Episode 32
「あの、司令、どうもすんませんっス、呼び止めてしまって」
ポールがおずおずと頭を下げると、
「何だ?」
カムイは面倒くさそうに聞いてきた。
「えっと、カムイ司令は、このフネのセリカ艦長とは士官学校の同期と伺ってるっスが……」
「だから何だ?」
「……司令部の参謀が、カレン調査官と俺をこのフネに乗せるよう、電話で艦長を説得してる時、俺、そばにいたんスけど……参謀が『調査官は若い女だ』と言った瞬間に艦長が乗艦をOKしたっス」
「あの野郎、またか」
「他の乗組員の人にもいろいろ聞いたっスけど、あの人、女に関しちゃろくでもないウワサばっかりある人みたいっス」
「まあなあ……」
「俺、カレンさんに手ェ出したら、例え上官といえども容赦しないっス」
「何でそれを俺に言う?」
「司令から、艦長にそう伝えておいてほしいっス」
「俺がか!?」
「カムイ司令は信用できそうな人っス、なんで是非お願いします」
「おまえ、面倒くさい話を俺のところへ持ってくるなよ……」
カムイは盛大に溜め息をつき、
「まあ、セリカだって、そこまで見境なしってわけじゃねえ。カレン調査官が大事なら、おまえがしっかり守っとけや」
「だめっスか?」
「俺に言うこっちゃねえだろ」
「わかったっス、すんませんでした」
ポールは、しかめっ面をするカムイに敬礼すると、踵を返してその場を後にした。
「……と、あのポールってパイロットが言ってたぞ」
「え……ああ、そうなの?」
艦橋後ろのハッチの外側、階下に降りるラッタルに通じた狭い通路で、カムイはセリカに、ポール・ベイリーの言葉を伝えていた。
航空団が艦内設備を使用するための打ち合わせに来たついでなのだが、本来の用件が終わってから、カムイが「ちょっと……」と言って、セリカを艦橋の外に連れ出したのである。
「若い奴がさ、このフネに乗ったら、艦長に女を寝取られるんじゃないかって不安がってんだよ、おまえの身から出たサビだぞ」
「そう言われてもなあ……」
「おまえ、クオレと正式に婚約したんだろ、いい加減ちゃんとしてやれよ、俺が見てても気の毒に思うぞ」
「なあ、俺って、何か女に手が早いとか、そんなこと言われてんの?」
「言われてんの、じゃねえだろ!」
その時、艦橋内に通じるハッチがガチャッと開いて、17歳の通信士ローラが顔を出した。
「あ、お話し中すいません、えっと……敵です!」
「は?」
カムイとセリカは同時に聞き返した。
「えっと、だから……敵が来ました! うちじゃなくて、第1任務群のほうですけど……戦術データリンクがそう言ってて……とにかく来てください!」
青い顔のローラに促され、2人は艦橋内へと入った。
「方位3‐1‐0より、接近する脅威を捕捉! 数12! 質問信号に応答なし! 真っ直ぐ突っ込んできます! 敵機の公算大!」
オペレーターの報告に、「レドヴィサン」艦上のブッシュ先任参謀は、直ちに迎撃準備を指示すると同時に、司令官室にいるモーグ提督に連絡を行った。
先ほど、正体不明の機体による接触を受けてから、2時間が経過していた。
その後、発進した味方偵察機からの報告では、艦隊の周囲、艦載機の攻撃圏内には敵の艦影は見えず、いったんは発進して艦隊の周囲を守っていた直掩戦闘機隊も全機着艦、収容してしまっていた。
しかも、付近に敵影がないことがわかったため、艦隊は警戒レベルをさっきまでより一段落としてしまっている。
こちらから送った敵味方識別の信号に応答せず、全部で4個のトライアングル編隊を組み、艦隊に向かって突進してくる、どう見ても敵対的な意思を持った12個の機影。
あれは一体どこから現れたのか?
どこか近くに敵の母艦か基地があるのだろうか?
しかし、味方の索敵網には、それらは一切引っかかっていない……。
敵編隊は、艦隊の進行方向、左前から来ている。
旗艦「レドヴィサン」の周囲をぐるりと囲む輪形陣の、ちょうどその位置には巡洋艦「ファーフォリス」がいて、第1段の迎撃は彼の担当になる。
警戒レベルの下がった艦隊は、全力での迎撃態勢を整えるまでにやや時間がかかる。
艦隊全体での迎撃が始まるまでの数分間、巡洋艦「ファーフォリス」は単独で12機の敵に対処する必要があるが……。
無理であることは明らかだった。
『赤301より赤01、今、こちらの機上レーダーで敵艦隊を捕捉した。母艦を中心とした輪形陣、隻数は7、母艦1、戦艦1、巡洋ならびに駆逐が合わせて5、直掩戦闘機の姿はない、敵は油断しているようだ』
全部で12機の10式宇宙艦上攻撃機、その先頭に立つ指揮官機のコクピットで、飛行服に身を包んだパイロットがヘルメット内のインカムに向かって言葉を紡いでいた。
『ウェポンセレクト3、対艦攻撃、準備よし!』
複座式コクピットの後席から、攻撃管制員の声が響く。
『赤301より赤01、これより交戦に入る。オーヴァー』
最大推力で加速された12機の攻撃機が、一斉に一際明るい噴射炎を吐いた。
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大変申し訳ございません。