたた寝をしていた自分に気がついた。第1魔法艦隊旗艦コーデリア3世の提督席にかけたまま、寝ていたようだ。
(またあの夢……。コーデリア姉さま……)
「シャルロッテ」
「はい。マリー様」
マリーは横に立っている副官のシャルロッテ少尉に尋ねた。
「わたくしはどれくらい寝ていましたか?」
「15分ほどです」
「そうですか……。わたくしは何か言っていませんでした?」
「いいえ。よくお休みでした。お疲れのようです。ここは艦長に任せてお部屋で休まれたらいかがでしょう。演習に出てから、マリー様は十分な休養をとっていません」
第5魔法艦隊との決戦に備え、マリーは演習代わりのドラゴン退治をしていた。ヴィンセントの件で中断していたドラゴン10番勝負の続きだ。目標の10頭を討伐し、今は首都クロービスに戻る途中なのだ。
「そうですね。クロービスまであと何時間ですか?」
「およそ5時間です」
シャルロッテ少尉は有能だ。マリーがそう聞くと思って航海長からおよその時間を聞いていた。
「では、シャルル大佐。あなたに任せます」
「はい。ユア・ハイネス。おやすみなさい」
マリーは最近抜擢した若い艦長に後を任せて、立ち上がった。シャルル大佐はヴィンセントの更迭後に国軍から引き抜いた青年士官である。あのリメルダの兄であった。スカウトをしただけあって、大変有能で、今回の演習ではその力を十分に発揮していた。ヴィンセントの抜けた穴は完全にふさいで、戦力の低下を防いでいた。さらに、艦隊運用の達人のルイーズ准将という女性軍人も見出していた。彼女に任せれば、マリーの思った作戦が実行できるであろう。
(必ず、わたくしが勝ちます。メイフィアの代表はわたくし。そして、トリスタンの盟主となる。ドラゴンどもは全部、退治して、人々を守る)
「それが姉様の意思」
第5魔法艦隊との戦いは1ヶ月後に迫っていた。




