Episode 15
4月7日午前9時20分、ネオムーン市セリカのマンション――。
「…………」
「…………」
アヴァロン惑星連邦宇宙軍宇宙空母「ブルーウィル」艦長のセリカと航海長で婚約者のクオレは、リビングで向かい合ったまま座っていた。
クオレがソファに腰掛け、セリカが床の絨毯の上に正座しているというポジションである。
「で、これからどうするの?」
クオレがもう心底憔悴しきったという表情で口火を切った。
「すいません……」
「謝ってどうすんの!」
「え? いや……」
周囲にはまだ割れた皿だの、倒れた家財道具だのが散乱していて、昨夜の惨状を物語っている。
あの後、警官には叱られ、両隣と階下の住民からは文句を言われ、マンションの管理人からは「今度こういうことがあったら出て行ってもらう」と言い渡された。
サーナ一家はボロボロの父親を引きずって帰って行った。
「あんた、これからあたしとどうしたいの!? 昨日は、その……愛してるとか、なんとか言ってたけどさ……! なんか、あたし、ずっと放っとかれてて、あんた、いつまでもちゃんとしてくれないし……! 今回のこともあるし……もう正直疲れたっていうか……あんたがどうでもいいなら、もう別に……」
「結婚しよう」
「は……?」
一瞬、耳を疑った。
「ええと、待たせて悪かった。結婚してくれ……ください」
「この期に及んで、何言ってんの、あんた?」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだった。
「今までちゃんとしてなくて、申し訳なかったです。心の底から愛してます。あなたしかいません。だから結婚してください。お願いします」
「…………」
10年待った結果がこれだろうか!?
最悪のプロポーズにも程がある!
しかし……これを逃したら、もう自分には後がないような気がする……。
曲がりなりにも10年以上付き合ってきたということもあるし……こいつ、いちおう軍では出世コースだし……。
「いや、あの……突然、そんなこと言われてもさ……」
頬を少し染めて目を逸らすクオレに、絨毯の上のセリカが擦り寄ってきた。
「俺、これからは心を入れ替えるよ。もう、おまえしか見ない。今回のことでよくわかった。おまえ以外いないんだ」
そんなことを言いながら、手を握ってきた。
「でも……だって……」
そのまま抱き締められた。
「や……! ちょっと……!」
「愛してるぜ」
「やだ、ダメだって……!」
唇を重ねられた。
「んっ……」
やがて唇を離したセリカが、すぐ近くから見つめながらこう言った。
「いいだろ?」
「…………うん」
思わず頷いてしまった。
ああ、自分はどうしてこんなに安い女なんだろう?
こんなことだから、こんな男に引っかかって、こういうことになるのだ。
でも……まあ……いいか……。
そんなことを思いながら、クオレがセリカの胸に顔を埋めた、その時……。
ピロリロリロリ~♪
セリカの携帯電話端末の着信音が鳴った。
少し不満そうな顔をしているクオレをよそに、セリカが携帯端末に手を伸ばす。
「はい、もしもし……あ、親父さん、どうしたの、何かあった?」
電話の相手は、今も「ブルーウィル」で当直業務に就いてくれているレッド副長らしかった。
彼が、こちらの非番中に電話してくるなんて、珍しいことだ。
フネで何かあったのだろうか?
「……え、そうなの!? ほんとに? ニュースでやってる? ああ、ごめん、ちょっとプライベートで立て込んでて、テレビとか見てなかったわー。で、うちに回って来たの? ……そうか、そう言われたんじゃ、行くしかないよねえ……。わかった、すぐフネに戻るわ、うん、それじゃあ」
セリカが携帯端末の通話ボタンをオフにして、テーブルに置いた。
「何かあったの?」
「非常呼集だって」
「え?」
「例の変な海賊艦隊、いたじゃん?」
「ああ、うん……」
「あれに味方が返り討ちにあったって」
「何それ!?」
「巡洋戦艦3隻轟沈だって。有り得ねえよな……」
「……で、うちが出るの?」
「うん、『第33機動部隊は直ちに出動しこれを殲滅せよ』ってことらしい。しゃあねえな、とにかくフネに戻ろう」
セリカが立ち上がった。
「う、うん……」
緊張した面持ちのクオレも後に続く。
「あ、そうだ」
セリカが不意にクオレの肩を抱き寄せた。
「え、何?」
「幸せにしてやるぜ」
「こんな時に何言ってんの!」
クオレは真っ赤になりながら怒鳴った。