Episode 5
ワインも買った。
この間雑誌に出ていた話題のスイーツの店でケーキも買った。
別に特別なお祝いの日でもなんでもないが、まあいいではないか。
それに、今夜2人でグラスを酌み交わし、夜景を見ながら甘い時を過ごせば、奴から待望のプロポーズだって引き出せるかもしれない。
夜景だけはいいのだ、あのマンションは。
エントランスで慣れた手つきで暗証番号を打ち込み、オートロックを解除する。
エレベーターに乗ろうとすると、後ろからもう1人、マンションの住民だろうか、若い女性が乗り込んできた。
エレベーターで15階へ上がり、屋内型の共用通路に出る。
一緒に乗ってきた女性も、ここで降りた。
同じ階に住む人だろうか?
それにしては見覚えがないが……。
クオレが先に立って共用通路を歩くと、女性もついてくる。
どうやら同じ方向らしい。
やがてクオレが見慣れたセリカの部屋の前で立ち止まると、「えっ?」という声が聞こえた。
すぐ隣に、件の女性が立ってこっちを見ていた。
「?」
状況から察するに、この女性もセリカの家に用があるのだろうか?
でも自分とは面識がない。
セリカの知り合いだろうか?
こんな時間に、いったいどんな用件で……?
よく見ると、自分よりずっと若そうな女性である。
プラチナブロンドのロングヘアーで、季節に見合った春らしいコートを着ている。
向こうもクオレを見て、戸惑っているようだ。
「あの、何か御用ですか?」
訝しみながらクオレは尋ねた。
「え、あの……」
女性はきょろきょろと辺りを見回し、ドアの上の部屋番号を確認した上で、口を開いた。
「あの……ここって、セリカさんっていう方の家ですよね?」
「はい、そうですが……?」
クオレのその答え方に、相手はますます困惑したようだった。
クオレのほうも、わけがからない。
銀髪の女性が、不審そうな顔で尋ねてきた。
「失礼ですが、あなたは、セリカさんとはどういうご関係で……?」
それはクオレのほうも相手に聞きたいことであったが、とりあえず、自分の側から先に答えることにする。
「セリカの婚約者で、クオレ・グリーンと申します」
「ええっ!?」
女性が驚きの声を上げた。続いて彼女の口から出てきた言葉は……。
「嘘でしょう?」
「は?」
何を言ってるんだ、この女は?
「あの、あなたこそ、いったいどなたです?」
今度はクオレが尋ねた。
「私は……」
女性は少し迷ったように俯いて、そして答えた。
「……サーナ・ワレンドルと申します。その……セリカさんと……お付き合いさせていただいてます……」
何かで頭を殴られたような衝撃だった。
「あなたは何を言ってるの?」
「あなたこそ、何を言ってるんです?」
2人の女性が睨み合った。
クオレは自分の背後で何かが音を立てて崩れ落ちて行くのを感じた。
同時に頭の中で、何かの線がブチッと切れた。
馬鹿野郎の部屋のドアを睨みつける。
とにかくこの中にいる阿呆を問い詰めなくては!