Episode 6
宇宙空母「ブルーウィル」の若き艦長セリカ・セレスターは、自宅リビングのソファに腰掛け、琥珀色の液体が入ったグラスを片手に、深夜テレビを鑑賞中だった。
少々エッチな番組だ。
クオレがいたら、これは見られない。
鬼の居ぬ間のなんとやら、だった。
ピンポーン♪
不意に玄関のチャイムが鳴った。
誰だこんな時間に?
今日、クオレは帰って来ないはずだ。
ああ、そういえばサーナに、今夜は家にいると伝えてあったっけ……。
エッチなテレビを消し、ソファから腰を上げて、玄関に向かう。
玄関脇の鏡で軽く髪の乱れを整える。
完璧だ。
ドアのチェーンを外し、扉を開ける。
「なんだ、来たのか、サー……」
「あんたねええええぇぇぇ――――――――――っ!!」
ドアの外には、怒り心頭で鬼の形相になったクオレと、目に涙を溜めたサーナが立っていた。
バタン! ガチャン!
慌ててドアを閉めて、鍵を掛ける。
「開けなさいよ!!」
しばらく、ドンドン! とドアを叩く音が聞こえていたが、やがて、ピンポン! ピンポン! ピンポン! ピンポン! ピンポン! ピンポン! とピンポンの連打が始まった。
これはたまらんとドアを開けるセリカ。
「説明しなさいよ!!」
「すまん、俺が悪かった!」
「言うことはそれだけかああああっ!!」
涙目でワインボトルを振りかぶり、殴りかかってくる婚約者。
「待てクオレ、それヤバい! マジで死ぬから!」
テレビドラマの格闘シーンなどでは、瓶で人を殴ると、簡単に瓶が割れてしまうが、実際にはそうはならない。
本物の酒瓶はもっと頑丈で、人を殺害する威力を持った立派な凶器である。
「死ね!!」
「いてえ!」
側頭部にワインボトルの一撃を受けて、倒れながらセリカが懇願した。
「お願いします! 命だけは!」
「あんたを殺して、あたしも死ぬ!」
「いやだ!」
暴れまわるクオレの背後、開いた玄関ドアの前で、サーナが泣き崩れている。
セリカは部屋の奥に向かって逃げ出した。
「逃がすか!」
クオレがワインボトルを投げつけてきて、それが後頭部にヒット!
「おぐっ!」
思わず後頭部を押さえる。
血が出ていたが、構わずリビングに駆け込み、テーブルの上の携帯電話をつかむ。
メモリに入っているクオレの実家の電話番号を表示し、通話ボタンを押す。
「あ! もしもし、おとうさんですか!? やー、先日はどうも! ええ、また釣り行きましょう。ところで助けてください! あなたの娘さんが!」
「何やってんのよ、あんたは――――っ!!」
後を追って駆け込んできたクオレの前に、携帯電話を突き出してかざす。
『何をやっとるんだ、クオレ!? またケンカか? おまえは怒ると何をするかわからんから、とにかくやめなさい!』
スピーカーモードの電話からは、父の声が響いていた。
自分を諌める父親の声に毒気を抜かれたのか、クオレがその場に崩れ落ちた。
「もう終わりよ……」
そのまま両手で顔を覆って泣き出した。
玄関先からは、サーナの嗚咽が聞こえている。
セリカにも、これは収拾のつけようがなかった。
後頭部からの出血はかなりひどいらしく、首筋に生温かいものが流れている。
床の絨毯に、血痕がボトボトと落ちた。
大惨事にもほどがある。
自分で救急車を呼ぶべきだろうか?
セリカは何もできず、ただ号泣するクオレの前で、呆然と血だらけの床に座り込んだ。