Episode 12
4月5日午後8時30分、ネオムーン市セリカのマンション――。
この日、宇宙空母「ブルーウィル」の若き艦長セリカ・セレスターは、自宅のリビングで、婚約者のクオレ・グリーン、浮気相手のサーナ・ワレンドル、そしてサーナの父母という、かなりきつい組み合わせで、向かい合っていた。
テーブルを挟んで手前側のソファにセリカとクオレ、奥側にサーナ一家という、座席配置である。
さっきから、すごく気まずいというか、緊迫した空気の中、5人は押し黙っていた。
まずサーナ父が口火を切った。
「セリカさん」
「はいっ!」
「私は何もあなたを怒りに来たのではない。あんなに小さかったサーナが、いまや恋をする年齢になった。喜ばしいことと思っています」
「は!」
「それでサーナとは、真剣なお付き合いをしていただいているのでしょうな?」
「…………」
続いてサーナ母も、努めて優しい声で語りかけてきた。
「セリカさん、サーナのことは、責任を取っていただけるんですよね?」
「…………」
「こちらの婚約者さんとは、別れていただけるんですよね?」
「…………」
黙ったままのセリカを、歯がゆい思いでクオレは見ていた。
もう本当に、この男とは別れたほうがいいんだろうか……。
なんだか、ひどく疲れた……。
当事者であるサーナ本人は、不安そうに俯いたきりだ。
きっと大人しい、お淑やかな子なのだろう、黙ったまま目に一杯涙を浮かべている。
清楚なワンピースを纏った姿は、なかなかに可愛らしい。
しかも自分より若い。
セリカには、こういう子のほうがいいんじゃないだろうか。
三十路前、行き遅れの自分などより、よっぽど……。
「ね、セリカさん、そうなんですよね? サーナを選んでいただけますよね?」
母親が畳みかけてきた。
セリカが助けを求めるような目でクオレを見てきたので、思わず「自分でなんとかしろ!」という意味を込めて、睨み返す。
自分に助けを求めてどうするのか、この阿呆は。
でも、セリカはどういう結論を出すんだろう……。
サーナ父が穏やかな口調で、再び口を開いた。
「そちらの婚約者さんと、きっちり別れてさえいただければ、うちは何も文句はありません。あなたは職業もしっかりした方だし、サーナをよろしくお願いしたい」
自分の父とよく似た禿頭のサーナ父がそういう言葉を発するのを聞くと、なんだかそのほうがいいのかな、とクオレは本気でそう思えてきてしまう。
自分も両親を同席させたほうが良かっただろうか。
でも若いサーナとは違い、自分はこの場に親を呼ぶほど子供ではないのだ。
「ね、セリカさん、サーナを選んでくださるんですよね?」
サーナ母が身を乗り出して、懇願するようにセリカに語りかけた。
「えっと、あの……」
やや気圧されながら、セリカが口を開いた。
来た! とクオレは思った。
どんな結論を突きつけられても、覚悟はできている、と思う。
でも……。
「えーと、クオレとは別れません」
「はい……?」
きっぱり言い放ったセリカの言葉に、サーナ母は、ぽかんと口を開けた。
サーナが口元を手で覆うようにして、肩を震わせている。嗚咽をこらえているようだ。
「自分は、ここにいるクオレを愛しています、だから別れません」
セリカははっきりとそう言い切った。
こんな状況なのに涙があふれてくる自分を、いったいどこまで安い女なんだと、クオレは心の中で罵った。
「じゃあ、うちのサーナは、どうなさるんですか!?」
サーナ母が金切り声を張り上げた。
「サーナさんとは遊びです」
「あ、遊び!?」
「はい、遊びというか、ものの弾みというか……サーナさんとは、軍の独身者と、サーナさんの大学の女の子達との合コンで出会って、あ、自分婚約者いるんですけど隠して出てて、そこでなんかいい雰囲気になって、後は流れというか……」
「あなたは雰囲気や流れで、うちのサーナを自由にしたんですか!?」
「その通りです、すみません」
サーナ母がサーナ父の腕を引っぱった。
「あなたも、なんとか言ってくださいよ!!」
「セリカ君」
それまで険しい表情で、腕組みしたまま黙って聞いていたサーナ父が、カッと目を見開いてセリカを見据えた。