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A.D.2222  作者: 日渡正太
第1話 クローズエンカウンター
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Episode 2

 ――銀河宇宙暦494年4月1日 アヴァロン惑星連邦首都ネオムーン。


「ちょっと、あんた邪魔だからどいてくれる?」

 臨海地区にある高層マンションの一室で、掃除機を手にしながら、クオレ・グリーンは床に寝転がる婚約者に向かって、うっとおしそうに告げた。


「あ、悪い……」

 寝転んでテレビを見ていた婚約者の男、セリカ・セレスターは、もぞもぞと起き上がり、部屋の隅に移動して、体育座りをした。


「あんた、明日は当直だっけ?」

 今まで彼氏がいた場所にガーッと掃除機をかけながら、クオレは尋ねた。


「うん、そう」

 テレビのお笑い番組を見ながら、セリカが答える。

 ふと、本当にこの男でよかったんだろうかという疑問がわいてくる。


「今日は副長がいるんだっけ?」

 胸中の疑問を押し殺して、クオレは尋ねた。


「うん、今日はレッドの親父さんがフネを見てくれてる。明日は俺の当直」

 相変わらずテレビから視線を離さずにセリカが答える。


 休日に彼女が家に来て、エプロン姿で掃除してやっているというのに、この家庭的な姿を見もしないのである。


 彼が士官学校の1年先輩だった頃は、まあ、ちょっと格好いいかな、と思ったものだったが……。

 付き合いだしてしばらくは、胸ときめく感情も味わったものだが……。


 今、彼は30歳、自分は29歳。

 まさかここまで放っておかれるとは思わなかった。


 アヴァロン人の結婚適齢期ギリギリである。

 たまったもんじゃない。


 いちおうだいぶ前に、「そのうち結婚しよう」とは言われているし、お互いの親に紹介もしているのだが、そこから何の進展も進歩もないのだ、この阿呆は。


 たしかに卒業後はお互いに忙しかった。


「任地が遠いから……」

「今結婚してもすぐ単身赴任になる」

「どっちかが仕事を辞めると、軍に迷惑がかかるから……」


 そんなことを言われて、ずるずるべったり引き伸ばされて、この有様である。

 この責任をどう取ってくれるのか。


 まあ、この男も、30歳で艦長職にまでなってくれたし、そういう意味では優秀な人間であると言える。

 ただし、それには本人の能力云々とは別に、軍の深刻な人手不足という問題が影響しているのも事実だ。


 最近の急速な軍備拡大に、人の養成が追いついていないのである。


 アヴァロン惑星連邦はまだ若い国だ。

 今を遡ること約50年ほど前の宇宙暦451年、アヴァロン惑星連邦はかつての宗主国であり、銀河系中心部近くに位置するジューン王国連合から独立を果たした。

 しかし独立当初は国が貧しく、軍備の負担が経済にとって過大だったため、独立戦争を戦った革命軍は、独立達成後すぐに解体されてしまった。


 その後はボランティア的な民兵組織のみで国を守ってきたのだが、20年ほど前に、さすがにこれではというので、地上軍と宇宙軍という2つの常備軍が組織された。


 軍備が少なくても問題なくやってこれたのは、アヴァロン惑星連邦が銀河中心付近に数多く存在する、ジューン王国連合をはじめとする列強諸国から大きく離れた位置にあり、また発展途上の新興国に過ぎなかったことが大きい。


 このため、アヴァロン惑星連邦は、深部銀河系の列強諸国からはたいした関心も払われず、長らく放置されてきた。

 要は、銀河系中心から見て比較的辺境に属する田舎惑星が連合して独立したが、辺境だわ、大した価値はないわで、あまり相手にされずにきたのである。


 しかしアヴァロン惑星連邦は、所属する惑星の数だけは多く、200を数える。

 国土の広さと人口なら、旧宗主国のジューン王国連合(惑星数約40)を大きく凌駕しているのだ。


 いかに辺境の地といえども、それだけの数の惑星の資源と、人口とがあれば、それは活力を生む。

 軍事負担がほとんどなかったことも相まって、アヴァロン惑星連邦は急速な経済成長を果たした。


 そうして経済的にはどうにか大国の仲間入りを果たすと、今度は弱体である軍事面が問題になってきた。

 国際社会の表舞台に立つことが多くなるにつれ、列強諸国から何かと侮りを受け、国益を損ねることが多くなってきたのである。


 さらに宇宙船技術の発達によって、銀河系中心の列強諸国との概念的な距離が縮まってくると、軍事衝突の危険も高まってくる。

 そこで10年ほど前、軍備の大増強計画が発表された。


 経済的には大国なので、兵器の増産は比較的容易で、むしろ好景気の材料となり、国民から歓迎された。

 そのため、宇宙軍にも毎年続々と新鋭艦が配備されることとなった。


 ただし、人材面ではそうは行かなかった。

 今まで地位が低く見られていた軍人を志す人は急には増えず、いたとしてもそれは練度不十分な新兵に過ぎない。

 戦力として使えるようになるには時間がかかるのだ。


 かくして充足率劣悪な部隊、乗員不足の艦があふれ返ることとなった。

 その中で熟練兵となると、もっと足りない。


 いちおうは士官学校を出た若手幹部が、比較的短期間で高級指揮官の地位に就きがちなのは、こうした事情があるのである。


「ケケケケケケ!」

 突然、異様な笑い声が部屋に響き渡った。

「おい見ろよクオレ、こいつアホだぞ!」

 セリカがテレビのバラエティ番組を指差して大笑いしていた。


 クオレは思わず手にした掃除機でぶん殴りたくなる衝動をこらえ、

「明日はあたしも当直だから、今夜はゆっくりできるのよね?」

 少し上目遣いでそう告げてみる。


「あ? ああ、そうだな。この後、メシでも食いに行くか?」

 ようやく、セリカが婚約者に目線を向けた。


 おそらくは朝起きたままの、ボサボサのロン毛をぼりぼりと掻いている彼。

 こっちはいちおう午前中に美容院に行って、髪を整えてきたのだ。

 今までとは違い、軽くウェーブも当ててみた。


 なんでそれにも気づかないのか!?


「うん、そうね、じゃあ食べに行こうか」

 さまざまな感情を押し殺して、クオレは努めて平静に答えた。


 今現在、クオレとセリカは、同じフネの乗組みである。

 彼が艦長で彼女が航法士。


 転勤の多い宇宙軍で、士官学校以来、初めて一緒になった職場だ。

 今がチャンスではないか!


 もっとも結婚ということになれば、もはや同じフネとは行かず、どっちかが(おそらくはクオレが)異動ということになるのだろうが……。


 今から行く食事の席で、プロポーズの話とかは……出ないのだろうか……。


 いや、そういう話は、どうせならもっとロマンチックな場所のほうがいいに決まっているのだが、なんだかもう、そうも言ってられないというか……とにかく早くしてくれと……そんな思いだけが……とても切なくて……。

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