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A.D.2222  作者: 日渡正太
第1話 クローズエンカウンター
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Episode 4

「では副長、後をお願いします」


 クオレは、今夜当直でフネに残る通称「親父さん」ことレッド副長と引継ぎを終えると、ぺこりと頭を下げた。


「おう、あんまり精魂詰めねえで、早く帰んな、航海長」

 副長こと親父さんは、自分の娘ぐらいの歳のクオレにニヤリと笑って見せた。


 士官学校を出ていない現場叩き上げのベテラン幹部で、しかも比較的若手の多いこのフネにあって、親父さんはじつに頼りになる存在だ。


「お疲れ様です、航海長」

 最近配属になったばかりの通信士ローラ・フローレスが会釈してきた。

 金髪碧眼の、すごくきれいな娘で、年齢はまだ17歳という若さだ。


 もっとも、この国の士官学校の卒業年齢は通常15歳だから、彼女も卒業後2年間は実務経験があるわけである。


 ここに来る前は、ネオムーン基地の通信隊にいたらしい。

 艦隊勤務を希望した理由は「失恋」と、歓迎会の二次会で酔って話すのを聞いてしまった……。


 クオレは航海長席から立ち上がると、皆に「お先に」と挨拶をして、ブリッジを出た。


 そう、自分は今日から「航海長」になったのだ。

 昨日までいた前航海長が産休に入ったためだが、正直、なんでこんな時期に、と思う。


 第67空間打撃部隊出撃の情報は、このフネにも入っている。

 自分達が今回の事件に関連して出動することなどまずないであろうが、それでも万が一ということがある。


 航海長昇進は嬉しいことでもあるが、それでも一抹の不安もある。

 自分にとっては慣れない航海長業務だし、しかも航法士の欠員は補充されていないのだ。


 人事部からは「人の補充はできるだけ早くするから、しばらく我慢してくれ」と言ってきている。

 その「しばらく」とはいったいどれくらいの期間を指すのか……。

 ともあれ、当分は忙しくなりそうだ。


 とりあえず、制服を着替えるため、いったん居住区に向かう。

 今日から自分の部屋になった航海長室で赤い上着に白いスカーフの制服を脱ぎながら、前航海長のことをなんとなく考えてしまった。


 考えてみるまでもなく、前航海長にとって直属上司は艦長のセリカで、部下は自分だ。

 自分の上司と部下が付き合っていたわけで、それを知る彼女は、いったいどんな気持ちだっただろうか。

 彼女が早めに産休を取ったのも、もしかしたらそれが理由かも……。


 公私のけじめはきっちりと付けているつもりだし、そのように努力しているが、他人の目にはどう映っているのだろう……。


 考えても始まらないので、クオレは私服に着替えると、航海長室を出て、舷門で立番する兵士に会釈して、フネを降りた。


 ネオムーン基地の海に面した軍港エリア、フネは海上に浮かぶ形で、岸壁に係留されている。


 舷梯を降りる途中で、ふと自分のフネを振り返ってみる。

 大きな船体に不釣合いな小型のアイランド(ブリッジなどがある艦上構造物)。

 飛行甲板上に繋止された、格納庫に入りきらない多数の宇宙戦闘機。


 宇宙軍第33機動部隊所属の宇宙空母「ブルーウィル」。

 それがクオレ達のフネだった。




 下手をすれば今日も泊まりになるかと思ったが、思ったより早く帰れた。

 昨夜はセリカと自分が夜間当直としてフネに詰めていたので、今夜はまたレッド副長の当直日だ。


 軍艦は、宇宙に出てしまえば休日もへったくれもないが、母港に入港している時は、こうして交代しながら通勤することができる。

 それが危うく2日連続で泊まりになりかけたのは、1にも2にも航海長業務を引き継いだためと、欠員補充が行われないためである。


 なにしろ、今この巨大な宇宙空母に、航法士が自分しかいない。

 せっかく母港に帰ってきているというのに、これではたいして休めない……。


 ちなみに「母港」とは、乗組員の家がある港のことである。

 宇宙軍のすべての艦艇は「このフネの母港はここ」と個別に定められていて、乗員はその母港の周辺に自宅を持つ義務があるのだ。


「ブルーウィル」の乗員も、全員がネオムーン市内かその近郊に住んでいる。

 もっとも出港すれば、どうしても長期間家を空けざるを得ないのは、船乗りの仕事の性質上、止むを得ないのだが……。


 クオレは両親の待つ実家へ帰るか、セリカのマンションへ行くかで少し迷ったが、すぐに決断した。


 両親の待つ家には、最近ほとんど帰っていないし、うっかり突然帰ったりしたら「セリカ君と何かあったのか!?」と、また父親から余計な心配をされてしまう。


 それに、郊外の実家よりは、セリカのマンションのほうが、基地からずっと近いのだ。


 クオレは携帯電話を取り出して、セリカにこれから戻る旨を知らせておこうとして……やめた。


 いきなり行って、驚かせてやるのも一興だ。

 どうも最近刺激が少ないような気がするし、途中でワインでも買って、奴が1人でいるところを急襲してやろう。


 ――ふふふ、1人であたしのいない夜を満喫しようなんて、許さないわよ。

 基地ゲート前のバス停で市内循環バスが来るのを待ちながら、クオレはニヤリとほくそ笑んだ。

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