第18話 タウルン共和国サザビー行き(4)
ぐりぐりって……どこ!
セクハラ提督エヴェリーン姉さん。それはちょっと……。
平四郎とリメルダは、タウルンの潜空艦艦隊の旗艦、ザ・ハイ・プリーステスの提督執務室に通されていた。ソファに腰掛け、先ほどの青年士官が二人にお茶を出す。
「あの、提督閣下。この待遇は?」
リメルダがそう快活な提督に尋ねた。
「はいはい、リメルダちゃん、もう演技はしなくていいよ」
エヴェリーンは、ドカッと平四郎の隣に座ると足を平四郎の両膝に乗せてくる。タウルンの国軍の女性用将官の服装は、上着がお尻を隠すようなデザインで、ぴっちりと足にはりつくようなタイプの白のパンツルックスタイル。それにロングブーツという出で立ちだ。
この辺は露出がそれなりにあるメイフィアとは違う。
(デザインしたバカもの……出てきなさい)
(いやいや、露出の多い軍服など、リメルダやフィン、エヴェリーンまでは許せるが、オバチャン提督だったら、致命傷でしょ!)
リメルダは自分の名前を呼ばれたことへの驚きよりも、平四郎の膝に両足を乗せてくる女にムカついてきた。
「私たちはただの商人夫婦ですわ」
「嘘が下手だねえ……。大貴族のお嬢様は、世間知らずというか、何というか。このマイスターの僕ちゃんはともかく、あんたは存在自体がおかしいの!」
「な、なんですって!」
「それにアタシはあんたが11歳の頃に会ったことあるよ。あんたのお屋敷でね」
リメルダはエヴェリーンの顔を見た。そう言われれば、一度あった記憶がある。ドラゴンハンターらしき中年の男が父に会いに来て、そのお供で付いてきたお姉さんだった気がする。
そうあのメイフィア王国第1王女コーデリア姫が乗っていた民間空中客船がドラゴンに襲われて墜落した事故。それを救出に行き、フィンを助けたタウルン共和国のドラゴンハンターの娘がエヴェリーン。そして遺品を届けた先の知り合いの貴族がリメルダの父であった。
「アタシは、機械国家タウルン共和国のパンティオン・ジャッジ覇者、エヴェリーン・ククル。ようこそ、アタシの国へ。第5魔法艦隊旗艦、レーヴァテインのマイスターにして艦長、異世界から来た救世主、トーゴーヘイシロウ。写真で見るよりいい男じゃないか?」
そう言って、エヴェリーンは足をグリグリする。
「ちょっと、そこは……おうおう……」
平四郎はなすがままだ。
「そしてあなたは、メイフィア第2魔法艦隊の提督のリメルダ・アンドリュー公爵令嬢。二人共、将来のライバル候補だから、よく知ってる。研究もさせてもらってる」
「タウルンの代表ですって」
リメルダは他国の代表を名乗る女の姿をまじまじと見た。魔力の強い少女を全国から選び、公女として競わせるが、タウルンのパンティオン・ジャッジ完全なる公募制と聞いている。
全国から集まる義勇軍と国軍の艦隊が競いあうのだ。その結果、この女性が選ばれたというのだろうか?
「その目は疑っている目だね。これを見なさいよ!」
そう言ってエヴェリーンは左腕の横に貼り付けられたワッペンを見せる。パンティオン・ジャッジを制した証拠である金色のドラゴンを2本の剣が突き刺している絵のデザインがある。
「そのバッジを見ると本当のようね。まさか、潜空艦の艦隊が勝ち残るなんて」
リメルダはエヴェリーンの顔を見る。平四郎の膝に足を乗せてふざけているようだが、その目は真剣だ。修羅場をくぐってきた猛禽類の目だと感じた。
潜空艦とは、このトリスタンに存在する分厚い雲の中に潜み、攻撃する特殊な軍艦である。トリスタンの雲は通常の雲もあるが、場所によってはドラゴンの作った瘴気の塊でできたと言われるディープクラウドと呼ばれる雲海が生じることがある。その中は魔力がかき消されたり、電子系統に不具合が生じたりするなど、トリスタンの文明を拒絶する空間であった。空中艦がそこに突っ込むとたちまち、コントロール不能になる、恐ろしい場所なのであった。そのディープクラウドの中を進むことができるのが、潜空艦なのである。
メイフィアにもあるにはあるが、潜空艦はその特殊な構造に対するメンテナンスの面倒さと戦術的に使いにくいとされていて、国軍に僅かに配備されている程度だ。雲海がない戦場ではただの小型船に過ぎず、火力もないので艦隊主力とはならないのだ。
「アタシはね、国軍出身でもないし、ましてや政府の人間でもない。ましてや、あんたのような貴族でもなければ公女でもないさ。しがないドラゴンハンターの頭目さ」
「ドラゴンハンターか」
平四郎がこの国に来てバルド商会に務めることになったとき、その商売の客がドラゴンハンターであった。ドラゴンを討伐して金を稼ぐ職業だ。平四郎には馴染みが深い職業である。
「正確には、アタシのオヤジが頭目だったんだ。オヤジから引き継いだ潜空艦4隻でパンティオン・ジャッジを勝ち抜いて、今は10隻にまで増えたのさ」
(潜空艦4隻から、タウルンのパンティオン・ジャッジを勝ち抜いた……只者ではないわ)
リメルダはそう思わざるを得ない。フィンの第5魔法艦隊も4隻スタートであったが、それでも火力のある巡洋艦と駆逐艦であった。
「でさ、アタシはあんたたちに聞きたいことがあって、ここに呼んだのさ」
「聞きたいこと?」
平四郎とリメルダが同時に言葉を発した。エヴァリーンの顔は真剣であった。もう平四郎の膝に足は投げ出していない。
「お前たちは、ドラゴンとの戦いをどう考えているんだ?」
「どうって……」
リメルダはエヴェリーンの聞きたい真意が分からなかった。トリスタンを守るためなどという単純な答えではないようだ。
「あんたたち、ドラゴンを討伐したことはあるのか?」
「あります。平四郎もあります」
「クラスは?」
「わたしがM級……。平四郎は?」
「S級だったと思う」
「なら少しは分かるだろう。奴らがどれだけ強いか。そして人類がどれだけ脆弱なのかを。今は国軍やハンターが水際で奴らを討伐しているから、大半の国民は恐怖を知らない。知らないから安穏とした生活を送っている。あんたたちの予選の様子を見たが、まるでショーだな。生きるか死ぬかで戦っていない!」
「それは誤解だわ! メイフィアのパンティオン・ジャッジでも多くの犠牲を出してドラゴンに備える戦いをしているわ。生きるか死ぬかで戦っています」
「あんたたちの生きるか死ぬかは、レベルが低いわ。まあ、いい。1年もすれば、アタシもお前たちもパンティオン・ジャッジの結果に関係なく、あのドラゴンども戦って死ぬかもしれない。トリスタンの住民もたくさん死ぬ。この世界は地獄のような世界になるだろうよ。そこで次の世界に人が生き残るために、何を為すかだ。それがパンティオン・ジャッジの意味だよ」
「パンティオン・ジャッジの意味……」
平四郎は小さくつぶやいた。
「女を守るためだとか、好きな男と一緒にいたいだとか、そんな浮ついた気持ちで戦うな! それこそ死ぬよ。そして、アタシたちが死ねば何万、何十万の人間がさらに死ぬ。そういう戦いなんだ。ドラゴンと戦うということは……。アタシはそれをオヤジに教えられた。だから、勝ち抜くことができたんだ」
「エヴェリーン少将……」
「員数外少将だ。国軍からは給料出ていないイレギュラーだからね。まあ、有能な軍人を部下に回してくれるから悪くはないけどね。オヤジの部下だけだと、スマートさに欠ける」
ドンドンとドアが叩かれる。合図を送ると、先ほどの青年士官とは違った中年の小太りな男がドアを開けた。タウルン国軍の軍服は着ているが、どうも気慣れていない感じがする。
「お嬢、軍から状況を報告せよと矢の催促ですぜ」
「ふん。S級を討伐したんだから、ちゃんと規定通り金よこせって言った? タウルン軍の支度金だけじゃ、艦隊の強化は十分じゃないからね。いいわ、アタシが掛け合うから!」
そう言う小太りの部下に言うとエヴェリーンは立ち上がった。
「あんたたちのライバル、マリー王女様はLクラスを討伐したっていうじゃない。王女様は理解しているようね。この戦いの厳しさを。それとリメルダちゃん、この男に抱かれた?」
「え?」
絶句して声が出ないリメルダ。平四郎も固まっている。先ほどのファーストキスの記憶が蘇ってくる。
「好きな男には早く抱かれておくことね。戦いが始まれば、いつ死ぬか分からないよ」
「なっ! 何を……」
ズバリとセクハラ発言っぽいことを言われてリメルダが絶句した。
「平四郎だっけ? 異世界の男は、いいもの持ってるね。これで何人の女を泣かせるか知らないけれど、わざわざ、こんな危ない世界に来たんだ。せいぜい、生きていることを楽しみな。それじゃ、次回会うときは戦場だろうが、その時はいい戦いをしてくれよな」
二人を残して去るエヴェリーン。申し訳なさそうに青年士官が口を開いた。
「提督が失礼なことを申しましてすみません。エヴェリーン様は、パンティオン・ジャッジの前にお父さんと婚約者をドラゴンに殺されてしまったのです。でも、個人的な復讐心で戦っていないのですよ。あの方は……。私もメンズキルの恐怖を乗り越えて、この艦隊に志願したのは、あの方のトリスタンを思う気持ちに応えたかったのです」
「そうですか……お父さんと、婚約者を……」
エヴェリーンが父親のことを過去形で喋っていたので、よもやと思っていたがやはりそうだったのかと平四郎もリメルダも思った。
「この船のみ、全速力でサザビーの港へ向かっています。あと2時間ほどで到着します。それまでこの部屋でお待ちください。到着次第、ホテルまで送らせていただきます」
そう言って青年士官は退出した。エヴェリーンのせいで気まず~い状況になった二人を残して。
気まずいので他の乗客のところへ移動しますです。