Episode 19
「……と言うわけで、出港時刻は明朝5時に遅れるんでよろしく。バタバタして悪いね」
「いえ、TF33の出港時刻は明朝0500時に変更の件、了解しました」
第33機動部隊司令部後任参謀のシーレイ・ユーシズは、旗艦である宇宙空母「レドヴィサン」の艦橋で、ネオムーン基地の港湾管制室と通信を行っていた。テレビ通話モードにしているので、画面には相手である女性管制官の映像が映っている。
「急な出港なんで、やっぱりいろいろ間に合わなくてさ、『ブルーウィル』の201空のミサイルも、できれば新しいの持って行きたいし……」
「大変ですね」
港湾管制官のリサ・エイリアスは、ちょっと頬を赤くして、画面の中のシーレイ参謀を見つめた。
隣の席の先輩管制官は、さっきから見てみぬ振りをしてくれている。
「あのさ……この後、もう直接話せる機会があるかどうか、わからないから……」
画面の中の彼が、ちょっと周囲を窺うようにして囁いた。
「行ってくる、その……心配しないで」
「うん、気をつけて」
精一杯の笑顔で彼を見送る。
2人が正式に婚約したのは、今から3ヶ月前のことである。
彼が士官学校、彼女が幼年学校の生徒だった頃からの知り合いだが、お互い不器用だったせいもあり、付き合いに発展するまでに時間がかかった。
その後もエリートの参謀コースを歩む彼の仕事が忙しすぎて、ゆっくりとしか仲が深まらなかった。
(でも、クオレ先輩には勝った……!)
浮気性の彼氏を持つ、先輩士官の顔が思い浮かぶ。
以前、同じ哨戒艇の乗り組みになったとき以来の仲だが、ことあるごとに恋人の愚痴を聞かされて、リサにとっては少々困った先輩でもある。
「あ、そうだ、知ってる?」
画面の中の彼が、何か思い出したように言った。
「セリカ先輩とクオレ先輩、婚約したんだって」
「え、そうなんですか?」
並ばれた!
いや、婚約したのはこっちのほうが3ヶ月も先だ。それにこちらは向こうより5歳も年下である。
「へえ、そうですか、おめでたいですね……」
内心の微かな動揺を隠しながら、リサが笑顔を作る。
「あの2人も長かったからねー……あの、それでさ……」
彼がちょっと照れたように笑った。
「僕らも……帰ったら、結婚式、しようか? その……言うのが遅くなって、悪かったけど……」
「あ、はい……!」
ぱあっと顔を輝かせながら、リサは急に思い出したことがあって、慌てた。
「あの、シーレイ、今は、そういうこと言わないほうが……」
惑星連邦軍には妙なジンクス、と言うか、言い伝えのようなものがある。
出撃前に「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」的なことを言った者は、生きて還らない……。
もちろん何の根拠もないし、過去に必ずそうだったわけでもない。
巷の戦争映画や小説の中で、そういうシーンが頻出するため、冗談半分に言われ始めたことらしいのだが、実際、戦えば戦死者は出るし、そのほぼ全員に、家族や恋人など、何がしかの愛する者がいる。
だから、あながち全くの見当違いとも思えず、半ば縁起担ぎのようにして「それは死亡フラグだから言うなよ」と、戒められているのだ。
「あ、そうか!」
彼も気がついたようだった。
「ごめん、リサ、じゃあ、この話は帰ってからに……」
「そうですね」
2人は笑い合った。
「あ、でもそうすると、セリカ先輩達もヤバいよね、もろ出撃前に婚約だもんなあ……」
「大丈夫ですよ、皆さん、悪運だけは強いから……」
そろそろ隣席の先輩管制官の視線が怖い。
いったいいつまで、通信回線を私用に使っているのだ、と。
「じゃあ、あんまりいつまでも話してるのも、まずいから……」
彼のほうが察してくれたのか、そう言った。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
彼がサムズアップを決めて、リサが画面に向かって軽く手を振る。
そうして通信は切れ、隣の席の先輩がゴホン! と咳払いをして、リサは仕事に戻った。